彼方を逐う弌矢
《無見ノ瞳憬》――――通常『眼にエフェクトを宿す』ことを常とする思考加速系統において、起動に際して目を閉ざすことを要する異端のユニークスキル。
最大効果時間は十二秒。
加速倍率は青天井。
〝今の光景〟を捧げることによって与えられる権能は――未来予知。
「ッ……!?」
右の踏み込み。左の剣閃。飛び出す寸前に牽制の如く足元へ得物を放ち、空けた右手が掴んだのはカナタの二手を躱した先で〝彼〟が揺らした左の手首。
誘導と捕捉の並列遂行。完全に動きを読まれたことを瞬時に理解した者の驚きが、称賛めいてカナタの鼓膜を震わせた。
理解を基点に、未来がブレる。
無数を超えて、数えることすら叶わないほどに枝葉が別れゆく。
一つ一つを読み取るなど、人の頭では不可能であろう暴力的な情報の津波が仮想の脳を奔り抜けて――――選び取る、などという理知的なものではなく。
「――――ッぁあ‼」
ただ目に留まった最良であってほしい〝未来〟を掴み取り、神域への闖入者は白熱する思考回路に突き動かされるように身体を稼働させる。
捕らえた左手を引き寄せる――右の緋剣がこちらの右手に飛んでくるから、剣ではなく振るわれる腕の軌道上に短剣をセット――緋剣での攻撃を中断後に無手の掌底が飛んでくるから、左の踏み込みを以って旋回――左手を掴まれたまま超速で振り回されるも意に介さず右の回し蹴りが飛んでくるから、手を放すと同時に背中から床へ倒れ込み――――――――――――――出来上がった状況は、
「――――――っは……!」
立て続けの〝返し〟を透かされた末、無防備に宙へ浮いた【曲芸師】と、
「《クロウリィ・――――……‼」
その真下――――先んじて放った得物を掴み取り、重ねた二つの刃に青の閃光を宿した挑戦者の姿。そして、
「――――――リヴィンド》ッ!!!」
初速、トップスピード、そして威力。
全てが紛うことなき最高クラスの、短剣スキルカテゴリ最上位攻撃技。
隙を晒した者を間合いに捉え起動したが最後、何者が相手でも『必中』と謳われる正真正銘〝必殺の一撃〟を――――――
「…………………………――――えっ」
――――放った、はずなのに。
突如、膨大数の〝未来〟が頭の中から消え失せて、残された一つ。
一瞬で、呆気なく、嘘みたいに…………まるで夢が醒めるように、確定してしまった未来を視て、目を開けたカナタが見たものは――晴れ渡った空の青。
手、武器が無い。
足、床に触れていない。
身体、浮いている――――次いで、一際の浮遊感を感じた後。強い風に頬を撫でられてようやく、自分の身体が落下していることに気が付いた。
そして首を捻り、行く先を見れば。
定まった未来と同じ。手中から失われたカナタの短剣を携えて、楽しげな笑みを浮かべている〝彼〟が瞳で語っていた。
――――まだ、十二秒は終わってないぞ、と。
「――――――――ッ……‼」
そうとも、まだ終わっていない。
そうとも、まだ諦めてなどいない。
特大のズルで未来を見通してなお、視尽くせなかった彼に――――どう足掻いても、このちっぽけな牙が届くはずなかったとしても……ッ‼
「――――《ブレス・……ッ」
憧れに突き動かされるまま、必死になって辿り着いた、この舞台。
心残りなく全力を見せ付けられたと、自分を褒めてあげられるように。
「――――モーメント》‼」
この途方もないヒーローとの、夢の舞台を楽しみ尽くさなくては。
半径五メートル以内。身体を望む位置まで無事に送り届けるスキルを起こし、落下する身体を待ち受けていた自らの得物を掻い潜る。
足を付けたのは、再三の死角。手を伸ばさずとも触れるような距離に迫った背中へ、腿から引き抜いた予備の副武装を叩き込む――――寸前で、右の踏み込み。
死角から、正面へ。
つまり、死角への瞬間移動に即座の反応を見せた【曲芸師】の、真なる死角へ。
「ッ――――――」
鋒が触れるまで、あと五センチ。
四センチ。
三センチ。
二センチ。
一センチ――――――然して、標的を失した刃が空を穿つ。
白蒼の姿は、瞬く前に消え失せて……ひたりと、首元に添えられる己が短剣。
「――――もう、知ってはいるんだけどさ」
「……………………はい」
ごく近くから発せられる声音。急速に脱力していく身体を自覚しながら、崩れ落ちないように必死で心を繋ぎ止める。
「お名前、改めて伺ってもよろしいか?」
自分とは大違い、緊張感の欠片もない優しい声に思わず苦笑を零しながら。
「……カナタ、です」
「オーケー、カナタ――――楽しかった。またやろうぜ」
既に視た未来。身に余る光栄……なんて、とことんまで沼に落ちてしまった自身の思考を、他人事のように笑いながら。
「……………………参りました。降参です」
夢の舞台の、幕は下りて。
爆発した歓声が、自己満足という観点からすれば〝やり遂げた〟自分を祝福しているように聞こえたのは……まあ、気のせいなのだろう。
――――なお、
「あ、ごめん。俺、ハルな。名前を聞くならまず自分が名乗れって感じだよな」
「……………………あ、はは。知ってますよ、それはもう」
絶妙に締まらない、最高に〝彼〟らしいファンサービスを頂戴できた……そんな贅沢な蛇足があったことも、生涯忘れることはないだろう。
四ヶ月前ならいい勝負しそう。
カナタの未来予知スキルに関しては近い内に隅々まで詳細解説入りますが熱心なアルカディアン諸氏は存分にフライング考察していただいて結構だぞ。