遥か遠き憧憬
【曲芸師】――――東陣営イスティアの現序列第四位にして、仮想世界最速(諸説有り)のトリックスター。
特筆すべきは、特筆すべきことが多岐に亘る圧倒的な強みの数だ。
常軌を逸した敏捷性で駆け回る脚は地上空中を問わず、クイックチェンジスキルをアルカディアで唯一使いこなす特異性により得物と間合いは千変万化。
更に元来持ち得ていたのであろう天才的な戦闘センスは、かの【剣聖】を始めとする師や有力な先達によって鍛え上げられており純粋な技術も超一級。クレバーかつ極めて優れた咄嗟の判断力を備えている上、並外れた〝勘〟をも有している。
加えて歩んだ破天荒極まる道筋に比例するかのように、身に纏う装備品の類は埒外のユニーク品ばかり。付け入る隙がないとは、まさにこのことだ。
自身の上位互換という言葉では収まらない、正真正銘の怪物。
重ねて、勝てる気もしなければ傷一つ付けられる気さえしない。なにをどう足掻いても、全ての要素がカナタの上を行くとわかり切っている――――
だからこそ。
「――――ッ」
ダメで元々、余計なことは考えずに全力を以って立ち向かえる。
悠々と踏み出した一歩を見て取ると同時、右の踏み込み。もはや完全に染み付いた動作――ルート設定、最大出力。第三階梯魂依器【遥遠へ至る弌矢】起動。
瞬間、
「――――っ……おぉ?」
一歩踏み出した〝彼〟の背後から振り抜いた短剣が、当然のように空を切った。
ヒョイと身体を逸らすだけの、最低限の回避行動。そして首を捻り確かに『敵』を見据える瞳は、彼がカナタの〝軌道〟を捉えていたことを意味している。
驚嘆よりも、畏れよりも、恐れよりも、喜びが勝った。
目の前の彼は、本当にあの【曲芸師】なのだと。ゆえにこそ躊躇いなく、左を踏み込む。ルートは敷設済み、再び素では操作不能の過々剰AGIが点火して――
「――――――うん。なるほど」
「ッ、な、ちょっ……!?」
二度目、死角から放った剣尖を躱すだけに飽き足らず。首を傾けて刃を見送った刹那にカナタの手を掴み取った彼が、感心したように呟いた。
「理屈はわからんが、そういう感じか。面白い」
「ッ……――‼」
ざわり、と。静かに向けられた微笑みに、今度こそ背筋に走った震えを無視できず十割反射で緊急用の防護手段を切ってしまう。
《グラビレイト・エラー》起動。〝接触〟を弾くスキルによって右手の拘束を強制的に振り払うと共に、右の踏み込み。
とにかく距離を取るべく、真後ろへ設定したルートを身体が滑走し――
「今の弾くやつは割とビックリしたから」
「ぇ……」
更に真後ろから届いた声音に、
「退くよりも、更に攻めた方が良かっ――ぅおあっと!?」
「ッんぃ……‼」
硬直しかけた身体を蹴飛ばすようにして、首元へ突き付けられた緋剣を掻い潜り左の踏み込みで背中からの体当たりを打ち込んだ。
いくらかの装備補正があるとはいえ、本体のVITが死んでいることは周知の事実。つまり彼は基本、外的な〝衝撃〟に極めて弱い。
強制硬直を誘発できるほどではなくとも、こうして僅かな隙さえ生み出せれば――お望み通り、更なる攻めに踏み切れ
「――……っ、!?」
右の踏み込み、緊急離脱。性懲りもなく真後ろへの滑走によって距離を取ったカナタへ、崩れた体勢を整えながら【曲芸師】が送る講評は――
「っはは――――今のは正解。いい勘してる」
「………………どうも。お褒めいただいて光栄です」
今の一瞬、あと少しでも判断が遅れていたら首が飛んでいた。
いや、デモンストレーションの側面が強いこの舞台において、彼が本当に〝刃〟を振るっていた可能性は低いだろう――けれども、確信がある。
あそこで踏み込んでいたら、カナタの『評価』は頭打ちだったはずと。
わからない。なにをする気だったのか、なにをされていたのか、なにも。正しくの曲芸師にして奇術師……底も手も、一切が見通せない。
自分では、本気どころか『刀』を抜いてもらうことすら叶わないだろう。
次元が違う。そう、違い過ぎて――――
「………………へぇ?――――いいね、そういう奴は嫌いじゃないぞ」
笑みが零れるのを抑え切れず、それを見とめた彼にニヤリと笑われてしまった。
向けられた言葉に心が浮き立つも……残念ながら。それ以上に憧れの人を楽しませる実力を、手段を、今のカナタは持ち合わせていない。
「…………すっごい、嬉しいんですけど、ごめんなさい。さっきのアレコレが正真正銘、俺の全力です。悔しいですが、やっぱり歯が立ちそうにない」
「うん? うーん……」
自覚しているのか、いないのか。手慰みのように短剣をパッパッと消したり出したりしている所作さえも、思考操作技術的な意味で普通を逸している。
そんな彼は、正直に限界を白状したカナタの言葉を受けて、
「驚きもしたし、焦りもした。〝勘〟で返しも躱されたしな……だから、あれだ。少なくとも――――駆け引きって面では間違いなく立ってるぞ、歯」
傷が付くかどうかは、また別の話――と、楽しげな笑みまで贈られてしまって。
いつかのように、奮起しない訳にはいかなくて。
「………………十二秒です。お付き合い願えますか?」
「っは、もちろんだとも」
満足に操り切れるとは言い難い鬼札。ゆえに正しく自分の全力で立ち向かいたかった今回の邂逅で、切るべきか否かずっと迷っていたユニークスキル。
でも、考えてみれば、それこそらしいではないか。
「――――好き勝手やってこそだ。全部で、楽しもうぜ」
彼こそは【曲芸師】……奇札、鬼札を恐れず畏れず切り散らし、遍く無茶を踏み倒して高みへと駆け上がったプレイヤー。
ならば、そんな彼に憧れる自分が、そんな彼を前にして――――
「《無見ノ瞳憬》」
無茶無謀を踏み倒して魅せず、どうするというのか。
「――――いき、ますッ……‼」
瞳を閉じて、全身全霊を告げる。返される言葉は、当然の如く――――
「あぁ、受けて立つさ……‼」
期待と好奇心に溢れた、歓迎の声音だった。
外野から見た主人公バグってんなと思ったけど、
別に内から見てもバグってるのは変わんないから問題ないね(?)