邂逅:another
VR機器【Arcadia】を購入したのは、ちょうど一年前。多忙な〝仕事〟に疲れてしまい、心を休める居場所を欲してのことだった。
行き当たりばったりに流されるまま。辿り着いた分不相応な立場から目を逸らすように、逃げるように、誰も知らない自分になって気を抜きたかったのだ。
――――『休む』ため、そのはずだったのに。
身を投じた仮想世界で自然と夢中になったのは穏やかな異世界生活ではなく、それこそ身も心も削るような熱く激しい〝戦い〟だった。
しかも自分のそれは、普通より熱意諸々が少々行き過ぎているようで。パーティを組んでも周囲のペースに不満を覚えてしまい、逆もまた然りで馴染めない。
〝仕事〟では立場も相まって人間関係に疲れてしまったものの、人付き合いそのものは嫌いではない。というより、人嫌いでは選べない〝仕事〟である。
できることなら、誰かと共に遊びたい。けれども、他の良識あるプレイヤーたちに自分本位で負担を掛けるのを良しとは出来ず。けれども、ただでさえ現実で抑え付けている自分を仮想世界でも……なんていうのは、我慢ならなくて。
アルカディアを始めて一ヶ月と経たず、行き着いたのは寂しいソロプレイヤー。
初めは「結局のところ仮想世界も〝人が住む世界〟か」なんて落ち込んだものだが、それでもなんだかんだ十分以上に楽しめてしまうのが『神ゲー』とやらの力。
最終的には全て吞み込んで、マイペースを崩さず自分なりに満足して仮想世界を楽しめていた――――〝彼〟の姿に目を奪われるまでは。
比喩ではなく、世界の目を焼いた鮮烈な輝き。
当人の言ではデビューからたったの二ヶ月で『序列持ち』の高みへと駆け上がり、勢い止まらず【剣ノ女王】の高みまで翔け上がり……その名を轟かせて四ヶ月。尽きず話題と伝説を振り撒く、まさしくの超新星。
〝特別〟だ。少々行き過ぎている程度の自分とは比べ物にならない、特別。
だからこそ、目を焼かれ心を灼かれた――――誰より特別であってなお、ただひたすら『仲間』と共に勝利を目指して、仮想世界を心より楽しむ〝彼〟の姿に。
ゆえに、思ったのだ。多くの人よりも恵まれていると自覚した人生で、一度も浮かべたことのない言葉……〝彼〟のように、なりたいと。
そうして、思い、奮起し、後を追うように駆け出して、辿り着いた今。
『四柱戦争』選抜戦、その予選を終えて。
発表された本戦のランダムトーナメント表を一目見た瞬間――――
「…………………………………………うっ……そ、でしょ……」
プレイヤー【Kanata】は、仮想世界に〝神様〟の存在を確信した。
◇◆◇◆◇
転移の光が薄れ、身体の感覚が戻ってくると同時。周囲から吹き寄せてくるのは夥しい――などと言っては失礼だが、洪水のような人の気配だった。
わかっている。
この観衆が求めているのは、ほとんど無名の自分ではないことを。彼らが待ち望んでいるのは、すぐにでも自分の対面に現れるだろう人物であることを。
興味ナシ、誠に結構。カナタとて、周りの群衆などに興味は無い。
広いようで狭い、選抜本戦の舞台となる円形闘技場。自分のスタイルを考えれば窮屈なそれは……〝彼〟にとっては、もっとずっと窮屈なものだろう。
相手を意識した途端――なんて、そんな次元ではもうない。公開されたトーナメント表を見てから、仮想の心臓はずっと爆発寸前の過剰運動を続けている。
だから……嗚呼、だから、早く。
この胸が爆発してしまわない内に、どうか現れてほしい。
あなたに憧れて此処まで来た、自分の前に。
そんな願いを、聞き届けてか否か。
「――――……」
舞台に白蒼の姿が現れた瞬間、爆発した歓声が世界から音を奪い去った。
「――――……あーあー、大注目だな」
驚くでもなく、狼狽えるでもなく。〝彼〟は「もはや慣れた」と言わんばかりに肩を竦め、苦笑いを浮かべながらヒラヒラと周囲に手を振った。
当然、更に過熱した怒号のような歓声に困ったような笑みを向けた後――
「ごめんな新人さん。初舞台が大騒ぎになっちゃって」
カナタを見据えた黒い瞳に、冗談ではなく撃ち抜かれたような気分であった。
「………………っ、いえ、覚悟してたので、大丈夫です」
しかし幸い、アバターのHPは減っていない。加えて、どれほどの大物相手でも物怖じせず口を開ける度胸は〝仕事〟で培っている。
ゆえに、努めて堂々と言葉を返せば……〝彼〟は、感心したように微笑んで。
「俺の時とはえらい違いだ。肝が据わっていらっしゃる」
さっきから、あなたの一挙手一投足で肝は滅多撃ちにされています――なんて、果てしなく気持ち悪い言葉など吐けるはずもなく。
だから、もう、無理。これ以上は、いろいろとボロが出てしまう。
「――――――【曲芸師】さん」
「――……ん」
後ろ腰に提げた二振りの短剣、その柄を両手で握り込み、
スイッチを、切り替えた。
「……たったの二ヶ月。それだけで、あの【護刀】を倒してしまった貴方に、一年やってる俺がこんなことを白状するのは恥ずかしいんですが」
「いや、まぁー……うん、まあ。舞台に則って倒したのは、間違いないか」
独り言のように呟きながら、彼――【曲芸師】ハルは、瞳でカナタに先を促す。
「……正直言って、勝てる気どころか、歯が立つ気すら全くしません」
優しく、穏やかで……――遥か彼方を見ているような、無垢で無邪気で好奇心に溢れた黒い瞳を真っ直ぐに見返して、
「――――それでも、勝つ気で戦らせていただきます」
震えぬ声で啖呵を切り、得物を抜き放った、その瞬間。
「……あぁ――――誠に結構」
穏やかだった彼の顔に、かつてカナタの目を奪った笑顔が宿った。
無造作に振るわれた片手に、白い剣が現れる――かと思えば、クルリと回された剣は槍に、槍が戦斧に、戦斧が盾に、盾が鎚に、鎚が刀に……そして、
何事もなかったかのように空いた両手に、緋色の短剣が現出。
「それじゃ、戦ろうか――……と言っても、こういうのは初でね」
一切の力みなく二振りの刃を下げた彼は、構えることもなく。
「俺なりに精一杯やらせてもらうから、まあ互いに楽しもうぜ」
笑いかけられ、こちらこそ精一杯の虚勢でもって笑い返せば、
「では――――東陣営序列第四位【曲芸師】……心を籠めて、お相手しよう」
歩みを止めぬ怪物は、悠々と一歩を踏み出した。
怖いって。
本人視点で差し込むとこが無かったので【Kanata】の外見詳細。
・身長:161㎝ 瘦せ型というかスラっとしてる。
・瞳:ヘーゼル パッチリ元気感。
・髪:ライトブラウン ちょい長めで後ろに誰かさんリスペクトの短い尻尾。
軽量皮装備に短剣二刀の軽戦士スタイル。上衣はノースリーブに二の腕までの長グローブ、下衣は黒アンダーに七分丈で色味はどちらも白メインかつ刺し色は赤。
雰囲気的にはテトラ君に似てる中性的な少年タイプのアバターで声も少年っぽい。
ギリギリかっこいい≧かわいい系。