反応集:東陣営序列第一位
「――――――とまあ、俺の方はそんな感じですかねぇ……」
「ふふ……ハル君の周りは、いつも賑やかですね」
「周りに聞かれたら、俺自身が誰より賑やかだって総ツッコミを受けるでしょうよ……ま、今更もう否定はしませんけども」
「良いことではありませんか。それも人を惹く才ですよ」
「ハ、ハ、ハ」
「あら……なにやら言いたいことがありそうな顔ですね」
「いやぁ」
「師に隠しごとは、感心しませんよ?」
「隠しごと……ってほどじゃ。単に、あれですよ」
「単に、どれでしょう」
「世間の評判というか、評価というか……こう、一気に跳ね上がった感が」
「はい」
「分不相応……とは、言いませんけども」
「言いたそうな顔は、していますが」
「それでも、言いませんけども。つまり、結局のところ、俺がメチャクチャな速度で此処まで駆け上がれたのは俺自身の力というより……」
「…………」
「やっぱり、人に恵まれた――そりゃもう、恵まれ過ぎってくらい恵まれたところが、大きいと思う訳で。その辺を踏まえると……あれですよ」
「あれ、ですか」
「評判も評価も、全部を〝責任〟として受け取った上で…………俺だけは、俺のことを、手放しで褒めたり甘やかす訳にはいかないなと」
「……」
「だって、ほら――――嬉しいんで、ね」
「……はい」
「誰にでも、俺を見て楽しんでもらえるのは、嬉しいです。なら、こっからじゃないですか。貰った分は、還元していかないとってな心持ちです、……よッ!」
言葉と共に、長らく交わし続けた剣の音。
一際の気合を込めて放った翠刀の閃は、しかし呆気なく師の大太刀にいなされてしまったが……同時に立ち合いの動きを止め、俺を見やる【剣聖】に一つ。
「いい加減、新参者気分も限界ですし……これからは、序列持ちらしく堂々とね」
先へ掲げる抱負を明かせば、返されるのは優しい笑み。
「――今の貴方なら、不足ないでしょう」
どこまでも優しい、いっそ慈しむような、こちらが気恥ずかしくなってしまう微笑みを浮かべて、鞘に納めた太刀を抱えるまま。
傍へ寄り来る彼女に膝を折って頭を垂れれば、細い指先が前髪を梳いた。
「〝中伝〟…………は、まだ少々早いですが」
「っは、それは流石に」
クスリと悪戯っぽい笑み一つ、思わずの苦笑いひとつ。
「ハル君」
「はい」
交わし合って、確かめ合って。
俺が還していくべき筆頭でもある、お師匠様は。
「――――強く、なりましたね」
「っ……より一層、励みますよ」
眩しい笑顔から目を逸らしてしまった俺の言葉に、むっと珍しく眉を上げて、
「今よりも励むのは、許しませんよ? まだ暫くは、私の弟子でいてください」
咎めるように俺の額を優しく叩くと、悪戯っぽく笑ってみせた。
◇◆◇◆◇
おおよそ十日ぶりのログイン。久々に仮想世界を訪れるなりメッセージを下さったお師匠様の元へ、喜び勇んで駆け付けたのが三十分ほど前のこと。
そして顔を合わせるなり「身体が鈍ってしまいましたので」とかなんとか言って俺に刀を抜かせた【剣聖】様に付き合うこと二十分強。延々お喋りしながらの立ち合いに満足したのか、縁側で湯呑を傾けるういさんはご満悦である。
なお――
「――――ハル君も遂に、片手間に試合えるまで成長してしまいましたね……」
「お互い様ですし、ゆうて本気には程遠いでしょうに」
常々『弟子』の可笑しな成長速度に複雑な気持ちを抱いていらっしゃった『お師匠様』は、少々の不満も併せ持っているご様子で。
「私はこれでも、【剣聖】などと呼ばれているんですよ?」
「いや、はい。存じておりますとも、我が師よ」
「たったの二ヶ月ほどで弟子に並ばれてしまう【剣聖】……形無し、ですね」
「いっ……いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやっ」
並んでない並んでない何一つとして並んでないマジでマジでマジで……‼
「いやっ、あの……――正直に言って下さい。ういさん、さっきの何割です?」
「……そう、ですね………………三割ほど、でしょうか」
「――――ハイ、それみたことかと。俺さっきのでも必死でしたよ。八……九割は出してましたよ。わりと真面目に全力一歩手前でしたよ……!」
「ハル君」
「はい」
「嘘はいけません」
「嘘などッ……‼」
序列持ちらしく、堂々と見えるよう、澄まし顔に努めていただけである。
そりゃ技なりスキルなりは使わなかったが、それはういさんとて同じこと。純粋な基礎ステータスのみを用いた勝負とはいえ、ゆえにこそ実力差がモロに出る。
基本的にスキルをフル活用するスタイルの俺と彼女では技術の寄りが違うという点を加味しても、まだまだ全ッッッッッ然【剣聖】には並べていない。
【剣ノ女王】然り、やはりアルカディアのトップツーは二人揃って天上人。自爆技のような鬼札に頼って高みへ跳ねている俺とは、根本的なステージが違うのだ。
「ふふ……言いたいことは、わかります。ですが――」
なんとも言えない表情をしていたのは自覚している。ゆえに、弟子のことなら何でもお見通しのお師匠様に見透かされるのは既定路線。
「――――言い表しようがないほどに、見事でしたよ」
「…………ありがとう、ございます」
「お祖父ちゃんと一緒に、何度も何度も見返してしまいました」
「そ、それはそれは……」
真正面からの、手放しの称賛。自分の湯呑を傾けて茶の熱を呷ろうとも、カッと熱を帯びた顔の赤みは誤魔化せない。
親に褒められる子のように、先生に褒められる生徒のように――敬愛する師に褒められれば、弟子なんて大体がこうならざるを得ないだろうて。
「おそらくですが……あのハル君には、私は勝てませんね」
「……、…………」
そして、続いた言葉に俺が返せるのは沈黙のみ。畏れ多いというのもそうだし、俺自身がなんとなく口にしたくなかったのもある――たとえ、事実であっても。
まず、そもそもの話。
「《疾風迅雷》は、基本的に実戦じゃ使えませんよ。というか、使いません。正直言って、正しく有効に働く場面が限られ過ぎてますからね」
動けず五十秒に亘る詠唱を唄い切らねばならない、というのが最大の問題。そしてその最大の問題が抱えるリスクを負ってなお、あの魔法を切る価値があるのかどうかというリターン的なあれそれになってくる。
一対一では、もちろん端から選択肢にすら挙がらない。では複数対一ならばどうかと言えば、ぶっちゃけこっちでも多くの場合は活躍の場に恵まれないだろう。
前提として、仲間にフォローしてもらえれば詠唱が通る=俺が完全に戦線離脱したとしても時間稼ぎないし拮抗が敵う相手ということ。ならばそもそも、俺が普通に戦線で戦い続けていれば基本的には押せる相手になるだろう。
逆に時間稼ぎすら叶わない相手であれば、戦線離脱する暇などない訳で。
つまるところ、詠唱を通せて尚且つアレを使えばギリギリで勝ちを見込める相手、となれば……如何せん、有効な手として使える相手の〝幅〟が狭すぎる。
更には大前提として、例の心底重たい代償も付いて回るのだ。総評するにここぞという場面は少ないし、おいそれと行使にも踏み切れないってな具合だ。
「今回のアレは、噛み合いまくった〝特別〟ですよ」
とまあ、それが結論。
「他でもない【剣ノ女王】様っていう規格外の相方が守ってくれたから通せただけで、本当ならあんな風に綺麗に決まる技じゃないです」
そして、更に付け加えると――
「…………ぶっちゃけ、使わなくても勝ってたと思いますし」
「………………うふふっ……それは、そうでしょうね。ハル君とアーちゃ――――アイリスさんなら、最後の妖狐も二人で討ち倒せたはずです」
「ええ、盛り上げと楽しみを取った結果で……」
ん? 今なんか妙な……。
「お祖父ちゃんも言っていましたよ。『この子はえんたーてぃなーだな』って」
「へ? あぁ、あっはは……お恥ずかしい」
「それから、最後の《颯》も。見事だと、それは楽しそうに褒めていました」
「恐縮です……って、アレほとんど動画じゃ視えなかったと思うんですけど」
「閃は見えずとも、起こりと残身を見れば術理のおおよそは理解できるものです」
「えぇ……」
なにかしらを誤魔化された気分になりつつも、心地良いお喋りは止まらずに。
それから五分、十分と、俺たちは和やかな時間を過ごして……――――
「…………」
言葉を途切れさせたのは、果たしてどちらからだったか。
竹林から届けられる、笹の葉が風に揺れる音を聞きながら。灰色の髪を同じく風に揺らす【剣聖】の横顔を眺めるまま、
「――――……序列一位、ですね」
だからどうしたと続けられない不完全な言葉が、自然と口から零れ落ちた。
「………………そう、なってしまいましたね」
だからどう思う、とは続かない。ただ肯定を連ねた彼女は、俺を振り返るでもなく静かに月を見上げて目を閉じる。
閉じて、開いて。
「……【天元】――――天本の御爺様に、お会いしてきました」
「……、……………………リアルで、お知り合いだったので」
思わぬ言葉に戸惑う俺に、今度は振り向くと。
ういさんは、静かに微笑んで――――
「私のお祖父ちゃんを唆して、私を仮想世界へ導いてくれた人です」
「――――……」
重ねての、思わぬ言葉。回らぬ頭で――しかし、言うべきはすぐに見つかった。
「恩人、ですね」
「はい。私の――――」
「ういさんの、では勿論あるんでしょうが」
別に遮らなくても良かったのではと後悔したが、それでも、不意に溢れた感情を吐き出さずにはいられなくて。
「俺たちの、恩人ですね――――剣聖に憧れて歩き出せたらしい、ソラと囲炉裏の。剣聖に出会えて此処まで来れた、俺の。それから……まあ、その他大勢の」
「…………ふふ、その他大勢、ですか」
「ええ、そりゃもう。世界に何億といる【剣聖】ファンの大恩人ですよ」
東陣営、元序列一位【天下無法】――――ともすればファンタジー世界にて異様に映る、ごく普通な老人の姿で仮想世界に踏み入ったプレイヤー。
映像として残されている記録は、ただ一件。第一回『四柱戦争』にて仮想世界の寵児に討たれながらも、イスティアを勝利へ導いた東の英雄。
スキルも装備も何一つ纏わず、超人蔓延る戦場を駆け抜けた正真正銘の怪物。
あまりにも早くアッサリとした引退劇のせいで、情報らしい情報は全くと言っていいほど残されていない。それゆえに朧げな伝説めいて薄れつつある……半分、御伽噺の中にいるような御仁である。
「御爺様………………ゴッサンも『爺さん』とか言ってるの聞いたことありますが、その……お元気、なんです?」
大戦果を挙げたかと思えば、予想も出来ぬ電撃的な引退。その事件に加えて呼び名から察せられるお歳を考えると、誰しも考えることは同じだろう。
そのため、やや恐る恐る訊ねてみれば……あぁ、良かった。
「『お互い五十年後も剣を振っていそうだな』と、祖父とお爺ちゃん同士で楽しそうにしていました。冗談には、聞こえませんでしたね」
クスクスと笑う彼女の様子からして、若造の心配など無用らしい。
「天元氏も、剣士なので?」
「いえ、御爺様は剣士というより…………戦士、でしょうか」
「戦士」
げ、現代日本で、戦士……。
「ごめんなさい、上手な言い方が思い付かず……剣だけでなく、あらゆる武術を修めていらっしゃる方なんです。いえ、武術だけではなく――――」
困惑する俺に説明をしつつ……ういさんは湯呑を置くと、なにやら両手で〝構え〟を形作り――「ばんっ」と、全世界の剣聖ファンが見たらもれなく致死となるであろう仕草を披露してくれた。
「こういうものにも、触れている方で」
「あぁー…………」
なんとなく意味というか、どういう御方なのか朧げに見えた気がする。
なのでまあ……アレだな。深く考えず、俺はただ超可愛い永久保存版不可避なお師匠様の「ばんっ」を、才能を以って仮想脳に刻んでおくとでもしよう。
「なるほどな……それで、その天元氏と会ってきたというのは」
「ええ、はい……――――元序列一位から、激励をいただきたくて」
「…………」
なんとなく、聞かずとも言葉の意味がわかった。
不在の一位、そして二位の立場に甘えていた者。言葉の意味がわかって、だからこそ口を開こうとしたのだが――
「いただきたかった……の、ですが」
いつもと変わらず、気負いのない彼女の顔を見て、俺は言葉を引っ込めた。
「『娯楽なんだから気にしなんでいいだろうよ、そんなもんはよぉ』――――なんて、随分と適当で投げやりに言われてしまいまして」
「ちょっと今の真似っこ、もう一度やっていただ」
「代わりの器が現れたのなら、任せておけばいいとも言われてしまいまして」
「今のとこも出来れば真似っこでやっていただけると助かほえんあはい……っ!」
引っ込めた言葉の代わりに、俺も一緒になって空気を和ませようと画策したのだが選択を誤った模様――が、容赦なしに頬を摘まみ上げた師の手を受け入れるがまま、平謝りすることで笑顔を引き出せたので万事ヨシとする。
「全くもう、この子は………………他でもない、自慢の弟子ですからね。任せられるかと問われてしまえば、任せられると答えられてしまうのが困りものです」
「ちょっとその辺、事情というかなに言ってるのかわからん状態な訳ですが……」
器だのなんだの、おそらく先日ゴッサンが寄越した妙な質問だったりが関係する類の話なんだろうが……サッパリわからん。
わからんが、
「ハル君は、わからないままでいいんです。……そのままが、いいんです」
お師匠様がそう言うのであれば、是非もなし。
「……とはいえ私については、本当にこのままという訳にもいかないでしょう。弟子に……そして〝生徒〟に追い越され、置いて行かれないために――――」
時が遷ろい、各々の立場が変われど。
「いつまでも……閑居を気取っている場合ではないのやも」
「それ、は………………それなら、おでかけの際には、是非ともご連絡を」
各々の、心が変われど。
「どこへでもお供しますよ、お師匠様」
「…………それは、とても、楽しそうですね」
大切な師に夢を叶え続けてもらうためなら、いつまでだろうと。
意地悪で、可愛げのない、自慢の弟子で在り続けよう。
この師弟なんかもう通じ合い過ぎてて私も描きながら所々「この人たちは一体なにを言ってるんだ???」みたくフワッフワなまま六千文字になってた感じのアレなんで内容については深く考えなくて結構です。これ、SS的な間章、オーケー。