反応集:自称メイド
「――――イライラから一転、ほわほわになっちゃいましたね。一体どんな魔法を使ったのか、メイドとしては是非ともご教示願いたいです」
「いや、あの」
「親愛や頼り甲斐という点では、私も春日さんにそこまで劣っているとは思わないのですが……これが家族としての愛と〝恋〟の差というものでしょうか」
「その、ですね」
「一応あの子の保護監督役として忠告しておきますが、ハグから先はNGですよ? あまりにあんまりなおいたはメイドの刑に処しますので、そのおつもりで」
「メイドの刑ってなに――――じゃなく……!」
「とはいえ……正式な婚約者かつ恋人ともなれば、私もあまり口煩く言うつもりはありません。将来を誓い合った相手なら、あの子も年頃ですし――」
「はいはいはいはいはいはいストップストップそこのメイド‼ ほんと自由だなアンタ無敵かよこのメイドマジで、この……メイド……ッ‼」
「ふふ……そんなに何度もメイド、メイドと連呼されると、照れてしまいます」
「ツボもなんもかんもわかんねぇッ……!!!」
いろいろあって、四谷邸宅の倉庫内にて自称メイドと二人きり。
惚れ惚れするような巧みな口先と手腕をもって、馬鹿丸出しの無警戒だった俺を夏目さんが密室へ連れ込んでから数分が経過している。
いろいろってのは、いろいろだ。
結局は三十秒どころか分単位で我儘を押し通された結果としてソラさんのご機嫌が直ったり、機嫌が直ったソラさんが意気揚々と夕食の支度を始めたり、折角なら手伝おうとキッチンに侵入を試みたら「手料理を振る舞いたいのに手伝われたら元も子もありません」とか可愛いことを言われて追い出されたり、追い出されたところをメイドに確保され暇潰し相手こと雑談相手に抜擢されたり、かと思えば「それはそうと、腕力に自信はおありですか?」などと重たい荷物を運んでほしい的な不意の依頼を受け――――まんまとメイドに騙され、今に至る。
マジこのメイドほんとマジ。
「あぁ、もう……――話! 用件があるんでしょう、なにか、俺に!」
「まあ、それはそうなのですが。こうして未来の旦那様――――に、なるかもしれない御方と親睦を深めるのも、大事な用件ですよ?」
「メイド的に主人のおも――……っ、想い人に、妖しい表情で距離を詰めてくるのはNGじゃないんですかねぇ……! ハイそれ以上の接近は認められませーん!」
「うふふっ……春日さんは、アレですね。線を取り払って接してみると、思ったよりも可愛らしくて好感触です。私の求める〝面白さ〟とはまた別ですが、そういった一面に関しては個人的に嫌いではないかもしれません」
「あなたに個人的に好かれるとか、もはや恐ろしいんですっての……!」
「まあ、なんて悲しいことを言うのでしょう……――――さて、お顔を赤くしていらっしゃるところ申し訳ありませんが、そろそろ本題に入らせていただきますね」
「このメイド……!!!」
自由人の極みかよ。なにをもってしても勝てねえよ誰か助けてくれ。
「まず始めに……件の『動画』は、私も拝見いたしました。仮想世界のことなどなにも知らぬ身ではありますが、それでも察せられることくらいはあります」
それでもって、この切り替え。
おふざけを引っ込めて真摯な表情を浮かべた夏目斎は、かの『四谷』の使用人として相応しい空気を纏い俺の軽口を封殺する。
「あなたは確かに〝特別〟で、人を励まし、人を奮い立て、人を惹きつける才を持つ――あの子が見初めるに相応しい英雄だった。素直に、感服いたしました」
「………………ど、どうも。お褒めに預かり、こうえ――」
「――そして」
そして。あぁ、そして……無敵のメイドは、止まらない。
「――――そんな英雄が、ただの美人で優しいメイドさん相手にビビっている……失礼。小鹿のように震えながら様子を窺っている様は、心から残念極まりない失望に値するものでした。本当に、失望ものです。失望しましたよ、ハルちゃん」
「な、ぁ……っが…………」
はい、この切り替えである。
最後の呼び名を筆頭にツッコミを入れたい点は山程あれど、逆に山程あり過ぎてフリーズしてしまった俺を上品に鼻で笑ったメイドは、
「『主以外の女性と仲睦まじくしている様子』を目撃したであろう、私の内心が気になる気持ちは理解できます。けれど、それはそれとして堂々としていなさい」
「や、その……」
「ハッキリ言……わなくても、あなた達なら通じ合っているでしょうが、春日さんが私に気を遣う素振りはそらも気付いていましたよ。私はともかく、あの子にまで無様で格好悪いところを見せるのは許容できませんね」
「う、ぐ……」
「そもそも別の女性と仲良くしていたから、なんだと言うのです? 想いを寄せてくれる方に真摯であり紳士であるなど当然のこと。そらの相手として、その程度のことも満足に出来ない殿方はお話になりませんよ」
「いや、でも……」
「『でも』もへったくれもありません。仮にも仮想世界では既に〝伴侶〟であるというのなら、私のお嬢様に相応しい男としての気概を見せなさい」
「き、気概……」
「私のお嬢様――――世界一可愛く可憐で美しく尊い天使を恋に落とした男性なのですから、他の女性からも想いを寄せられる器であるなど当然のことです」
「………………」
「有象無象に限らず……他のお二人のような素敵な女性も、また然り」
「…………」
まるで詰られるように畳み掛けられて、
その癖に、
「もう一度だけ、これっきりですよ――――堂々としていなさい」
そこで……まさしく〝姉〟のように優しく微笑むのは、卑怯だと思う訳で。
「私はこれでも、あの子が認めている貴方を認めています――私に啖呵を切ったあの日からは、それを除いても貴方を好ましく思っています」
「…………」
そのせいで、結局のところ、俺は最後まで何も言えず。
「ですから、貴方が……春日さんが常に、自分を削ってでも、彼女たちを大切にしているのは、わかっています。信頼もしています」
自由で、気ままで、無敵の体現こと、このメイドに――
「私はそらの味方ですが、贔屓をするつもりはありません。ですからどうぞメイドのことなどお気になさらず――あなたの思うまま、良い恋をしなさい」
今日もまた、完膚なきまでの敗北を刻むのだった。
「同じ失望は、二度とさせないでくださいね?」
と、堂に入ったウィンクひとつ…………ほんと、この、メイド。
冗談抜きで未来永劫、勝てる気がしない。
非攻略対象で暴動が起きるタイプの自称メイド。
※なんだか取り違える人もいるっぽいので蛇足の注釈。落ち着いて言葉を読み取ると、実は主人公のことほぼ全肯定しているという事実に気付いてほしい。
大変なんだからメイドなんかに気苦労を割くなと言ってるだけなんよ。