反応集:パートナー
件の攻略動画がアップロードされてから、しばらく後。
大学の講義が終わったタイミングの着信――「もしよければ、お夕飯をご一緒しませんか」という召喚要請に応じた俺は、とある場所へと馳せ参じていた。
仮に文面がそれだけであったとして、是非もなく了承していたことだろう。断じて、文末に添えられた『それから、色々とお話があります』というなにかしらの圧が含まれた文言に屈した訳ではない――と、それはさておき。
唯一目を引く『物』といえば、他でもない【Arcadia】の筐体くらい。それ以外は机とベッドと椅子くらいなものと、極めて簡素でサッパリとしたお部屋。
お邪魔するのはこれで二度目ゆえ居慣れてもいなければ見慣れてもいないプライベートルーム。勧められたのは、前回も借りたクッション……ではなく。
「――――どうして呼ばれたのか、わかってますね?」
「…………………………な、なんとなく、は……」
当然のように床へ正座させられるまま、俺は笑顔の女子から説教を受けていた。
いや受けていたというか、これから受けることになるのだろう。どういった命運が待ち受けているのやらといったところだが、一つ確かなのは――
「そうですか。なんとなく、なんですね」
「…………これ、ちょっと前にもやっ――」
「なんですか?」
「なんでもないです」
この子は怒り顔でも真顔でもなく、こういった『状況にそぐわない笑顔』かつ声が優しいときが一番怖いということだ。
なお、推定お怒り心頭のご令嬢ことパートナー様は当然の権利とでも言わんばかり、正座させた俺の膝に我が物顔で――座ってはおらず。
これぞ正真正銘のお説教スタイルといった具合で、腰に両手を当て正面に仁王立ちしていらっしゃる。俺はもうここまでかもしれない。
「ハルに、言いたいことがあります。凄かったですとか、素敵でしたとか、動画を見ての感想やお祝いは先日お伝えしたので、それとは別に――――現状を踏まえて、なにを置いてもハルに言いたいことがあります」
「は、はい……そうでしょうとも…………」
もう本当に、先日のニアとのやり取りを焼き直したかのような状況。しかしながら、どこまでも純真なこの少女が『女子怖い案件』に舵を切ることはなく……。
「私、言いましたよね? 『誰彼構わず笑いかけたらダメですからね』って」
「…………………………ぇ、あ……?」
しかしながら、俺の予想が実情を外していた点に関しては同じルートを辿ったらしい。と、それだけに止まらず――
「参考までに、どうして私が怒ってると思っていたのか教えてくれますか?」
思わずというか無意識の内に零れた「そっちかぁ……」という呟きをバッチリ拾われ、結局は似たような流れになってしまった。馬鹿か俺は。
ともあれ、問われたのなら答えねばなるまい。恥辱はあれど、躊躇いはあれど、真摯であると覚悟を決めた日から立場が弱いのは今更ゆえに……‼
「その、あれかな……時間差でアーシェとのふれあいに、やきも――――」
「 そ っ ち も そ う で す け ど ! ! ! 」
「ハイごめんなさいッ‼」
ソラさん、渾身の一喝。恥ずかしながらガチビビりした俺がビシッと背筋を正し即座の謝罪を叫ぶも、お怒り令嬢が真直ぐに向ける空色の瞳は鎮まらない。
「今日、私が学校で、何度ハルの……そして」
よくよく見て取れば、彼女の綺麗な瞳の内で揺らいでいるのは『怒り』の炎ではないのかもしれない。不安定で、落ち着きのない揺らめき……それは、
正しくは、そう。
「何度――――『ハルちゃん』の名前を、聞いたと思いますかっ……!」
「………………………………………………」
困惑と、混乱なのだろう。
「今日に限った話じゃありません! 先週からっ! ずっと‼ どこでもかしこでも『ハルちゃん』『曲芸師ちゃん』『ハル様』と!!!」
最後はともかく――と、少女は息継ぎをして。
「なるに決まってるじゃないですか! こうなるに決まってるじゃないですか! 世間知らずのお嬢様なんて、ただでさえハルみたいなタイプに弱いんですから‼」
「お、俺みたいなタイプ……」
「とにかく自分を見てくれて、優しいだけじゃなく悪戯っぽいところもあって、それでいて紳士で頼りになる上に悉く結果を出しちゃうタイプです‼」
「なんだそのわっかりやすいモテ男像は……」
「あなたのことですよ!!?」
ソラさん、迫真の激昂。
「ちょ、待て、落ち着こう……一旦ほら、呼吸整えて」
仮想世界のアバターならばともかく、現実の身体で勢いよく捲し立てたからだろう。小さく咳き込んだソラを気遣いつつ、羞恥を散らすのに苦心する。
いやだって、なあ。
そんな正面からメチャクチャ褒められたら、誰だって体温も上がるだろうよ。
「うぅ…………わかりますよ、わかるんですよ。ただでさえ格好良いのに、アイリスさん――『お姫様』を気遣って、助けて、それだけでなく信頼して尊重して……ある種の理想像でしたもん……そんなの、好きになっちゃいます……」
「いや、いや『好き』って……あくまでアレだろ、ファンとしての」
「ファンとしての『好き』だとしても、ですよ……!」
実際のところは不明だが、まさかの女子校で【曲芸師】ブームが巻き起こってるらしいという特大ファンタジー案件に対する動揺もそこそこ。
崩れ落ちるように床へしゃがみ込んでしまったソラさんを宥めてみるも……再び持ち上げられた空色にキッと睨まれ、即ビビりする俺の情けなさよ。
もはや俺に年上としての威厳など微塵もない。このザマを見せ付ければ、ソラの言うお嬢様方の熱も一瞬で醒めるだろうこと請け合いだ。
「そうだとしても! 四六時中! 周りから『好き』だの『大好き』だの『理想』だの『待ち受けにした』だの『こういう人と結婚したい』だのと! 誰かさんへの好意を聞かされ続ける私は、一体どんな顔をしてればいいんですかっ‼」
「それを聞かされてる俺の方こそ、一体どんな顔をすりゃいいんです……?」
おそらく若者特有一過性のアレとはいえ、モテ過ぎだろ曲芸師。
バグってんじゃねえのか現実世界。
「オマケに転身体の笑顔でトドメですよ……男性側だけで十分なのに、女性側でも需要を満たして……ハルは、私の学校をどうしたいんですか」
もはや言っていることが無茶苦茶である。珍しく勢いだけで喋ってる感。
「じゅ、需要……いやあの、ごめんだけど。これを言うのも、ある意味ごめんだけど。アレは、あくまで頑張ってくれたアーシェに向けたものであって――」
「ですが、動画ではバッチリ視聴者に向けられていました。つまりは事実として、全世界の皆さんへ向けられたものになっています……!」
「………………」
正直なところ、気持ち自体はよくわかる。引っくり返して考えてみると、俺がソラの立場だったら似たような気持ちになるだろうという確信があるから。
つまるところ。
同級生なりなんなり、近しい者がニュアンスはどうあれ俺に対する好意を曝け出している。それを直接的か間接的かは定かではないが聞かされているソラは……。
口に出来ないまま、こう思い続ける訳だ――――私のパートナーだぞ、と。
そりゃあストレスも溜まるというものだろう。自分が事実をぶっちゃけられないのをいいことに、好きだの結婚したいだの勝手なこと言ってんじゃねえぞと。
理屈ではない。人間の感情とはそういうものだ。
なればこそ、
「――――私のパートナー、ですもん……」
十五歳とは思えないほどしっかりした四谷御令嬢といえど、胸の内はそんなもの。等身大で、自分勝手で――それゆえに、堪らなく心が乱される。
早い話が、アーシェと云々に「そっちもそう」と言っていた通り。
「…………やっぱりというか、群を抜いてやきもち焼きだよな」
「わかったような顔しないでください。ハルのせいなんですから……!」
アーシェだけではなく、周囲の大勢にやきもちを焼いていた……ということで。それ即ち、なにをどう足掻いても俺が白旗を上げる以外に道はない訳で。
「ソラさん」
「…………」
「ソラ」
「……、…………」
「鳩尾グリグリすんのやめて――どうすりゃいい? どうしてほしい?」
「…………パートナーとしてで、いいですから」
「うん」
「…………………………ぎゅって、してほしいです」
「……パートナーとしてなら、まあ、仕方ないな」
そうでなくとも、結局のところ。
「十秒だけだぞ」
「……三十秒」
「無理でーす」
俺がこの子の我儘を拒める日なんてのは、訪れないのだろうけど。
一生やってろ。