反応集:世界
「よう、待たせ――――お? なんだお前さん、珍しいことやってるじゃねえか」
夕刻、東の円卓にて。
何度か見た先輩こと後輩よろしく。広々どころではない特大の卓を独り占めに〝作業〟をしていると、訪れた待ち人が楽しげな第一声を上げた。
それに対して、
「んおー……」
俺が紡ぐは、気のない返事。
決して適当かつぞんざいに応えたという訳ではなく、好奇心オジサンことゴッサンが面白そうに覗き込んでくる手元に集中しているゆえのこと――
「――――っ、ぅ……!?」
「ありゃー」
しかして、結果は失敗……――――起動していた《魔工》スキルは不完全な形で途切れてしまい、壊れた術式が儚い光となって霧散した。
はい残念賞。さらば亡き素材たちよ、許せ……。
「んで、そりゃどういう風の吹き回しだ?」
「はぁ……いや、別に。ちょっと見識を広げる意味でも、次のイベントで出来ることを増やしとく意味でも、手を出してみるのは悪くないかなってさ」
先日の【影滲の闘技場】攻略から、おおよそ一週間。
ようやく《疾風迅雷》の代償こと『スキル封印』が解除され、ある程度の遊びが解禁された今日この頃。以前の有言実行とばかりニアから《魔工》を貰ってみたのだが……いやはや、これが中々に難しいというかなんというか。
「しっかし、戦闘に関係するスキル群とは根本的に別物だなコレ。その時その時で違ってくる〝感覚〟が重要というか……」
「まあ、同じ素材、同じ工程でも都度別物とは聞くな。俺は手ぇ出したことないもんだから、詳しくはわかんねぇけどよ」
簡単に言えば、毎回ランダムステージの一発クリアを求められるようなもの。
つまるところ俺の『記憶』が上手く嚙み合わないというか、むしろ完璧に覚えてしまうがゆえ微妙な差異に殺されるというか。
技術なり知識なり、こなれてくればいろいろと話は変わってくるのかもしれないが……『とりあえず最初は自分でアレコレ試してみなさい』という先生の〝宿題〟をこなす間、失敗続きになるであろうことは間違いなさそうだった。
――まあ、のんびりいくとしよう。スキルが使用可能になったとはいえ、どうせあと三日はLv.1継続で外出もままならないのだから。
「いや、いいじゃねえか。様になってきたら、いつか記念になんか作ってくれ」
「はいはい……ま、あれだ。なんかしらの『作品』が作れるようになるほど、真剣に打ち込むかどうかはまだわかんないけどな」
とりあえず手を付けていたのは先生にしてスキルの〝親〟であるニアに倣った『細工品』だが、まだまだ俺自身の適性も……そもそも、魔工自体にどの程度適性があるのかも全く不明。気長な話だが、いつかが訪れたら吝かではない。
――――と、いったところで。
「さて……そんじゃそろそろ、用件を聞こうか?」
「おう。悪いな、時間取らせて」
「御覧の通り、暇とモチベを持て余してる。気にしなくていいぞ」
現実では勉強なりなんなりと相変わらず忙しくしているが、息抜きで仮想世界に来ても飛び回れなくて寂しい限り――なんてな。
練習用の素材として卓上に幾つも転がしていた【フールボアの牙片】をインベントリに放り込みつつ、雑談を経て呼び出しの本題を問う。
「そしたら気にせず話させてもらうが……ちっとばかり、頼みがあってな。それってのも、例の転移門システムについてなんだが」
「あぁー……いろいろ、まとまった感じ?」
「おう、ある程度な」
なるほどね。とくれば、頼みというのも大体の内訳は察せられる。
「俺の脚で良ければ、いくらでも使ってくれて構わないぞ。……あ、いや。あと三日は動けないままだから、それ以降になるけども」
「そこまで急ぎじゃない、問題ねえよ――――いや助かる。本当に助かる。このためにお前さんは序列入りしたんじゃねえかってくらい、マジで助かる」
「その発言はどうかと思うぞ総大しょぶわッ、ちょ、やめ……っ!」
わかりやすい冗談に半眼を向ければ、お馴染みのカッカッカと共にグシャグシャと頭を撫で繰り回された。
いつものことながら、スキンシップの勢いが過ぎる。
「お前さんはいつもいつも話が早くて大助かりだ。ウチの十席連中は、通例どいつもこいつも曲者揃いでなぁ……雛世なんかは随分マシな方だが」
アンタがそれを言うか、というツッコミは呑み込みつつ。
「囲炉裏とかリィナは、普通に真面目なタイプでは?」
「囲炉裏の奴は、鍛錬に集中しだすと連絡しても来やしねえ。リィナは……まあ基本的には素直だが、あれで意外と気難しいところがあってなぁ」
「はーん…………いやまあ、そりゃ俺の知らん一面くらいあるわな」
まだ出会ってから二ヶ月ほどしか経っていないのだから、とても各人のなりを知り尽くしたとは言えない。それこそ年単位の付き合いがあるゴッサンが浮かべた苦労の表情は、俺が知らぬ事実に由来するのだろう。
積み上げられた関係性は羨ましくもあり……これから自分も同じものを積み上げていけるのかもしれないと考えれば、楽しみでもある。
「ま、ともかく用件はそういうこった。お前さんの了承も取れたことだし詳細はこれから詰める。本格的な依頼は全部決まった後に改めてだ」
「了解。いつでも言ってくれ」
未だ触れていない新スキルの調整など懸念点もあるが……まあ最悪、飛び回るだけなら俺には頼もしい翼が憑いている。
ゆえに、ゴッサンが俺に頼みたいという案件――つまり、かの『白座』討滅により拡張されたシステム。遠方への新たな転移門の敷設任務に支障はないだろう。
「おし、そんじゃあ話は以上だ」
「オーケー。んじゃ、これにて」
用事と言うほどではないが、そろそろ夕飯の支度時だ。
なんかニアが「今日は和食の気分だなーチラッチラ」的なアピールを《魔工》授与の際これ見よがしに叩き付けてきたものだから、一応の感謝を示すためにも――
「なぁ、坊主」
「お?」
立ち上がり、立ち去ろうとした俺の背中に掛かったのは、意識してのことか否か最近ではメッキリ減った呼び名。
肩越しに振り返れば、金色の偉丈夫の真っ直ぐな視線と目が合った。
「遅ればせになったが、動画見たぜ。見事だった」
「……そりゃどうも」
端的な誉め言葉に、端的な返し。
前者はわからないが、後者がそうなった理由はシンプルに気圧されたからだ。たまに見る――本当に稀に見る、総大将のどこまでも真剣な表情に。
「ときに、ひとつ聞きてえことがある」
別に、恐ろしい訳じゃない。圧を感じる訳でもない。ただ単に……『娘』の言う〝演技〟が抜け落ちた彼は、陣営の大将に相応しい風格が溢れていて。
「お前さん――――英雄だのなんだのってぇ、称号を貰ったか?」
質問の意味が、よくわからずとも。
「……あぁ、なんか、貰ったな」
俺はただ、真摯に事実を答えるだけ。
すると彼は、数秒だけ目を瞑り――ふっと息を吐き出して、
「随分と可愛らしい〝英雄〟だこったな」
「やかましいわ」
終始サイドテールを揺らしていた俺を見て、いつもの笑みを浮かべてみせた。
そうして、一人の英雄が去った後。
「…………引退したってのに、長い務めになったな爺さん」
かつて英雄を見送った男が一人、楽しげな呟きを零す。
「名実ともに――――これで、お役御免って訳だ。お疲れさん」
遷りゆく世界に、祝いを籠めて。
――――――Ranker's Title――――――
◇First【剣聖】――――【Ui】◇
◇Second【総大将】――――【ゴルドウ】◇
◇Third【無双】――――【囲炉裏】◇
◇Fourth【曲芸師】――――【Haru】◇
◇Fifth【左翼】――――【Mi-na】◇
◇Sixth【右翼】――――【Ri-na】◇
◇Seventh【熱視線】――――【雛世】◇
◇Eighth【不死】――――【Tetra】◇
◇Ninth【双拳】――――【ゲンコツ】◇
◇Tenth【銀幕】――――【ゆらゆら】◇
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