反応集:ひよこ
「ぁっ」
「おっと?」
四谷宿舎のエントランス。内設されたコンビニ……とは名ばかりの〝ご自由にお持ちください倉庫〟から、不意に身体が欲したカップ麺を拝借した帰り道。
珍しい顔とバッタリ鉢合わせして、互いに思わずといった具合で声を上げた。
「どもども、お久しぶりです」
と、いつかの焼き直しとは言わないが初手の挨拶は向こうから。相変わらず一般人とは違うオーラというか、癒しの波動を纏う彼女は、
「――こんにちは三枝さん。親友の視察?」
「えぇ、それはもう。しっかりお掃除してるか、抜き打ちですよー」
相も変わらず人懐こそうな雰囲気で、悪戯っぽく微笑んだ。
「ぁ、そだそだ。動画見ましたよー?」
「あぁ、見ちゃいましたかー……」
「えっへへ、見ちゃいました――――ようやく一歩追い付いたぜ!!! とかなんとか盛り上がってた恥ずかしい人と一緒に、バッチリ見ちゃいましたとも」
「あー……ハヤガケさん?」
「序列持ちの方と張り合うなんて十年早いですよ。身内としてお恥ずかしい」
「いやいやいや、塔をクリアしたなんてのは間違いなく大したもん――って、なんか上から目線ぽいな。いや、俺も根本的にはあの兎地獄あたまおかしいって思ってるから、むしろクリア者同士としてのリスペクトがですね、単純に凄いなって」
「あらあらまあまあ……それ、隼人君が聞いたら泣いて喜びますねー。あの人もう完全にあなたのファンなので」
「はや……オッケー今のは聞かなかったことにします」
「そうですね、不肖の従兄なんてどうでもいいんですよ。そんなことより、私としては親友の想い人が超絶美少女になってしまったことの方が面白重要だったり」
「面白いって言いかけたってかほぼ言ったね。玩具にする気満々だね」
「気のせいですよー。あ、それ美味しいですよね」
「へ? あぁ、いや、まだ食べたことない…………美人イラストレーター声優アイドル画家先生……? でも、カップ麺とか食べるんだな……」
「いやいや食べますよ、人間ですもの。女の子だってジャンクなもの好きなんです。願わくばラーメン屋にも一人で突撃できる強靭な精神が欲しいところです」
「三枝さんなら平気な顔して突撃しそうなもんだけど」
「おやまあ、ハルさんの中で私は一体どういうイメージになってしまったのか」
「理性のあるニア」
「人の親友に理性がないみたく言わないでくれますー? あれでも辛うじて一般人として生活を送れる程度には普通の子なんですよー」
「辛うじてなんだ……」
「ほら、容姿が。可愛すぎて、とてもとても」
「あぁ、それ込みでってことね……ほんとお互い大好きだな」
「それはもう、両想いですとも。羨ましいですか?」
「そこまで信頼し合ってる同性の親友って意味では、まあ素直に死ぬほど羨ましいかな――――……ときに、三枝ひよりさん」
雑談を交わしつつ通路を進み、自室の前に辿り着き、鍵を開け、ドアノブを回し開け、部屋に半身を入れたところで振り返り……「えっへへ、照れますねぇ」などと、そこらの男であれば一発で落ちそうな緩い笑顔を浮かべている彼女に――
「なにをサラッとお邪魔しようとしてるのかな?」
問う。
「あ、バレちゃいました?」
微笑む。
「当たり前だよ???」
通せんぼ。
オーケー、ここから先は一歩も通さんぞ。さも当たり前のような顔で後に続こうとしおってからに、目的はなんだ言いたまえ!
「やー、目的と言いますか。単純に動画についてアレコレ生インタビューしたく」
「当然のように心を読んだ上で会話を成立させるのやめろ???」
相も変わらず、油断ならない策士である。
「あの、だな、ですね……そんなお気軽に男の部屋に上がろうとしない。ただでさえこう微妙な間柄なんだから、その辺は互いに気を遣っ――」
「その辺は、それこそ信頼ですよ? あ、私だけじゃなくてニアちゃも含めて」
「そ、は……なに、どゆこと」
よくわからないことを言い出した彼女に首を傾げて見せれば、返って来たのは殊更に楽しげなニマニマ顔――……あ、これ反応した時点で終わりなやつ。
「あの子、めっっっっっっっっっっちゃ惚気おったので。私が冗談百パーセントで『ハルさんと私がいろいろ情報交換とかで連絡取っても、焼きもちとか焼かないでねー』って言ったら……なんて言ったと思います?」
「聞かないでおく。さあほら疾くお行きなさい親友の下に――」
「『なんだかんだ言いつつ最近はあたしたちに夢中だから、今更ぽっと出のひよちゃんに靡いたりしないもーん』だそうですよ。ふふふのふ」
「ん、がっ……、…………」
アイツは………………アイツは……!!!!!
「あたしたち、ですって。いえまあ、例の動画を見たりでハルさんが『お姫様』とも大層仲良しなのは伝わってきましたけども……それでも、今のところ皆で仲良くできてるようで安心しました。いいですね、賑やかな恋っていうのも」
傍から見てる分には――と、コロコロ笑う三枝さん。言葉でも、声音でも、表情でも、彼女が口にしたことは全て本心であると伝わって来て、
「安心……して、いいのかなぁ。親友を応援する立場としては、全員仲良しはいろいろと危惧するポイントでは? ……ごめん、俺が言えたことじゃないけど」
「えー? ギスギスよりはいいですよー絶対。ニアちゃ、ハルさんのことだけじゃなくて『お姫様』や『パートナーさん』のこともしょっちゅう話すんですけど」
「お、おう……」
「それこそ、キミはそれでいいの? って感じです。お姫様が可愛すぎてシンドイだのソラちゃんが可愛すぎてヤバいだの、挙句の果てには抱き枕にしただの」
「抱き枕?????」
なんか事件性を感じるワードが飛び出したな?
「もう本当に、誰に恋をしてるのやらって感じですよ――――素敵な恋愛ができているようで、なによりです。私の親友は幸せ者ですね」
と、終始好き放題に振り回される俺を置き去りに。
どこまでも優しい笑顔を浮かべた三枝さんは……もうなんというか安心しきったような、ある意味で信頼しきったような目を俺に向けてくる訳で。
いろんな意味で、気が早すぎると思うのだが。
「……………………………………ほんと、仲がよろしいことで」
「えぇ、それはもう――――死ぬほど羨ましいでしょう?」
常々、思うのだ。
俺の周りには、どう足掻いても敵わなそうな相手が多過ぎると。
――――なお、その後。
「ではそういうことで」
「ちぇー」
懲りずに男の部屋へ侵入を試みた親友殿には当然、丁重にお帰りいただいた。
攻略対象じゃなくて暴動が起きるタイプのひよこ。
ちなみに視察じゃなくてデートのお洋服を選びに来た。