反応集:藍色娘
日付が変わると共に件の攻略動画がアップロードされた、その日の内。
大学でのあれこれを終えたタイミングのメッセージ着信――「ちょっと口で色々と言いたいことがあるから来て」という有無を言わせぬ感じの召喚要請に応じた俺は、とある通い慣れた場所へと馳せ参じていた。
大物小物を問わず趣味の良いインテリアと、未だに一体どういった用途で使うのやら謎の器具類が混在する職人女子らしいハイセンスなお部屋。
もう何度お邪魔したかも数え切れない、ゆえにそこそこ居慣れたというか居心地が良くなってきているアトリエ。その指定席ことふかふかのソファ……ではなく。
「――――なんで呼ばれたか、わかってるよね?」
「…………………………な、なんとなく、は……」
当然のように床へ正座させられるまま、俺は真顔の女子から説教を受けていた。
いや受けていたというか、これから受けることになるのだろう。どういった命運が待ち受けているのやらといったところだが、一つ確かなのは――
「っふーーーーーーん……? なんとなく、なんだ?」
「いえっ、あの……し、しかと、心得ております………………たぶん」
ニアちゃんは拗ね顔でも膨れっ面でもなく、こういった『真顔が初動』で声が静かなときが一番怖いということだ。
なお推定お怒り心頭の専属細工師兼裁縫師殿は当然の権利とでも言わんばかり、正座させた俺の膝に我が物顔で座っていらっしゃる。
保険のように呟いた「たぶん」もバッチリ聞かれてしまい、彼女が抱えたクッションに細い指がめり込む光景は恐怖でしかなかった。
もう俺はここまでかもしれない。
「キミに言いたいことがあります。動画見たよとか、かっこよかったよとか、もう流石というかただただビックリだったよとか、凄かったねって言葉じゃ表し切れないよねとか――沢山あるけど、なにを置いても、キミに言いたいことがあります」
「は、はい……でしょうとも…………」
「でも、その前に一度だけチャンスを上げましょう」
「チャンス」
仮想世界のアバターは例え何時間正座していたところで足が痺れたりはしないが、身体に負荷が掛かり続けると相応の疲れを感じるようになる。
幻感疲労と言うほど顕著なものではないが、これも脳の錯覚に類するアレだ。
なんの話かと言えば、膝上に乗っかっているニアちゃんを支え続けるのが割とシンドイというお話。ステータスが正常だったならまだしも、Lv.1継続中の我が身ではアバターのタフネスなど絶望的なのである。
といっても、当然ながら数分やそこらでこうはならないのだが……口を開いてくれるようになるまで、ぶっちゃけ十分近く掛かってるからね。
拗ね度合い、キレ度合いは推して知るべし。
剣聖様との『鬼ごっこ』を思えば大したことないだろと脳を騙しつつ、現状打開の好機を見逃すまいと神経を尖らせながら〝お言葉〟を聞き――
「あたしがなにを怒ってるのか、言ってごらんなさい」
「……、………………」
はい、出ました。
アイスクリーム屋の店長こと美代子さん曰く、女子特有のヤツ。男に共感を求めつつ、相手の口から言わせることで優位を確固たるものとする地獄の技。
「………………そ、れは、だな……」
「うんうん。それは?」
そして真実、男側に非がある場合。的確にプライドを折りつつ自罰の意識を齎すことで〝次〟を制する躾の技でもある。
女の子こわい。
ともあれ、わかっているのだから答えねばなるまい。恥辱はあれど、躊躇いはあれど、真摯であると覚悟を決めた日から立場が弱いのは今更ゆえに……‼
「あの、あれだ……つまりその………………動画でアーシェとイチャ――――」
「 そ ん な こ と は ど う で も い い ん で す ぅ う ! ! ! ! ! 」
「ひぃっ……!?」
ニアちゃん、迫真のクッション連打。哀れな布と綿がぼっふんぼっふんと音を上げる度、非力極まるLv.1のアバターに衝撃が伝わり負荷が増していく。
あと今の悲鳴は一体全体どちら様のだ。随分可憐なお声でしたねぇ恥死。
「いや、え、そんなこと……えぇ……?」
「べっつにぃい? イチャイチャでもムチャムチャでもすればいいじゃーん? そこはあたしだってもう容赦なくアレコレいかせていただきますしー‼」
「ムチャムチャ……? あの、そんなヤケクソみたいな宣言されてもというか多少は手心ってか俺のメンタル面も考慮して情けを掛けていただ――」
「んー?」
「――――……けるような立場ではないと理解はしてますハイごめんなさい」
やっぱ無理だって。
この状態のニアには勝てねえって俺、諦めろ。
「もうほんとにさあ。キミはさあ。的確にニアちゃんを怒らせてくよね。なに? 狙ってるの? 本当はあたしに怒られるの好きなの? 癖になってる?」
「とんでもないこと言わないでくれる???」
断じて、俺にそんな癖はない。
流石に男としての沽券に関わることゆえキッパリ「NO」を宣言すれば、徐々に膨れっ面――つまり、まだ対処が利く方向の怒り方へシフトチェンジしつつ、
「………………服っ」
ポツリと呟くと、ニアは溜め込んだ不満を伝えるように足を抓ってきた。
「せーっっっかくキミの好きそうなビックリ機能を付けてあげたのにさー? 二回も大舞台があったのにさー? ぜんっっっぜん使ってくれる気配がさー?」
と、つらつら並べられた怒りの内訳は……まあ、そういうことだったらしく。
「あー……………………ぁああぁああぁー……」
言われれば「そういうことか」と、こうしてニアが拗ねてしまったのにも納得がいくというかなんというか。
「カグラさんの武器とか、お師匠様の刀とかばっかり活躍してさー? あたしが頑張って作った『お洋服』は、本当にただの『お洋服』なだけでさー……」
そう。こいつはそもそも、そのギャップに思わずやられてしまうほど……職人としてのプライドが高いというか、真剣に全力で取り組んでいる奴な訳で。
「…………使う機会、あったじゃん。使ってよ、ばか」
こういう可愛い拗ね方を、してしまう奴な訳で。
「ほ、本職の方というか……アクセには、いつもいつも頼り切りですが」
「ふーんだ」
こういうのは、基本的に理屈じゃないだろう。的外れなことを言っている自覚はあったし、実際そんな誤魔化しではニアの表情が晴れるはずもない。
「……そのだな、言い訳に取らず聞いてほしいんだが」
「………………いいよ。聞いたげる」
――ので、伝える言葉を選び直す。
「あの、あれなんだよ。髪飾りとか、あとは前の【藍玉の御守】とかさ。お前から貰うものって、俺の中では基本的に『最後の頼り』というか……こう、まさしく〝お守り〟ってイメージというか、そんな感じが強くてだな」
「…………」
「大事にしすぎちまうというか、最終手段として温存することで心の余裕を保っている部分があるというか……ほら、俺の戦闘スタイルって基本余裕ないアレだし」
「……」
「安心感という面で、使わずとも多大な貢献をしてくれているというか、だな……あの、これマジで。これは言い訳とかではなく、マジなやつで」
言葉を並べつつ、顔色を窺えば……もう大丈夫そうなのはわかる。が、ネガティブな思いをさせてしまった謝罪代わり、もう少しだけ。
「白雲も、白桜もさ。ほら、危機回避タイプじゃん? だからまあ、その、なんだ……――誰にとは言わないが、格好良いとこ見せようと思うと」
ほら、ことある毎に言われるからさ。
――――かっこいいとこ見せて、と。
「…………」
「出来るだけ、使わないように立ち回る必要が、あると言いますか……」
誰にとは、言わないけどな。
――――とまあ、美少女フェイス&ボイスでは格好付けるもなにもないのだが……幸いと言うか、その場凌ぎの言い訳とは取られなかったようで。
「………………デート、一回」
「……了解。どっちだ」
「現実がいい。たまには外出しないとね」
「お忍びスタイルで?」
「お忍びスタイルで。久しぶりに美術館巡りしたいな」
「おう…………美術家お嬢様っぽいチョイスだな……」
そして、数分後。無事すっかり機嫌を直したお嬢様と――――
「ちょっっっっっと待て! それはNGだって言ってんだろッ‼」
「なんでよいいじゃんかー! もう観念しなって大人気話題沸騰中の曲芸師ちゃんでしょー!? あたしだけじゃなくて世界が望んでるんだってば!!!」
「そんな世界は滅びてしまえぁッ!!!」
いつもの如くワーワー終わりなき大騒ぎが始まったのは、既定路線。一応の解決を見たということで、安心すると共に声を大にして言わせてもらおう。
着せ替え人形ごっこは、最悪まだ許容するものとする――――だがな。
スカートは、
履かねえって、
言ってんだろうがよ‼
このあとメチャクチャ着せ替え人形にされた。
なおスカートNGは貫いた模様。