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回帰不能点

 遍く学生にとって、登校というのは基本的に自主的な行動だ。


 中には様々な事情から親や友人、或いは教師などに促されて行く者もいるだろう。けれども、なにはともあれ根本的には『自分のために』赴くもの。


 だから、そう。例えばコレは、世界的に見ても物凄く稀有な経験なのだろう。


「ご足労いただき、ありがとうございます」


「いえいえ、あの、とんでもない……」


 正真正銘、学び舎のトップ――理事長その人より直々に請われて・・・・登校する、なんて訳のわからない状況は。


 なお、本日は月曜日。そもそも来いと言われずとも来るべき日である。


 ゆえに連絡を貰うまでもなく登校の支度は済ませていたし、本来なら今頃は理事長室ではなく講義室で真面目に学びを深めていたはずなのだが……。


「ご多忙のところ、本当にごめんなさいね。どうしても緊急で時間を割いていただく必要が出てしまって……あ、お菓子。どうぞ召し上がってください」


 なぜ今、俺は名も知らぬ銘菓をロイヤルマダムに勧められているのかと。


「あぁ、えと、いや、ハイ。いただきます……」


 などと、以前にも覚えがあるやり取りをなぞりつつ。相も変わらずニッッッッッコニコな理事長様こと九里さんがチラと視線を横に振る。


 目を向けられた傍らにいるのは、これまた以前と同じく学長さん。彼もまた満面の笑顔で――――なんというか、こうさ。あれなのよ。


 若輩なりに結構アレやコレやと様々な人間を見てきた俺としては、多少なり人の笑顔ってやつの〝種類〟を判別するスキルを磨いてきた自負がある。


 だからまあ、このお二人のニコニコ具合も薄っすら内訳・・を読み取れる気がしないでもないんだが……いや、マジで悪意も下心も全く感じ取れねぇ。


 心底から俺を持ち上げている、というか、最早ある種の全肯定的な雰囲気が感じられる。つまり本心から『上』に見られているようにしか思えず……。



 ぶっちゃけ、ここまでになると単純に怖い。



 着々と一般人の枠組みから外れているのは自覚しているが、こちとらメンタルの根幹は人生の九割以上を凡人のつもりで生きてきた陰寄り十八歳男子。


 いろいろと手加減してほしい。恐縮し過ぎて言語能力が失われそうだから。


 仮想世界の『序列持ち』なんて目じゃないぞ。なんせ『通っている大学の超偉い人』だ、現実味が強過ぎてどう足掻いでも緊張からは逃れられん――


 と、現実逃避めいて無為に思考を回す俺を他所に。


 何事かを目で促した九里さんに一つ頷いて、学長さんがコトリと小さな〝箱〟をテーブルに置いた。高級そうな質感で、やや厚みのある長方形。


「えっと……?」


「貴方へ、()()()()()()()()()()()


「…………………………」


 はい来ました、まーた訳のわからん怖い展開だよ――と、反射的に溜息を吐き出しながら天を仰ぎそうになった我が身をギリギリで律する。


「…………()()()()


 とは、誰のことか。


 これまた反射的に口から零れそうになった問いを、とある理由から呑み込んで。


 別に、こちらを促す二人分の視線に屈した訳ではない。ただ『逃げ場はない』という諦観に従い、俺は差し出された箱を手に取り無心で開け放った。


 二ヶ月ほど前から、似たようなサイズのケース・・・をよく使っている。だからというかなんというか、開ける前からなんとなく〝中身〟は――あぁ、ほらな。



 友人たちが似合うと見繕ってくれた、変装用の眼鏡にそっくりだ。



 諸々の感情を何度目ともなく呑み込みながら、それ・・を掛けて一言。



「――――似合います?」



「えぇ、それはもう――――見違えるほどに・・・・・・・



 満足気で、どこか安心したように微笑む九里さん。頻りに頷いている学長さんも、どうやら彼女と同意見らしい……とまあ、つまりはそういうこと。


 つい最近、どっかで聞いた話だもんな。


「……本日の午前零時。アップロードされた動画は拝見しました」


「それは、それは……」


 耳が早い、もとい目が早いことで。もしかしなくとも、その流れで情報収集に臨み徹夜コースとかそういう感じなのだろうか。


 だとすれば、結局一日ぶっ続けで作業して即日『動画』を仕上げた友人たちに迫るタフネスである。お身体を大事にしていただきたい。


 なお、俺は既にネットを断っている。


 ゆえに世間の反応やらなにやらはノータッチだが、彼女の様子を見るに……そして、誰かさん・・・・からコレが贈られてきた事実を鑑みるに、


「世間からの、そして世界からの注目度を考えれば……これからは確かに、そういった〝魔法〟も必要になるのでしょうね」


「…………はは」


 此度の〝一歩〟は、天嵐の歩みが如く遥か彼方へ届いてしまったようで。


「この際、堂々と宣言させていただきます。貴方に関われることは我々にとっても誉れでしかありません――勿論、春日さんが望むのならという前提ではありますが」


「………………」


「必要とあらば、頼ってください。より一層の惜しみない協力を約束します」


「……………………………………よろしく、お願いします」


 いよいよもって、俺は真に回帰不能点を踏み越えたということなのだろう。


 ……今更か?


 まあ、うん――――今更、だな。






三百話分くらい今更だぞ。


眼鏡については間章明けの本編で詳細触れますので待って。結局なんでトッププレイヤーがここまで持ち上げられてんのとかも諸々全部五章くらいだ、待って。


あくまで『本来なら描く予定のなかった息抜き回』として読んでくださいまし。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 社員寮みたいなとこに住んでるのにわざわざ大学経由で渡す意味とは
[一言] ハルってロキっぽさあるな。 ・男女両方の姿があるところ ・空を走るところ(ロキは靴だけど) ・トリックスターなところ らへんが 流石にラグナロクは勘弁してもろて…
[良い点] 遂にハルにも変装眼鏡が! いやぁ、誰からなんだろうなー(棒読み) [気になる点] 《疾風迅雷》使っているところはどう編集したのか気になります そのままだとおそらく超早口で何言っているのかわ…
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