Escape Girl〝s〟
【そら】:こんにちは。
【そら】:お時間ありましたら
【そら】:本当にお暇でしたらで大丈夫なので、連絡をいただけると嬉しいです。
【Haru】:遅くなってごめん。いま気付いた
【Haru】:全然暇。もう今日は一日なんも予定ないよ
【そら】:はゆ
【Haru】:返信待機してるから、いつで
【Haru】:はゆ???
【そら】:ちがくて
【そら】:違います。あの、気にしないでください。
【そら】:昨日はお疲れさまでした。攻略成功、おめでとうございます。
【Haru】:これはこれは、ありがとうございます
【Haru】:ごめんな、昨日は連絡しないままで
【そら】:疲れ果てて寝ちゃったんだろうなって、思ってました。
【そら】:お気になさらず。
【Haru】:ハハ、まさしく
【そら】:それで、あのですね。
【Haru】:全然オッケー。今からログインするよ
【そら】:疲れてるって、わかってるので、無理をい
【そら】:まだなにも言ってません。
【Haru】:あ、違った?
【そら】:違わないです。
【そら】:では、その
【そら】:お待ちしております。
◇◆◇◆◇
ゲームとしてのアルカディアにおいて、特定のプレイヤーがログインしているかどうかを知るためにはフレンド登録が必須である。
見方を変えれば、フレンド登録をしていたとしても知り得るのは『ログイン状況』のみ。相手がどこにいるかまでは情報としてリストに表示されないため、目当ての友人と合流を計るためにはメッセージでのやり取りが必要となる。
一応、パートナー契約を交わしている相手なら話は別。例えば【隔世の神創庭園】フィールド上など大まかな〝ステージ〟さえ合っていれば、レーダーに互いが居る方角は表示されたりするのだが……まあ、そんな感じで。
とにもかくにも、特定の相手の現在地を自力かつピンポイントで探し当てるなど、基本このゲームでは不可能であるということだ――――
そのはず、だったのだが。
「――――いいぞソラさん引き離してるその調子だ頑張れぇッ‼」
「うるさいです大人しくしててくださいっ‼」
それはまさしく、いつもの俺たちとは裏返しの光景。
【隔世の神創庭園】はセーフエリア街区、もはや立派な熟練軽戦士めいて建物の屋根上を駆け巡る相棒と、その腕に抱かれる非力な少女(男)が一匹。
二人共にお忍び装備こと【隠鼠の外套】を身に纏い、ソラは更に《魔力纏衣》スキルによる身体強化を身に纏い。一目散に逃げの一手を打った相手は――
「――――やぁー! もぉー‼ なんで逃げるんですかーッ!!!」
どんな手段を用いたのやら一切不明。ログイン後、ソラと合流した足でイスティア街区から全陣営共有フィールドに転移した俺を即座に捕捉した自称ファンだ。
「あ、あの! 言われるまま咄嗟に逃げちゃいましたけどっ! リンネさんも言ってますが本当になんで私たち逃げてるんですか!?」
「そこ二人組ー! 止まりなさい止まってくださいなにもしませんから―ッ‼」
「ほらっ! なにもしないって言ってますよ!」
混乱七割困惑三割でわーわー言いつつも、戸惑いに引っ張られて脚を止めないところからメンタルの成長が窺える――が、まだまだ甘いなソラさんや。
なにもしないから止まれって?
ハハ、リンネちゃん。まずはその限界オタクめいて興奮しきりのヤベー表情を引っ込めてから言ってもらおうか! 美少女だからギリセーフなやつだぞそれぇッ‼
「聞くな、あれはもう人ならざる者の声と思え……!」
「流石に失礼すぎませんかっ……!?」
「えぇい知ったことか! 興奮状態のアレにこの姿で俺が捕まったら今日は二度と返却されないものと思ってくれて結構だぞッ‼」
「な、にゃっ、へ、ぁ、ぅ…………そ、それは困、ります……‼」
「ならばアクセル全開だ! ぶっちぎれ‼」
「全部ハッキリ聞こえてるんですけどもぉッ!!!!!」
流石は〝音〟のプロ。マジおっかねぇ――が、しかし。
「ッ……――――えいっ!」
「ぁっ……んなぁーーーッ! それズルいぃいっ……‼」
容赦ない逃げ切りを断じたソラが空に敷いた魔剣の道を翔け上がる。と同時、背後から耳に届いたのは心の底から悔しそうな追跡者の声音。
さしもの【音鎧】も空中歩行はできないことは本人の言から割れている。直近で体術をアレコレ教えてもらった際に入手したネタだ。
んで、こうして必死こいて逃走した理由もそのとき由来というね。なんか俺の転身姿が琴線に触れたらしいというか、琴線が爆発したらしいというか、とにもかくにも揉みくちゃにしようとしてくるので始末に負えない。
いやマジで、今の状態だと取っ捕まったら一ミリも抵抗できないから――
「……、っ……あ、のっ! ハル! 私、これあんまり長くは……っ!」
「おぁあ悪い悪い! ごめんちょっと天秤頼む!」
慣れた感じにやっているため思わず気を抜いてしまったが、ソラが魔剣を足場に空中機動を行えるのは十数秒程度が限界値。
勢いよく空へ駆け上がりつつも、素直に苦しげな声を上げた彼女へ慌てて謝罪と要求を重ねて飛ばし――《天秤の詠歌》が起動。三十レベル分のステータス移譲。
現在Lv.1の最弱ステータスに積まれたのは……はい流石ソラさん以心伝心。この程度のことに打ち合わせなんていらんのよ。
「サファイア!」
星屑の大翼が影より出でて、抱えられた俺ごとソラの身体を掬い取る。彼女から預けられたMID:300と併せて、装備のプラス分で暫くの召喚時間は確保でき――
「うヴぉあッ……!?」
「ちょっ……!?!!?」
魔剣の路を翔け上がった少女から勢いを引き継ぎ、竜が昇って雲の上。そして現在いつもの立場から逆転している俺たちの身に、
「や、わぅ……っ!?――――ッハル! なんとかしてください!!!」
「ほんとごめんマジごめんなんともできねぇ許してごめんッ!!!」
超進化を遂げている運搬スキルこと《月揺の守護者》の加護は発動しない。
二人分の負荷が〝素〟で圧し掛かっているソラが吹き荒ぶ爆風に悲鳴を上げ、ステータスもスキルも失っている俺は謝罪と無力を叫ぶことしか出来ず――
とまあ、その後なんやかんやあって数分後。
どうにかこうにか難を脱し、低空飛行かつ安全運転に移行していただいたサファイアの背中でギリギリ許容範囲の風に煽られながら……。
「ハル」
「はい」
「覚悟しておいてくださいね」
「ハイ」
ひとつ上積みされた特大の借りに文句など唱えられるはずもなく。俺が平身低頭ひたすらパートナーのご機嫌取りに励んだのは、言うまでもないことだ。
――――よくわかる解説(?)――――
ばったりエンカウントしたのは全くの偶然(隠密効果はリンネちゃんの激強感知スキルにより看破)だし、最初は攻略成功のお祝いを言おうと思って近付いただけ。
しかし主人公が転身体姿であることに気付いてスイッチが入り、限界化一歩手前の顔色を見て瞬時に逃げの択を取ったアホをソラさんがお姫様抱っこして攫うという究極完全体仕様を目にした瞬間スイッチが爆発してヒトからオタクに進化した。
リンネちゃんは冷静になった後しょんぼり謝罪メッセージを送信。
アホとソラさんはこのあとメチャクチャお散歩した。
そして「一体なんの騒ぎだったんだ……」と困惑する一般通過プレイヤー(多数)