華の裏側
「――――はい。てことで、これより〝被告〟の尋問を始めたいと思いまーす」
「異議あ――」
「異議なーし」
「なし」
「え、と……うん。なし、かなぁ……?」
過去最高密度の戦いであった、と称して差し支えないだろう。件の【影滲の闘技場】堂々踏破達成から日を跨いだ翌朝のこと。
元からそのつもりだったものの、当然のように下った出頭命令に従い四條邸に顔を出せばこの始末。俊樹と翔子の幼馴染ペアによって両脇から押さえられ謎に退路を断たれた俺は、勢揃いした友人たちに詰め寄られていた。
挙げようとした異議は審議すら認められず迫真の総員スルー。
なお、現在は集合から約二時間が経っており――即ち俺が持ち込んだ〝新作〟の原典を、既に『作業場』にて何度も何度もリピートした後である。
まあ、終始戦闘速度がアレだったため動画時間自体は短いからな。そりゃサックリ目を通してしまえる内容な訳で……しかしながら。
「えー、まず核心から突いていきますけどもぉ…………え、あのさ。付き合ってないんだよね? まだアプローチ期間というか、そんな感じなんだよね???」
時間的にはサックリいけても、内容的には到底サックリいける代物ではなかったようで。これより雪崩の如く叩き付けられるのであろう質問の山を幻視しつつ、にしても「まずそっからかよ」と苦笑いと溜息を同時に零した。
それはもう、大きく、わざとらしく。願わくば勘弁してくれないかなーなんて淡い期待を滲ませなが――あっハイ駄目ですよね知ってた知ってた。
「いや、まあ、なんというか…………」
「『白座』戦のときも思ったけどさ、流石に息ピッタリ過ぎない? や、その辺はパートナーちゃんも大概だけど、そっちはゲームを始めてからずっっっと一緒にいた文字通りパートナーな訳で……お姫様と会ってから、どれくらいだっけ?」
「あーっと……初めて会ったのが四柱の四月末だから、大体ひと月半くらいだな」
「その間、片時も離れず過ごしてたとかじゃないんでしょ?」
「まあ……」
同じ宿舎に住んでます、とは言えずに曖昧な答。
とはいえアーシェも基本的に忙しくしている身の上ではあるので、今の住居に移ってから四六時中を共に過ごしている訳ではないため嘘は言っていない。
現実はともかくとして、仮想世界で顔を合わせた回数は未だに両手の指で数えられる程度だからな。現実はともかくとして。
夕食は毎晩ご一緒してます――なんて言ったら、どうなることやら。
少なくとも、先程から率先して俺を質問攻めにしている翔子は更に手が付けられなくなることだろう。リスクを考慮して口は噤むものとする。
「あの、うん。いいんだよ。お姫様がガン攻めド直球爆進スタイルなのは、なんとなく察してたからいいんだよ。録画してるってのに一切気にせず超絶積極的なのはビックリしたし可愛すぎ尊すぎ案件で悶え死にそうになったけどいいんだよ」
「過去最高に早口っすね翔子さん」
あと、率先して尋問官を演じるのであれば隣じゃなくて正面なりに移動していただきたい。なぜ延々と右耳だけで問いを受け止め続けなければならないのか。
「そっちは別にいいんだけどさー! 連携っ‼ さっすがに爆速ツーカー過ぎるでしょキミタチ! なに!? 相手の考えてることわかっちゃうとか既にその次元な感じ!? え、なにっ、運命の相手なの!? どうなの!!? ねぇっ!!!」
「おい俊樹。幼馴染が過去最高にバグり散らかしてるぞ、なんとかしろ」
「ガチな恋愛が絡むと翔子は大概そんなもんだ。諦めて諾々と吐け」
「クッソこっちも敵だった……!」
そのうち襟首でも掴まれそうな勢いである。アレコレ不本意な被害を被る前に、話せる範囲で言い訳を連ねて荒魂を鎮めるべきだろう。
「れ、連携に関してはアレだ……そもそも俺たち似たタイプってか根本的に『プレイスタイル』が全く一緒だから、お互いどう動くか勘でなんとなくわかるんだよ」
「似たタイプ?」
「〝全力で自分がやりたいことやる〟タイプ」
「あぁー……」
横から問いを差し込んだ美稀に答えを返せば、更にその隣で楓が得心の声を零す。これに関しては取り繕いではなく歴然とした事実ゆえ、なにがどうあれ彼女のように納得してもらえなくては困るアレだ。
相棒とはまた違った以心伝心というか……こう、なんというかな。今、俺ならこうしたいからアーシェもこうするだろうなってのが大概ほぼ確で嵌まるというか。
逆もまた然り。あっちが俺にバッチリ合わせてくれるのも理屈は同じだろう。
……なお、そこそこの頻度で夜な夜なアナログ(デジタル)ゲームをメインとした交流を行っているというのは内緒にしておくものとする。
第一回、第二回と立て続けに対戦ゲームでボコられて以降は協力プレイで和気藹々としているので、その辺も連携云々の向上に繋がっているのではなかろうか。
最近は稀に逆サイドのお隣さんも乱入してくるけどな。
「えぁあー……そう、あー、そういう感じかぁ……んぇえー、やぁあー、ちょっっっ…………と、好きな感じだなぁ……ヤバい推せるなぁそういうの……」
「おい幼馴染」
「ガチな恋愛が絡むと翔子は大概そんなもんだ。諦めて諾々と諸々を吐け」
「定型文やめろや。あと別に逃げたりしないから、腕を掴むなと」
あちらも別に本気で拘束している訳ではないので、ペシリと叩けば払い除けるのは容易。ペアの間から擦り抜けるように席を立ち、自分の作業椅子に避難した。
フォローされる側の立場ではあるが一員ということで、四條家が用意してくれた作業部屋にはしっかり俺のデスクも置かれている。ほぼほぼ触る機会は無いし、これから先も使うことがあるかどうか怪しいが……まあ、素直に嬉しくはある。
これも確かな、居場所には違いない。
「……恋愛方面は区切りがついたようだから、今度は戦闘方面の番。いい?」
と、本人しか与り知らない妄想かなにかの沼に沈んだらしき翔子を他所に、続いて手を上げたのは――そりゃもう、隠し切れないレベルでうずうずソワソワと身を震わせていた生粋のアルカディアオタク様。
「まず、なにより、最後の『切り札』二つの詳細を聞きたい。可能な範囲で、出来るだけ詳しく。出来るだけ詳しく」
「なぜ二回言った」
こっちもこっちでバグの兆候を感じる。
二時間前に動画を見て誰より速く撃沈した後、なんとか再起動を果たした今は無事平静を保っている楓さんに助けを求めるべきだろうか。
「いやまあ、全然いいけども……んじゃ、まず『魔法』の方からいくか。どうせ丸ごと公開する予定だから、なんでも聞いてくれて構わんぞ」
……と、口にした瞬間。わかりやすく美稀が瞳を輝かせた。
おそらく、眼鏡の反射ではないだろう。
「星属性魔法《疾風迅雷》――星属性由来の動けない詠唱が効果増幅に転じる枷になっているとしても、流石に破格過ぎる。なにか大きな代償があるはず」
「あぁ、その通り」
例の〝呪物〟に並んで、出来れば使いたくないと思う程度には特大の奴がな。
「大魔法行使の触媒として持ってかれる大金は、まあどうでもいいとして。アレは使った後がキツいんだよ――いや、キツいってかダルい、かな」
《疾風迅雷》使用後に生じる代償とはズバリ、
「発動時間に比例した期間、全スキルの使用が封印される」
「…………発動時間に、比例した期間」
「そ。一秒につき一日、つまり今回なら七日ちょいかな」
七秒ジャストなら一週間、そして最大効果時間の三十秒なら一ヶ月。俺のアバターはありとあらゆるスキルが使用不可になってしまう訳だ。
お師匠様じゃないんだから、言わずもがな致命的である。加えて言えば《転身》もステータスに記載されない〝スキル〟扱いなため、代償期間を終えるまで美少女形態から戻ることすら出来やしない。重ねて致命的である。
なお、スキルとしての枠組みを逸し『能力』としてアバターに染み付いてしまった〝想起〟だけは封印の難を逃れている。魔法解除後に【影縫の儀小剣】をインベントリから取り出せたのはそういうカラクリだ。
「だから今の俺……ってか俺のアバターは、魔法の代償だけでも過去類を見ないレベルの弱体化中。まともなゲーム攻略は一週間後までお預けってことだ」
「はぁー……ゆうてお前なら、スキルなくてもある程度は動けるんじゃねえの?」
なんてツッコミが飛んでくるが、わかってないな俊樹君。
そりゃまあ素のステータスだけでも多少は動けるだろうが――
「そんなの楽しくないだろ。俺は全力でやりたいことやりたいタイプなんだよ」
「……あー、はいはい。さっき言ったばかりだったわな」
てな感じで、実質的に全力で楽しめる時間を奪われる《疾風迅雷》は俺にとって『出来る限り使いたくない鬼札』に該当する。
しかしまあ、あの無敵感MAXなヒーロータイムが死ぬほど楽しいのは間違いない。これからも誘惑に負け、ちょくちょく使う機会は訪れることだろう。
――――で、言わずもがな。
本当の問題児は、もう片方なんだよ。
「流れで『剣』の方もバラしとくか。零式魔力喚起具現化武装【αtiomart -Sakura=Memento-】の使用後に発現する代償は……――時限的なレベルの減少と固定」
「あっ」
「うーわ」
「……なるほど」
「あらら……」
隠さずアレコレ表情に出した俺を見て減少の〝幅〟を察したのだろう、押し並べて同情を滲ませた四者四様のリアクション。
だから、そう。実のところ『魔法』の代償は『剣』のソレに呑み込まれてしまっているというか、同時に使うと実質ナシみたいなものになるというか……。
代償期間を終えれば減ったレベルは還って来るし、再レベリングの手間がないのは有情ではあるのだけれども――それはそれとして、さ。
敵からは〝魔〟を。宿主からは〝命〟を吸い上げる桜の権能によって、
「十日間強制Lv.1ってな訳だ。マジしんどい。正直勘弁してほしい」
誰よりも先へ逸る俺の〝脚〟は、この上ない代償を支払わされているのである。
暫く断続的というか、シーン飛び飛びで緩い話が続きます。
息抜き的な間章めいてゆるりとお読みくださいませ。