貴方に捧ぐ英雄譚、誰かへ紡ぐ英雄譚 其ノ拾
飛雷と成って妖狐の眉間に着弾した瞬間、足先が触れると同時に迸った〝蒼〟が正しくの雷鳴を轟かせて影の巨体を貫き駆け巡る。
痙攣するように身体を跳ねさせるリアクションから、効いているのは明らかだ。有効打を確認するために悲鳴を待ったりはしねえぞッ‼
左手を無造作に妖狐の額へ突き立てると共に、再び迸る蒼雷の光。触れる度に世界を震わす雷の号砲を響かせながら、閃くは右。
聖桜一閃。花弁を散らして軌跡を描いたサクラメントの刃が、人など容易く丸呑みにするであろう巨大な獣の頭を縦に裂いた――――が、
『……なるほど、ハリボテか』
真っ当な生き物であればこれ以上ないというほどの致命傷を受けてなお、ここまで何度も耳にした破砕音は耳に届かず。それは即ち、膨れ上がった巨影が【悉くを斃せし黒滲】の命に繋がっていないことを示している。
では、こうしよう。
細切れにして、引き摺り出す。
こちらの速度に奴自身の反応は毛ほども追い付いちゃいないが、呆れるような超速再生能力は未だ健在。トータル数十倍にも及ぶであろう思考速度で視て尚も爆速で繋がった頭――その鼻っ柱を鷲掴みにして、
閃光、雷鳴、そして地が割れる。
ホールドした左手を基点に旋転、身を捻りぶち込んだ膝打ちでもって妖狐の身体を叩き落とす。単純なサイズで言えば自身の百倍にも及ぶであろう巨体。それを易々とボール扱いできてしまう馬鹿魔法の出力に薄く苦笑を零しつつ――
『〝桜花繚乱〟』
鍵言の宣告。喚び覚ました〝桜〟の記憶を開放すれば、喰らわせた魔力を我が物として現出させる大樹の権能が花開く。
透き通る桜色に光り輝く『剣』が一際に大きな〝花弁〟を散らし――使い手に侍る無数のソレらは、悉くが敵を滅する聖桜の分身体。
本当はソラの魔剣のように一つ一つ自在な操作も可能なのだが、如何せん俺には相棒のような埒外の群体操作技能など備わっていないので……。
『――――行くぞコラ』
使い道など、精々が身に纏って突撃するくらいのもの。
星魔法《疾風迅雷》を纏った俺のアバターは、空を駆け巡る〝雷〟の性質を宿した結果『実質的な空中歩行能力』を獲得するに至っている。
実質的にというのは、その実〝歩く〟でも〝走る〟でもなく〝落ちる〟座標を設定して雷と化した身体を任意の場所に送るというのが正しいから。
まあともかく、思考制御が追い付く限り地上も空中も制限なく駆け回ることが可能となった訳で――とどのつまり、僅か数秒の間ではあるが、
何者も今の俺には追い付けず、
何者も、今の俺からは逃れられない。
座標設定、落雷突貫。桜剣を携え、花弁の小刃を纏い、暴風と轟雷を従えて天から降り落とした我が身を影の主へ叩き付ける。
法外な破壊と埒外の再生、相反する二つの権能が鬩ぎ合い、
『――、……――――――――――ッッッ!!!!』
削り散らすように掘り進んだ先、影衣の奥から顔を出した九尾の妖狐が悲鳴交じりの怒号を叫ぶ――次の瞬間。周囲に夥しい数の魔法陣が展開、自身諸共に照準した無数の砲口がノータイムで光り輝き、
『――悪いけど』
再びの、聖桜一閃。
数え切れない黒紫の巨閃は現出すると同時、砲口諸共一斉に霧散――そして空間を埋め尽くすように散らばった魔力の残滓が向かう先は、
『魔法は桜剣のオヤツなんだわ』
喰らう度に輝きを増していく、無法極まる剣の〝腹〟の中。
桜花繚乱の追加展開。呑み込んだ膨大な魔力を吐き散らし、暴風に乗る無数の花弁が桜の嵐を形成して――残り三秒、クライマックスだ。
吹き荒ぶ桜刃により影衣の再生を帳消しにするまま、左の雷手で【悉くを斃せし黒滲】の首を掴み引き摺り出す。もう何度目とも知れぬ接触による雷撃が迸り、その身を貫くが……どうやら、それではギリ割れない。
最終形態らしきここに至り、本体の硬さも先程までより向上しているらしい。
ッハ、流石は俺とアーシェを視て誂えられた怪物だ、根性あるじゃねえの――誠に結構大歓迎。そしたら有難く、ド派手に行かせてもらおうかぁッ‼
まだまだ俄仕込みではあるが、無手での戦闘に特化した最高位プレイヤーである【双拳】及び【音鎧】直伝の体術シリーズコンボ……ッ!
『《鉄壊》ッ――』
昼寝の武人、もとい寡黙な武人ことゲンコツさん改めゲンさんより教えを賜った、拳打から肘打ちへ流れるような片腕連撃、からの――――
『《リンネスペシャル》ゥアッッッ‼』
虎師弟の紅一点にして北陣営のアイドル(他称)ことリンネより伝授された、豪速旋転からの天を突く蹴り上げ一閃――そして更なる追加回転、瞬時の二連撃。
刹那の大魔法パンチ&キック四連撃。どこまでタフになっているかなど知る由もないが、立て続けに身体を穿った雷光により……破砕音一つ。
もはや、完全なる立場逆転の死に物狂い。クロスカウンターめいて振るわれた〝爪〟がザックリ俺の頬なり肩なりを裂いていったが――
残念、物理判定だ。
無傷のヒトと、命を一つ散らしながら打ち上げられた獣。
見上げる俺と、見下ろす奴。果たして、その立ち位置は――
『〝天嵐開放〟』
天を翔け上がる疾脚により、瞬きよりも早く逆転する。
鍵言宣告。承認された言の葉が〝星〟の魔威を奮い起こし、アバターに宿る〝風〟と〝雷〟の加護が唸りを上げて世界を震わせた。
強制開放終結形態《天嵐無窮》起動。これにて《疾風迅雷》は続く〝最後の一歩〟を履行した段階で即座に効果を終了させ、次の瞬間にも俺は馬鹿な魔法に相応しい馬鹿な代償によって真に戦闘続行不能となるだろう。
けれども、関係ない。この最後の一歩――先までの雷速を更に倍加する神速の歩みを以って、ラストアタックは間違いなく届くのだから。
さあ、残り一秒。
『〝幻桜一片〟』
【αtiomart -Sakura=Memento-】過剰励起形態起動。拍動した桜剣が侍る花弁の全てを再び呑み込み、昇華させ――咲き誇るは、一振りの剣。
激烈な雷光にも負けぬ輝きを放つ、かつて世界に在った聖桜の具現。
名実ともに最高の魔工師が、大言ではなく【剣ノ女王】が持つ『神与器』に迫ると判を押した、仮想世界史上最高傑作にして最凶の失敗作を携えて――――
柄縁の順手、
柄頭の逆手、
己が道の基点に選んだのは、師より受け継いだ第二の太刀。
刃を諸手で固定し、体捌きにより全身を刀と成して鋼をも打ち砕く剛の剣。即ち、俺が見出した俺だけの剣とは――――
振ることすら叶わぬ〝速〟を以って、刃を連れて歩み斬る剣。
身体は魔法、手には魔剣。今回はズルてんこ盛りの特別バーションになってしまうが、やること自体は変わらない。前夜に【剣聖】の刀を真向から折ってみせた〝技〟は、既に彼女から〝名〟を与えられ我が物となっている。
然らば、いざ。
『試製一刀――』
正真正銘、俺だけの一歩を踏み出そう。
『《颯》』
何者にも捉えること叶わぬ一条の閃。
踏み出した瞬間には歩みを終えた俺のアバターが、音もなく地に足を付けた――次の瞬間。万雷にも匹敵する轟が響くと共に、微かな破砕音が耳に二つ。
八本、そして九本。
遂に全ての尾を砕いた確信と同時、襲い来るは無法を重ねて行使した代償。
ありとあらゆる力がゴッソリと身体から失われていく感覚を拝受するまま。七秒間の無敵タイムを終えてヒトの身に戻った俺は、ゴテンと床に転がって――
「…………ま、残機ゼロ=ゲームオーバーじゃないよな」
見上げる先に在るのは、九つのストックを殺され残った真なる一つ。怒りに燃え盛る最後の命を抱いて、爆発するかのように膨張した歪な巨体の影が俺を覆った。
本命含む三つ纏めて消し飛ばす気勢で放ったラストアタックだが、ギリギリ一歩が足りなかったらしい。更には代償に絡め取られた身体は満足に動かず、このままいけば一秒足らずで磨り潰されてジ・エンドだろう。
だから、まあ……俺がすべきは、大人しく負けを認めることくらいか。
好き放題にぶちのめされて、奴がこれ以上ない怒り心頭であることは明々白々。もはや俺以外は視界に映らないとばかり、膨れ上がった【悉くを斃せし黒滲】が巨体に見合わぬ神速で躍りかかる、
その、寸前。
俺を覆い尽くした巨大な影に、辛うじて動いた手で一つの〝刃〟を突き立てた。
それはある意味で『影』そのものと言える【悉くを斃せし黒滲】にとって、最大級のメタ存在――先輩にして後輩である少年から贈られた、その小さな刃は、
影を穿って対象を縛る、銘を【影縫の儀小剣】と言う。
製作者である【不死】直々の言によって、影の性質を強く秘める対象には特効めいた強制力が発動するのは確認済み。テトラ自身が検証した結果をコイツにも適用できると信じれば、拘束時間はボス相手に破格の一秒フラット。
お前なら、そんだけあれば十分だろう?
いやはや、どうにも悔しいが……。
「世界を、紡ぐ――――」
終幕の一撃。
ラストアタック争奪戦は、お姫様に勝ちを譲ろう。
「――――――【故月を懐く理想郷】ッ‼」
たった数秒の休憩時間、思考を止めずその時を待っていた彼女が剣を振るう。
天へと昇る、極光の剣。
奥の手の奥の手の更に奥の手によって身を縛られた九尾の妖狐は、世界の名を冠する一閃から逃れること叶わず、抗うことも叶わず。
闇に滲む黒影の主は、最期の最期まで戦意と執念を以って俺たちに牙を剥いたまま――――光が途絶えた後、跡形もなく消え去った。
「――、――――……」
「…………」
そして、静けさの中。言葉もなく目が合って、どちらからともなく力も気も抜けたフニャフニャの笑みを交わすと同時。
「よし、ちょっと待――――」
「待たないっ……!」
ふらつく身を投げ出すようにして飛び込んできたアーシェの身体を、床に転がるまま受け止め……られず、無残に押し潰された俺が呻き声を上げた瞬間――
◇【影滲の闘技場】を踏破しました◇
・第一踏破者報酬が贈与されます―――【九重ノ影纏手】を獲得しました。
・踏破者報酬が贈与されます――――スキル《影滲越斃》を獲得しました。
◇称号を獲得しました◇
・『影滲の闘技場を攻略せし者』
・『神域に踏み入る者』
・『英雄の器』
◇スキルを獲得しました◇
・《エルファスト・ルガー》
・《カレントハーケン》
◇スキルが成長しました◇
・《空翔》+《兎乱闊躯》⇒《煌兎ノ王》
・《ブレス・モーメント》⇒《フラッシュ・トラベラー》
・《ランド・インシュレート》⇒《タラリア・レコード》
◇東陣営イスティアに於いて、評価値の更新が認められました◇
◇東陣営イスティアの序列を再構築します◇
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あーだこーだと通知を寄越すシステムによる、溢れて止まらぬログの洪水。
しかしながら、テンションの振り切ったお姫様に襲われる俺が――
「ストップストップ待て待て待てッ! 録画っ、せめてまず録画を切ッ――!?」
「……、……っ!」
そりゃもう、いろんな意味で。
それどころじゃなかったのは、言うまでもないだろう。
ひとりぼっちだった君と共に、誰かへ紡ぐ英雄譚。
四章第二節、これにて了といたします。
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◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:100
STR(筋力):100
AGI(敏捷):200
DEX(器用):0
VIT(頑強):0(+150)
MID(精神):550(+400)
LUC(幸運):300
◇Skill◇
・全能ノ叶腕
《十撫弦ノ御指》
《ルミナ・レイガスト》
《エルファスト・ルガー》New!
《エクスチェンジ・インプロード》
《欲張りの心得》
・水魔法適性
《アクア》
《フラッド》
《カレントハーケン》New!
《水属性付与》
・Active
《リフレクト・エクスプロード》
《フラッシュ・トラベラー》Up!
《影葉》
《鏡天眼通》
・Passive
《白竜ノ加護》
《煌兎ノ王》Up!
《アテンティブ・リミット》
《超重技峨》
《剛魔双纏》
《タラリア・レコード》Up!
《流星疾駆》
《極致の奇術師》
《危輝回快》
《削身不退》
《月揺の守護者》
《魔を統べる者》
《リジェクト・センテンス》
《影滲越斃》New!
《四辺の加護》
◇Arts◇
【結式一刀流】
《飛水》
《打鉄》
《天雪》
《枯炎》
《七星》
《鋒雷》
口伝:《結風》
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