貴方に捧ぐ英雄譚、誰かへ紡ぐ英雄譚 其ノ捌
アルカディアにおける魔法行使には、明確に技術の多寡が存在する。
それは例えば、純粋に『詠唱』の速度。
ただ早口で詠めば良いという訳では当然なく、盛り上げによる威力上昇を最大限載せるために速く上手く唄う必要がある。
節を明確に、朗々と、言葉の意味を深く理解して〝詠む〟ことで魔法の威力を最大まで引き上げることは前提条件。この世界の魔法士が『詠唱の高速化』を目指す場合、その前提を崩すことなく詠み方の研究を重ねていくことになるのだ。
また例えば、法の根源たる『魔力』のコントロール。
熟練と呼ばれる魔法士が例外なく修めている特殊技能にして、明確な才能。
視覚効果や風圧などを伴う魔力放出などは基礎の基礎。行きつく所まで行けば『理論的には魔法の創造すら可能である』と言われるまでに、プレイヤーに許されている魔力という形ない〝力〟の操作自由度は極めて高い。
単なるステータスとしての『MP』として捨て置くには惜し過ぎる、終わりなき探求の一つ。才能があれば当然、また仮に才能がなかったとしても、触れて極みを志す者は数多く存在する――ならば当然。
才能なき者にカテゴライズされる【剣ノ女王】ことアイリスも、その称号に似合わぬと知りながら魔法の探求を欠かしたことはない。
なぜか世の言う『大魔法』以上のスペルしか取得できない、偏った性質。
仮想世界との親和性が高過ぎるがため、己が身はともかく魔法含む『外側』の思考操作が出力過多で制御を失するという優ゆえの欠陥。
威力の調整が利かない、範囲の調整が利かない、照準の調整が利かない――こと魔法の行使において、アイリスは己の技術を下の下であると自認している。
なればこそ、恋敵である想い人のパートナーにも素直に教えを乞う。
いつまでも、こんな子供のような大雑把では、恥ずかしくて堪らないからだ。
「《ボルテックス・ヴォルティアート》」
三度目、唱えたスペルは彼女が持つ〝最小規模の大魔法〟が一つ。その正体は『既に放出された己の魔法に操作性を与える』という一風変わった代物だ。
つまりは、そういうこと。
現在のアイリスが可能とする唯一の『細かな魔法制御』にして――まるで幼い子供が玩具を乱暴に掴み振り回すが如く、技術とは言えない幼稚極まる力技。
いずれは魔法名に相応しく太陽を目指すとでも言わんばかり、敵対者の魔を喰らい無限の膨張を続ける《紫電恒星》の雷光が動く。
解け、移ろい、渦を巻き、折り重なり――彼女が翳した掌へと。
回転、圧縮、固定。
剣を象徴とする王の名を冠していながら、実のところ密かに自身でもどうかと思っている『剣』を除いた正真正銘最大火力。
先に語った通り。彼女自身が出力できる火力の中で『威力』で言えば第二位とそこまで変わらない技ではあるが――――
魔法属性〝雷〟が持つ性質、更には前提となる《紫電恒星》が備える凶悪な特性の相乗効果により、あらゆる防御を貫通するこの『技』ならば。
届けば、届く。そして、
「――――ハルっ‼」
「――――待ってたぜお姫様ァッ‼」
今の自分は、一人じゃない。ならば、この〝手〟は必ず届くのだ。
強化効果の切れ目か、明滅を始めた銀光を散らして振り切られた翠刀がガードの上から【悉くを斃せし黒滲】を叩く。一撃一撃が超速にして致死である〝爪〟を躱しざまの一閃、宙で上下逆さまになりながら正しくの曲芸。
しかして、おそらくは単純な威力によるものではなく強制ノックバックに類するものだろう。アイリスの『神与器』でさえ力を無効化するが如く摘まみ取る〝爪〟の権能を無いものとして、彼女譲りの剣が軽々と影を吹き飛ばした。
そして、見惚れる暇もなく白蒼は追走。
光が途絶える寸前、一際激しく輝きを放った翠刀が閃いて――
「ぶッッッ――――――飛べぇあッ‼」
身体を跳ね飛ばされると同時、影の主が即座に展開した反撃の多重魔砲を地を駆け宙を翔け掻い潜った終点。黒の閃光を悉く躱し、自らが飛ばした獲物の真下に潜り込んだ【曲芸師】が高らかに吼える。
渦を巻く銀の光が炸裂し、微かな破砕音が耳に届いた。
四つ目、そしてこれで――――
「五つ」
直上へ撃ち上がった【悉くを斃せし黒滲】の更に直上。名を呼んだ瞬間には彼を信じて既に踏み切っていたアイリスの元へ、応えたハルによるお膳立て。
重ね重ね、途切れることのない驚異的な反応。いっそ執念すら感じさせるほどの絶え間なき殺意によって、命を一つ奪われた直後でなおも影は〝爪〟を振るう。
世界が生んだ『剣』すら捻じ伏せる、理を逸した黒の尖。
しかして、対する【剣ノ女王】が振るう手に在るのは――――彼女の華奢な掌に容易く収まってしまうほど、小さな小さな光の球。
音もなく、ただ静謐な輝きを放つ紫光の閃が『黒』に触れて、
「――――――《雷霆旋覇》ッ‼」
万雷の名を冠す雷属性最高位魔法に勝るとも劣らない、雷鳴の轟。
世界を灼くが如き激烈な閃光が瞬くと共に、極圧縮されていた莫大な魔力の電威が唸りを上げて弾け迸り――その身を焦がすのは、目前の敵だけに非ず。
アイリスが力で編んだ『技』の元となった《紫電恒星》は、本来の効果を全うさせるのであれば歴とした攻撃魔法。そして無差別に敵性魔力を吸収する悪辣な大魔法の行き着く先が、単なる〝雷〟で終わるはずもなく。
その紫電が備えた性質は、簒奪した魔力の強制返還。即ち、その術法で編まれた《雷霆旋覇》が一度『標的のひとつ』にでも触れた瞬間――
疾く駆け巡る防御不能の雷霆は、全ての対象に〝連鎖〟する。
『――――、――――――――――……ッッッ‼』
光に触れた瞬間には〝爪〟ごと腕を消し飛ばされ、更に再生する傍から終わりなく迸る雷光に灼かれ続け抵抗すら出来ぬまま、影の主が上げるは明確な悲鳴。
同時に、放出された紫電が闘技場を駆け巡り魔球を放つ魔法陣を再び一掃していく――そして、響き渡るは連なる破砕音。
女王は小さく、しかし確かに口元を綻ばせて、
「――――ッ……‼」
気勢一擲。雷の光輝を宿した掌底が【悉くを斃せし黒滲】を打ち抜いた。
まさしく落雷。死を回避する権能を二枚束ねて貫いた一撃により、豪速で叩き落された妖狐の身体が着弾し闘技場の床面を盛大に割り砕く。
そして――――視界の端に映ったのは、ポカンと呆ける男の子の顔。
そんな場合ではないというのは、重々承知。
……けれども、楽しくて、楽しくて。ずっと待ち望んでいた今この一瞬一瞬が、嬉しくて嬉しくて堪らないお姫様は、子供のように笑ってしまうのを抑えきれず。
「ふふっ……二枚抜き」
くたりと力が抜けた身体が落下する中で、無邪気な言葉を口ずさんでいた。
大魔法を圧縮して近接戦で叩き付けるのは極大の浪漫。