貴方に捧ぐ英雄譚、誰かへ紡ぐ英雄譚 其ノ漆
紫紺に輝く雷球が拍動した瞬間、一斉に再起動した壁面の魔法陣より放たれる魔球が一つ残らず動きを――否、行先を変える。
少ないながらも経験則から俺が最も嫌う『無秩序なバラ撒き』ではなく、ただ一点へ真直ぐに。即ち、アーシェが現出させた新たな魔法の元へ。
それはまるで、恒星の莫大な引力に吸い寄せられるかのように。
「っ、なにこれどういう――」
「ハル、上は気にしなくていい。下をもう一度」
「おあぇ……わ、わからんけどわかった……!」
状況に適した、端的な言葉。本音を言えば好奇心から詳しい説明をすぐにでも聞きたいところだが、まあなんとなくは見ればわかる。
先程チラッと聞こえた『簒奪せよ、我こそは女王』というそれっぽい詠唱文からして……おそらくは、そういった性質のヤベー魔法。
なるほど。確かに吸い上げられる形となる下段の魔法陣さえ処理してしまえば、これで暫く速度を殺す魔球は無視できる――必殺ではなく、守りの択だったか。
そうとわかれば、やることは一つ。
「っし、分担は!」
「臨機応変」
「大変結構――ハイせぇのおッ‼」
意思の疎通は十二分。腕から放ったアーシェと針路を真逆に、百八十度の転回を決めて振り向きざまの翠刀一閃。
言葉を交わしながら逃げる俺たちを怒涛の勢いで追い回していた【悉くを斃せし黒滲】へと不意打ち気味に刃を叩き付ける――が、
「ッ……アーシェ‼」
空振り、消失。目の前から黒一色の姿が瞬時に失せた瞬間、反射的に警告を叫ぶもこっちはこっちで要対処。置き土産が如く撒き散らされた砲口の射線から死に物狂いで身を逃しながら目を向ければ――――
床面の魔法陣を壊しながら駆ける彼女の背に、既に致死の爪が振るわれたタイミング。刹那、咄嗟のフォローへ踏み切りかけた俺を制するように、
「――――」
背を向け足元に剣を奔らせていたのは、あくまで予備動作。己が狙われるのを予測していたのだろう、ジャストで踵を返したアーシェが『自分こそ攻め手である』とばかり見開いた瞳を輝かせる。
旋転、からの剣尖一閃。巻き起こるは――――
「《疾風波濤》」
先に俺も放った《威風慟導》を彷彿とさせる、或いはソレすら軽々と上回るような圧倒的かつ致命的な風の暴威。
魔力を湛え色を帯びた風は翠。起動の瞬間に巻き起こった爆発的な暴風も【悉くを斃せし黒滲】を押し返すほどの威力があったようだが……それを纏ったアーシェは、雷轟のみならず竜巻をも従える女王と成りて――
「――走って!」
「オッケー任せた‼」
次は自分が押さえ込むと、堂々たる視線を寄越して笑んだ。
ならば俺は即断即決。疑う余地もなく、こちらもまた頬を吊り上げながら、魔力を宿した翠刀を引っ提げて全力疾走。
視界の端。今まで奴の『縮地』に反応を遅らせていた彼女が後の先を取り影の腕を切り飛ばすのを目にしながら、片っ端から魔法陣を斬り壊していく。
広いが狭い闘技場の僅か一面だ。いくら数があれど、鋒で足元を引っ掻きながら走破するのに――掛かった時間は、十秒足らず。
そっちは先から耳が拾っていた激しい剣戟の余波で勝手に壊れているだろうと断じ、避けて走った戦域中央。状況把握のため一瞬にも満たない間のみ脚を止めようと決めて振り向いた俺は、
「おいこら姫さんや、なんだそれ……!」
纏った風が関係しているのか、バケモノスペックと化している【悉くを斃せし黒滲】相手に確かな駆け引きを成立させているアーシェの頭上。
健在の壁面及び天井の魔法陣から魔球を吸い込み続けるブラックホールめいた紫雷の球が、加速度的に肥大化していくその様は――
「っ――ハル‼」
「っしゃ任せろぁッ‼」
それが〝次〟に繋がる何かであると、雄弁に語っているかのよう。
ならば、どうすべきかなど決まっている。
出力百パーセントで《空翔》を起動。正真正銘全速力の踏み込みをもって一人と一匹、怪物同士の剣戟へ強引に割り込み翠刀一閃。
これまでの振る舞いから察していたが、やはり〝頭〟か〝胴〟を狙われるのは喜ばしくないようだ。奴は無視の択を取ることなく〝爪〟による防御で刃を阻み――
《エクスチェンジ・インプロード》起動――誓約設定、五秒以内ッ!
【早緑月】送還、からの《鋒撃》と同時に双盾展開。半奇襲で顔面をぶち抜く寸前に躱された【真白の星剣】を指輪に戻し両腕に嵌め込んだ【双護の鎖繋鏡】をナックル代わりに双拳打。左右の〝爪〟で防がれる――と同時に再三の送還、反撃に振るわれた双爪をスレスレで躱しざま旋転からの槍撃一突――【魔煌角槍・紅蓮奮】送還――【愚螺火鎚】召喚、送還――【輪転の廻盾】召喚、送還――【巨人の手斧】召喚、送還――更に【兎短刀・刃螺紅楽群】抜き打ちからの……ッ‼
「《リジェクト・センテンス》ッ‼」
特殊が過ぎる特殊スキルを満を持して起動。システムを弄って真実無理やり使用可能へとチューンナップした【紅玉兎の緋紉銃】をトリガー。
ゼロ距離射撃。暴発することなく銃身の破砕と共に吐き出された反応弾頭が、淡々と俺のラッシュを捌いていた【悉くを斃せし黒滲】に着弾。
より正確には、至近に在る『標的』の魔力を感知して即炸裂。
そしていつかのように致死の魔力波をスルーして射撃の反動を殺しつつ、その場に留まる俺の手に舞い戻ったのは――
「結式一刀、二の太刀――」
柄縁の順手と柄頭の逆手、異形の諸手型で構えるは銀光を宿す打刀。
使用可能武装の時限全装備&攻撃判定起こし、契約履行完了。
「――――《打鉄》ッ‼」
閃く一刀、秘める威力は二倍強。更には特大強制ノックバック効果のオマケつき。これまで通り、自慢の〝爪〟でもって【早緑月】の刃を受けた影は――
『――、――――――ッッ!!!』
歪な叫びを撒き散らし、眩い銀渦のエフェクト共に彼方へ被水平ホームラン。
誓約難度に応じて多寡の決まるインチキじみた持続効果だが、十秒と保たない――願わくば、その間で彼女の準備が整いますようにと祈りながら、
「お手玉にしてやんよ……ッ‼」
もう何度目とも知れぬ突撃を敢行した俺の背後。
入れ替わるように後ろへ下がり、あちらは三度目となる詠唱を口ずさんでいたアーシェが目を開いて――守りの役目を終えた、風が散った。
そして、
「『光り瞬く子らよ集え、我が名は雷帝』」
終の〝唄〟に従って、魔の法則が世界に三度目の奇跡を記す。
お姫様だったり女王様だったり雷帝様だったり忙しい。




