貴方に捧ぐ英雄譚、誰かへ紡ぐ英雄譚 其ノ伍
引き金を絞った瞬間、目と耳が爆散するが如き尋常ならざる光と音が炸裂した。
通常仕様の炸裂弾から貫通弾に弾頭が変じているため、表でトリガーに触れたゆえの暴発という訳ではない。
常軌を逸したその轟響こそが、緋紉連結形態の正常な銃声である。
しかして辛うじて視界に映せたモノは、千々に砕けた【簇ル紅兎ノ大煌砲】が撒き散らす煌めく欠片の紅色一つ。放たれた〝啄木鳥〟の行く先も、弾頭が叩いた〝繭〟の行く末も、俺は何一つとして見届けること叶わず――――
宙で放てば容易に身体を空へ飛ばす【紅玉兎の緋紉銃】の反動、それを二十四も束ねたことで跳ね上がった絶望的な殺人リコイルに吹き飛ばされた。
まっすぐ飛んでんだか愉快な錐揉み回転をしているんだか、あまりにあんまりな衝撃に比喩ではなく星が散りホワイトアウトした視界では咄嗟の判断も望めない。
トリガーを引いた右腕を筆頭に、全身の感覚も辛うじて『繋がっている』程度のことしか確信が持てない有様だ。咄嗟の体勢制御なんて出来る訳もなく。
そもそもが「屋外で下に向けて撃つんだね。空にぶっ飛ぶ程度は、アンタならどうにでもなるだろう?」と得意気な製作者からそれもどうかと思う取扱注意を受けた切札であるからして、まず屋内でぶっ放すこと自体が間違っている。
なんの保険も掛けずに撃てば、秒どころか瞬で壁染みジ・エンドだろう。
なんの保険も掛けてなけりゃ、な。
「――――――っ……!」
「ヴぉッ――っぐヴぇ……‼」
視界も感覚もままならずに独り宙に在ったのは刹那のこと。先の発砲と比べればまあ有情と言える激烈な衝撃が腹部を中心に駆け抜けて――意識せず苦悶を漏らした俺の耳元で、いい加減に頼もしいが過ぎる吐息が弾けた。
白が薄れ、視界が僅かに世界を映す。
まるで王子様か騎士のように颯爽と駆け付けたお姫様と刹那の時に目が合って、互いに薄く笑みを交わした気がするのは錯覚か否か。
「ふッ……ぅうっ――――‼」
傍から見てれば巨人に張り手でも喰らったような勢いで吹き飛ばされたであろう俺をキャッチしたアーシェが、片手に在る『剣』を突き立て床を盛大に引き裂きながら速度とエネルギーを散らしていく。
が、しかし――次の瞬間に響き渡ったのは激突音と称すことすら生温い、情け容赦なき炸裂音が一つ。
同時に、闘技場の壁を割り砕く勢いで着弾したアーシェが零す、
「――――ぅ、く……ぁ……っ……!」
押し殺したような、悲鳴が一つ。
どこぞのVIT:0とかいう舐め腐ったビルドならばいざ知らず、真っ当に頑強ステータスを上げているプレイヤーの肉体強度は正真正銘人外のソレ。
つまり、膨大なエネルギーをぶち込まれて壁なり地面なりに叩き込まれたら当然こうなる。比喩ではなく、砲弾のようなものだ。
そして痛みのないアルカディアにおいて、HP的な意味ではなくプレイヤーに最もダメージを与えるのは純粋な『衝撃』――俺とて経験したことがあるからわかる。
これ、痛くないけどマジで痛いんだよ。
ゆえに、十中八九こうなると予測した上で『トリガーを引いた後』を頼んだことに罪悪感はある。けれども、後悔と反省をするつもりはない。
女の子相手に、男としてはどうかと思うが、
「サンキュー、助かった……」
「……〝任せて〟って言った。気にしないで」
彼女の戦友としては、無用な気遣いなど万死に値するだろうから。
ガラリと瓦礫を散らしながら立ち上がり、どこか満足気に微笑むアーシェ。そして珍しく『される側』に回り現在進行形で細腕に抱かれている俺。
二人で共に目を向ける先には――
「……ふふ、ド真ん中」
「っは、これで中身を擦り抜けてたら笑うしかないな……」
アーシェの言葉通り、綺麗に中心。遠目にも見えるほどの大きな風穴を穿たれ影を散らしている、埒外の堅牢を誇った〝繭〟の姿が在った。
第二フェーズ、これにて辛くも攻略完了……と思いたいが、さて。
「あんなの、初めて見た」
「だろ、まさしく隠し弾ってな――ま、一発限りのビックリ芸だ。機構がバグるとかなんとかで、使った分だけ丸一日再使用不可になっちまうもんだから」
てな訳で、さっきの一撃で【紅玉兎の緋紉銃】は二十四丁が一時おしゃか。
というか、そもそも再生すらしなくなってしまうので……考えようによっては、今戦闘中MPを持っていかれずに済むという見方もできる。ポジティブにいこう。
「一応まだ下位段階の十二連結が撃てるっちゃ撃てるが……出番はないんじゃないか。流石に、このクラスの化物相手に通用するアレじゃない」
「そう。…………体力は、平気?」
「あぁ、まだまだ行けるぞ――てことで、スタンも解けたんで下ろしてください」
「残念」
別に、好き好んでお姫様にお姫様だっこされるという羞恥プレイに甘んじていた訳ではない。チカチカと点灯する憎きデバフアイコンに屈していただけである。
ほんのり楽しげに笑った彼女に下ろしてもらい、再び床を踏んだ両脚でトトンと軽く跳ねてみる――違和感なし。強がりではなく、意気も気力も十分だ。
しからば――――
「こっから、だろうな」
「えぇ、楽しみ」
ゆらりゆらりと煙のように影が立ち昇り、開き始めた〝繭〟を見据えて。
片や緊張感をもって集中の糸を張り直そうとした俺に対し、片や純粋極まる好奇心と高揚を溢れ零すアーシェが一周回って気の抜けるような返事を寄越した。
端から宙に溶けるように解けゆく〝繭〟の影から、揺らめく尾が姿を現す。
「……気を付けろ。冗談抜きに、ヤバそうだぞ」
「ん」
相も変わらぬ着物姿に九つの尾、しかし生じた変化は一目瞭然。一度は断ち切ったはずの胴が当然のように繋がっているのもそうだが――
なにより注目すべきは、明確に『人』から逸したその手足。
逆立つ毛のように棚引く影を揺らすその四肢は様相を大きく変えており、鋭く巨大な爪を備えた形は紛うことなき『獣』のソレだ。
不動の〝繭〟を経ての第三フェーズ、外見的に淑やかな振る舞いは期待できそうにない――と、揺れる尻尾を見て気付きが一つ。
「…………ときにアーシェ。さっきの話だけど、例の〝音〟ってそっちはどのタイミングで聞いた?」
「……私が、斬った時?」
「成程ね。こっちは俺が斬った時だ」
「…………あぁ、そう。つまり、そういうことね」
即ち『死の無効化』のタイミング。俺はてっきりアーシェとの連携で一回ぶち殺せたもんだと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
まるで罅割れのような白線が走り、どことなく動きが鈍い二本の尾を見る限り……彼女の言う通り、おそらく『そういう感じ』なのだろう。
「サクッと二つ持っていけてたことを喜ぶべきか、あと七回を嘆くべきか……」
「尾の数=残機で残り七つなら、あと七回じゃなくて八回かもしれない」
「計十回殺さなきゃ死なねえってか。いいとこ五回くらいにしとけよマジで」
「十回斬れば倒せると考えれば、それでも相当に易しくなってると思う。やっぱり、あなたの〝弱点〟が攻略の糸口だった」
「それはまあ、全然いいんだけどさ……俺の紙装甲誇張トレースはいいとして、アーシェ側の〝弱点〟はどの辺に現れてんだ?」
「……………………………………貴方に弱い、とか?」
「もうなんかいろんな意味で否定しきれねえのがなんかなぁ……」
動かぬ『影』にそれぞれの剣を構え、警戒を緩めぬまま言葉を交わす俺たちを【悉くを斃せし黒滲】がジッと視ていた。
伽藍洞すらない能面のような頭部から、しかと差し向けられる極大の情報圧。
軽口でも放っていなければ真実やっていられないような、全身に鳥肌が立つほど誇張無し過去最大級のプレッシャー。
「「…………」」
いつしかどちらからともなく口を噤んだ俺たちは、ただひたすらにその時を待っていた――即ち、奴が動くその時を。
そして、更に即ち。
それは俺だけに止まらず、あのアイリスでさえ自ら動くことを躊躇うほどに、視線の先で影を燻らせているアレの放つ圧が、常軌を逸していたということで――
瞬間、手を伸ばしても触れられない、あの感覚が瞬いて、
「――――――ッ‼」
「――――、……ッ!」
ほぼ同時。前触れなく、気配なく、音もなく眼前に現れた影の主に、一瞬先んじた俺は続くアーシェと共に刹那の反射で剣閃を振るい――
『――、――、――』
明らかに、確かに、可笑しそうに嗤った奴は、さも当然のように俺の『魂依器』とアーシェの『神与器』双方の刃を左右の爪で容易く摘まみ止める。
あまりの光景に、時が止まった気がした。
そして、実際には寸分も動きを止めてなどいない時の中。
『――、――――――――――――――――――ッッッ!!!!!』
この世のものとは思えぬ怪物の咆哮と共に――極至近距離で多重展開した夥しい数の魔法陣から、濁流の如き無数の魔砲が放たれ、
空間を裂くが如し黒の閃光が、闘技場の薄闇を眩い闇で埋め尽くした。
盛り上がっていこうぜ。