貴方に捧ぐ英雄譚、誰かへ紡ぐ英雄譚 其ノ参
その瞬間、世界が同時に映した事象は二つ。
ひとつは事実として起こった結果。
どれほどの速度か視認も叶わぬ不可視の〝砲弾〟によって胸のド真ん中をぶち抜かれた俺が、悪態をつきながら四散した光景。
そりゃもう、綺麗に爆発四散。一般ラインと比して低耐久とか最早関係のある次元ではなく、埒外の威力により持っていかれた馴染み深い感覚。
完全無欠の一発アウトだ。おそらくだが、仮に【双護の鎖繋鏡】の展開が間に合っていたとしても守りの上からワンキルされていたことだろう。それくらい、なんの抵抗もなくスッと身体を貫かれた感があった。
――――で、もうひとつは事実として残った今。
五体満足で当たり前のように生を繋いだ俺が、バグめいてブレる認識に目を瞬かせたアーシェの身体を浚った光景。
さて、なにがどうなってこうなったのか。そんなもの――
「ハル――――」
「問題ないッ! まずは離れるぞ!」
後ろ髪と共に揺れる、かの【藍心秘める紅玉の兎簪】の権能がバッチリ仕事をしてくれたから以外に理由はない。
さしもの無敵お姫様も初見の奇術に戸惑ったか、珍しく動揺の声を上げるも彼女に倣って「問題なし」と笑い返す。無限の頼もしさに反比例して羽根のように軽い身体をしっかり抱え、そのまま即座に踏み切った。
更に『決死紅』発動。先に俺を救った『死の無効化』に続いて、新たな赤の加護がアバターに宿り兎譲りの敏捷性を補強する。
とにもかくにも、距離を取りたい。種も仕掛けもサッパリわからないが、目にも止まらぬ〝なにか〟が飛んできて風穴を開けられたという点には確信がある。
なぜ確信しているか――――んなもん【紅玉の弾丸兎】をこれまで数限りなく死ぬほど喰らった経験があるからに決まってんだろ!!!!!
さておき、ならば発射点があり着弾点がある。
彼我の距離が離れれば離れるほど、望める猶予は拡大するはず――
「――――」
また、身体が勝手に動いた。
我が胸をぶちぬいた第一射から数秒後。全力で〝繭〟から距離を取ったこちら目掛けて再び砲弾が放たれたのだろう、アーシェを抱えたまま宙を舞った俺の至近を凶悪な圧が突き抜けていく。
いや、もう、二重の意味で訳わからん。
「見え、てる……?」
「いや見えてない見えてないッ‼ 自分でも謎なにこれ〝勘〟か……!?」
見えてもいないし、気配的なアレを察知している訳でもない。ただ、わかる。なにかが来るのが、避けなきゃ死ぬのが――今、足を踏み出さなければ、
「ッ……‼」
今の瞬間、終わっていたという後付けの過去が。
第二射に続いて第三射。視えぬ即死弾を回避してのけた謎の超感覚は、どうあれ最早『まぐれ』とは言い難い。いや本当に訳がわからん、わからんが――
「ッッッ……――――後だ‼ 今は、」
「――っ……うん、必要なことを考える」
なんもかんも不明だが、避けれる、重畳。
身体が勝手に動くなんて、よく考えりゃ今に始まった話でもなんでもない最初っからだ。動揺から脱したアーシェの言う通り、思考のリソースは今この瞬間に必要なことだけへ注ぎ込むべき。
さて、ではソレはなんぞや――決まってる。
文字通り完全なる初見殺しをくれやがったあのド畜生を、どうやって〝繭〟から引きずり出して細切れの刑に処してやるかってことだけだ。
「…………わかってきた。攻撃間隔は不定期だけど、必ず五秒以上の空白がある」
似た規模感の舞台を上げれば丁度【神楔の王剣】が棲まう円形フィールドと同程度。広いは広いが今の俺にとっては絶妙に狭い闘技場内で目一杯に距離を取りつつ、砲弾を躱す俺の腕に納まるまま〝繭〟を観察するアーシェが推察を進める。
「オーケー、ならそこを突くか!?」
「まずは、叩いて響くモノかどうかを確かめるべきね」
「よし来た、どうする!」
「私が打つ」
「タイミングは!」
「次」
「了……――――解ッ‼」
言っている傍から飛んできた何発目かを推定スレスレで避けた瞬間、抱えていたアーシェを両腕から解き放つ。
言うまでもなく『決死紅』込み全力疾走からのリリースな訳だが――当然のように、涼しい顔で、ブーツの踵で床を抉りながらも綺麗な着地を決めたお姫様は、
「……っ――――――――――――」
微かに息を吸い込み、ピタリと静止し、微かに目を眇め、
一秒、二秒、三秒――
「――――――――――ふ……ッ‼」
静謐と共に蓄えられた〝力〟は、僅かな呼気と共に封を切られた瞬間。
まさしくの神速で振り抜かれた『剣』の刃より、かつての俺が追い回されたソレの何倍とも知れぬ威力を世界に現出させた。
無法にして必殺、かの【剣ノ女王】による剣圧の閃。
「っ…………ハル……!」
「――っ任せろ!」
思わず息と共に時を止めかけた俺の背中を、微かに苦しげな声音が蹴飛ばした。
さしものアーシェも、言っちゃなんだがアホみたいな大技をぶっ放して消耗したのだろう。ふらりと傾いた身体を再び浚うと同時――
「っ……」
「マジか、よ……ッ‼」
飛来したのは、視覚に訴えるほどの大剣圧が着弾する轟響が一つ。そしてその一瞬後、変わらず不可視超速で放たれた〝砲弾〟が一つ。
咄嗟の回避は成功したが、宙を舞いつつ悪態をつきながら目を向ければ――
「おい、アレで無傷は冗談キツいぞ……?」
「……響かなかった、みたいね」
影で織られた〝繭〟は変わらず、不気味に蠢く表皮に傷すら付けぬまま。
ただ物言わず、鎮座していた。
はいオッケー。そしたら一旦、情報を纏めようか?
察するに第二フェーズなのだろうあの〝繭〟は、おおよそ五秒おきにアーシェでさえ全く反応出来ない速度の〝砲弾〟を射出してくる。
反応できていないのは俺も同じことだが、仮想世界デビュー初期から稀にお世話になっている『謎感覚』がバッチバチに働き命からがら回避は可能。
で、避けられるってんなら反撃も喰らわせてやろうぜってな訳で反転攻勢。かの【剣ノ女王】様がおそらく全力でぶっ放した、そこらのラスボスなら消し飛ばせそうな常軌を逸した一撃が炸裂した――にもかかわらず、あの〝繭〟は無傷。
なるほど、どうしろと???
「……、…………」
ほら見ろよ、お姫様も黙って思考の渦に沈んじまったじゃねえか――ッと、に……相変わらず砲弾は好き勝手に飛んでくるしよぉッ!
幸いと言うべきか、回避自体は俺の〝勘〟と『決死紅』による強化が全てを賄ってくれているためリソース的な問題はない。しかしながらその肝心要の〝勘〟がいつ途切れるかもわからない以上、目隠しで縄跳びを続けるようなもの。
体力はまだ保つ――が、打開策がなければ結局このまま詰みだ。
「――――……ハル」
「――っ……話してくれ! 聞いてる!」
絶叫マシーンどころの騒ぎではない『揺り籠』にしっちゃかめっちゃか揺さぶられながらも、大人しく身を預け熟考するアーシェが暫くぶりに口を開いた。
「今のは一応、いくつもスキルを籠めて編んだ特別な技よ。威力で言えば、私自身が出せる最大火力の二番目くらい。一番目との差も、それほどない」
「初っ端のアレは乗せられんのか! ペルなんとか!」
「《無境天剣》は通常攻撃の拡張みたいなもので上乗せ型のスキルじゃないの。主題は選択肢の幅を増やすことだから、威力自体は私のスペック依存」
「飛ばした剣圧じゃなくて直撃なら!?」
「威力を保存するスキルが働いてるから、直撃も遠当ても変わらない」
いろんな意味で言っている意味がわからないが、今は呑み込んでおくとしよう。
「威力向上に関するスキルは全部乗せてアレが限界。だから正直……響かなかった時のことは、想定してなかった」
「……、…………」
「…………」
「あー……アーシェさん」
「…………」
「思ったより、困ってるな?」
「…………うん」
会話だけ抜き出せば暢気なもんだが、今この瞬間も俺の脚は全力全開の働き詰めであり〝繭〟から放たれる砲弾を相手に一触即死のダンス中。
本格的にマズい状況だ。
「…………………………っ……あくまで、私自身が出せる火力の話」
おそらく、俺の焦りが伝わったのだろう。
らしくもなく言葉を逸り、
「私の『剣』が出せる〝力〟なら」
「フィナーレには、流石に早過ぎだろうよ」
似合わぬ焦りを口にしかけた彼女を、格好付けた言葉で制す。訳もわからないまま〝勘〟頼りの回避劇を続ける最中、格好付くはずもないのにな。
ともあれ、わかった。
「オッケー了解。アーシェがなにも思い浮かばないってんなら――」
そして、彼女が『これより上の手がない』と言うのなら。
「ぶつけてみたい〝火力〟がある。手伝ってくれ」
俺は俺で、持ち得る手札を切ってみようか。
ものすごーーーーーーーーーく読みが鋭くて、
ものすごーーーーーーーーーーーく頭が柔らかくて、
ものすごーーーーーーーーーーーーーく発想が自由な人であれば、
今話の内容を基に、物語終盤まで詳細が明かされない主人公のユニーク性の仕組みを隅の隅まで推理できるかも。
へへ。