貴方に捧ぐ英雄譚、誰かへ紡ぐ英雄譚 其ノ弐
「――――ハルっ!」
気付きが一つ、疑問が一つ、されどこの戦場には一幕の停滞すら許されない。
微かな破砕音は意識の隅の隅の隅へ放る程度に留めつつ、手応え的にも視覚的にも確かに真っ二つにした【悉くを斃せし黒滲】から即座に距離を取り――向かうは呼び声の先、アーシェの元へ身を飛ばす。
着地点の魔法陣をついでに【真白の星剣】で抉りつつ、バチッと交わしたアイコンタクトで以心伝心……は、流石にまだまだ厳しいので、
「オッケー、こっから先はアドリブだ」
「情報外の要素が一つ」
「〝音〟だな? それは俺も知らん」
「想定外の考察は後ろに回す――――予定通り、守って」
「よし来た任せろ!」
既に作戦は十分以上に詰めている。ならば必要なのは直進か回頭かの確認だけゆえ、口早に交わした端的な言葉で意思の疎通は間に合った。
お姫様は直進を御所望だ、とくれば俺の仕事は――
「『猛る天孤の竜が鳴く』」
彼女が〝唄〟を歌い切るまで、止まない雨を払うのみ。
「『畏怖の具現、不敗の象徴、触れた者は未だなし』」
まさしく彼女を象徴する『剣』を突き立て動きを止めたアーシェの詠唱をバックに、魂依器を指輪へ送還すると同時両手の先へ《十撫弦ノ御指》の光を灯す。
更に《水属性付与》を再起動。
対象武器は、今まさに一仕事終えて鞘で休憩中の兎短刀様だ。
これまで使い所がなかったが、兎短刀の特異な点として『本体である兎短刀も分体である小兎刀も纏めて〝一個の群体〟である』という性質がある。
ほんと「それがどうした」というか、だからと言って用途の見出せるモノではないその性質は単なるフレーバー止まりの代物だった――暫く前に、俺が属性魔法の《水属性付与》を取得するまでは。
この《属性付与》という魔法は、根本的なルールとして『一人の術者につき一つの武装』にしか効果を及ぼすことしかできない。
しかしながらここに、個にして群である【兎短刀・刃螺紅楽群】の性質がちょっとした〝悪さ〟を提供すると……――
「【刃螺紅楽群・小兎刀】!」
あら不思議、エンチャントダガーマシンガンの出来上がりってな訳だ。あ、もちろん《十撫弦ノ御指》プレゼンツな。そーら飛んでけぇッ‼
「『共鳴り木霊せし雲の海果て、仰ぐ闇紅に吐息が一つ』」
朗々と響く鈴の声を聴きながら、バラ撒く水の紅刃でもってアーシェに迫る魔球の悉くを撃ち落とす。ついでに射線上の魔法陣も砕けてくれりゃ万々歳なのだが、流石にそちらは威力が足りないのかダメそうだ――けれども、
「『唸りて十、吼えて百、撚り重ねては千の轟乱』」
求められた役目は、あくまで繋ぎのガード役なんでね。
「『何者も触れるべからずと、神さえ見下ろす竜が啼く』」
締め括られた〝唄〟が一つ。振り返れば――轟々と吹き荒れる魔力の渦中にて、鮮烈な輝きを放つガーネットの瞳が二つ。
そして彼女は、薄くも得意気に微笑むと、
「――――《万雷招来》」
名実ともに雷属性最高位を冠するハイエンドスペルを、囁くように解き放った。
――――健気に数えて、きっかり十秒後。
光が消えて、視界と音が蘇る。
あまりにも暴力的な爆光と轟音の大瀑布に対して反射的かつ全力の防御姿勢を取った俺は、いつの間にやら軽い前後不覚で床に転がっており、
「………………………………おいコラお姫様、ここまでヤベーとは聞いてない」
「……ちゃんと言った、はず」
目を開けた第一声、覆い被さるようにして庇ってくれていたアーシェに文句を言わずにはいられなかった俺は悪くない。
なにアレ? 普通に死ぬかと思ったんだが???
覚えているのは、どこからともなく溢れ出した無数の……文字通り、数限りない雷光の束。無秩序に空間を蹂躙したそれらが、魔球はもちろん壁やら床やら天井やらを魔法陣諸共に喰らっていった光景が見えたが――まあ、しかしアレだな。
「…………バッチリ戦果叩き出されちゃ、文句は言えないか」
「うん。しっかり褒めて」
身体を起こしながら周囲を確認した限り、魔法陣はどれもこれも明らかに「ダメです」とでも言いたげな煙を上げ沈黙している。
見事も見事、完全なる一掃に他ならない。
これでもまだ数分足らずで再生してしまうのだろうが……このタイミング。既知を突破し未知を待ち構える今ならば、僅かな猶予にも値千金の価値がある。
――――といったところで、だ。
俺もアーシェも、別に余裕ぶっこいて本体そっちのけでアレコレやっていた訳じゃない。そっちにもしっかり意識を裂いた上で、イケると判断してドデカい予定をきっちりバッチリ履行していただけだ。
あぁもう、バッチバチにな。何度でも言うが、マジで死ぬかと思った。
現在進行形で録画されている映像の中で、必死こいて咄嗟の防御姿勢を取った俺はさぞコメディチックな撮れ高を生み出したことだろう。笑いたくば笑え。
さておき、こっから重要になるのは――
「なんだアレ…………〝繭〟か?」
「そう見える」
奴を真っ二つにした直後から作戦第二段階へと移行した俺たち同様に、奴もまた真っ二つにされた直後から第二段階への移行を開始していた。
いろいろそれどころじゃなくてリアクション皆無だったのは申し訳ないが、しっかり目を向けて状況を追ってはいたからブチ切れは勘弁していただきたい。
泣き別れになった半身を抱え丸くなった直後、妖狐の身体を更に上から包んだのは黒、黒、黒。ただひたすらに深い影の帯が幾重も床から立ち上り、傷を負った【悉くを斃せし黒滲】の身体を取り巻いていったのが見えていた。
十中八九プレイヤー干渉不可のフェーズ移行演出だろう。呆然と見惚れず、自分たちの利を遂行できたのはパーフェクトアンサーだったはず。
相変わらず消える気配がないところを見るに、この魔法陣はフェーズ関係なしのフィールドギミックで確定っぽいからな。
「……想定の五倍くらいの規模感だったけど、MPは」
「半分使った。けど、問題ない」
と、アーシェが言うなら問題ないのだろう。なにがどう問題ないのかはサッパリわからないが、彼女がハッキリ言うなら俺の心配など無用の長物だ。
「ハル、さっきの〝音〟について」
「あぁ、アレな。聞き覚えがある――コイツと一緒だ」
適切に間合いを空けて並び立ち、それぞれに構え、動きを見せない……されど歪に表面を蠢かせる影の〝繭〟に意識を九割向けながら。
言葉を交わして考察する最中、俺は片手の指で後ろ髪のアクセを弾いて示した。
ニアから託された埒外の宝飾【藍心秘める紅玉の兎簪】は、今や三つの権能を自在に使い分けられる完全版。ゆえにメッキリ耳にしなくなったが、あの〝音〟は本来この宝飾が『役目』を全うする際に響き渡る宣誓のようなものだった。
別たれる以前、結びついていた権能は『死の無効化』と『装着者の強化』――そこから推察できるアレコレは……まあ、ゲーム的なメタ読みも含めて一つかな?
「――――残機、制……?」
「こっちみたく一回限りであってくれるなら、嬉しいんだけどなぁ……」
おそらくはそれが、俺とアーシェがペアで挑むにあたり【悉くを斃せし黒滲】に表出した〝弱点〟なのだろう――いや、違うか?
HPゲージが表示されていなかったのは、俺が一人で挑んでいた時も同様だった。であるならば、残機制ではなく……あぁ、そのまんまか。
表出した〝弱点〟は、やはり俺の『打たれ弱さ』なのだろう。ボスにあるまじき虚弱体質になったがゆえ、今回あのパキンを聞くに至れたというわけだ。
そもそも、ボスに残機って別に弱みでもなんでもねえから。残機制って言葉は吹けば飛ぶ貧弱なプレイヤーに向けられることで初めてネガティブイメージに――
「え、じゃあなにか? 俺がソロの場合は普通に硬い上HPも可視化されない奴を頑張って殴った挙句にハイ次ーっておかわり入るってこと――」
重ねて、思考に回した意識は一割弱。油断もなければ動きが鈍る心配もない。
ゆえに、俺たちは事実として一切の気を抜いていなかった。二人共に『なにかあれば即座に対応できる』姿勢を心身共に整えており――
ゆえにこそ、
「――――――……ぇ」
なにかあれば即座に対応できたはずの俺たちは、起こった時には終わっていた〝なにか〟に対応を返すことはできないまま。
突如として思い切り突き飛ばされたアーシェは、困惑と混乱で満たした顔を一瞬後には驚きと悔いに染め――俺はと言えば。
なぜ動いたのかもわからない。ただその時そうするべく足が地を蹴り、必死に伸ばした手で加減も出来ないまま彼女を突き飛ばした、俺はと言えば。
「ざけんな、絶対許さん」
〝繭〟から飛来した不可視超速の砲弾に貫かれ、身体に大穴を開けていた。
HPが見えていないのは「HPなんて飾りだよ」という主人公のプレイスタイルを『強み』と判定したボスが精神攻撃要素にリスペクト&アレンジ実装してるだけ。
かしこい。