貴方に捧ぐ英雄譚、誰かへ紡ぐ英雄譚 其ノ壱
スタートダッシュと同時、互いの姿は互いの視界から消し飛んだ。
それは単に想定していた開戦パターンの内一つを辿った俺たちが、即座に左右へ別れて駆け出したからでもあり、
最初から最後まで『フォローせずとも相手が生き残っているものとして動く』と決めた約束事を守って、お互いの背を見送らなかったからでもあり、
なによりも、それら些末事を吹き飛ばす勢いで――闘技場の全面に展開した夥しい数の魔法陣より、情け容赦なく〝球〟の一斉射が始まったからだ。
壁面だけではなく、床も天井も関係なく景色の一切を埋めた黒紫の『砲塔』は百か千か。それらから吐き出される同じく黒紫の魔弾こそが九尾の俺メタ第一号。
ただひたすら無秩序無制限にバラ撒かれるバスケットボール大の低速弾幕。接触効果は即死ダメージ――ではなく、最高速度の制限デバフ。
つまり、即死ではないが即死みたいなもんである。
ボス本体は意に介せずフヨフヨすり抜けてんの死ぬほど不公平だろふざけんなとか、被弾数に応じて段階的に脚を殺してく感じ趣味悪いっすねこの野郎とか、まあ個人的にも言いたいことは山程あるが――――
「――『地を見よ、瞳は在る』ッ」
悪い魔法使いの性格悪い魔法は、とりあえず聖なる剣で斬って削除だ。
「『空を見よ、瞳は在る』ァッ!」
右手は鞘に引き籠もった【兎短刀・刃螺紅楽群】に掛かり切り、更に詠唱して走って剣振ってと開戦五秒にして大わらわだが、気張らにゃ死ぬだけ是非もなし。
幾何学模様だらけで名状し難くキモイことになっている床面を早々に離れ、お誂え向きに「ほら使えよ」とばかり設置されている無数の浮岩を足場にしながら直撃コースで迫り来る魔弾を次から次へ掻っ捌く。
四柱からこっち俺も必要性を感じて対魔法の知識は優先的に学習済み。端的に言って、アルカディアは『剣で魔法が斬れる』タイプのゲームなのでまだ有情。
ただし、魔法の剣に限るという注釈が付くけどな。さておき――
「『敗北、失墜、喪――ッ心、枯朽……、されど胎動する――はぁッ!?』」
いくら《水属性付与》した剣による迎撃が叶うからと言って、それだけでなんとかなる程度なら俺とてソロで多少は粘れていただろう。
であれば、早々に「無理だ」と音を上げざるを得なかった理由こそ……。
「ッッッ『心服の焔』ェアッ!!!!!」
開戦数秒で俺をキレさせるに至る、尋常ではない弾幕量にある。
いや、もう、前が見えねぇってんだよアホが!!!!!!!!!!
「ッ――‼」
試製一刀、水のアレ。定点にて旋転に『纏移』を連続起動。
仮想世界基準で言っても馬鹿げた速度域の回転による埒外の遠心力が、剣に宿った水の刃を伸ばし延ばして閃と成し周囲の魔球をゴッソリ刈り取った。
「――……『祀り崇めよ、畏れ跪け』ッ」
はてさて、こっちはソロの焼き直しが如く開幕決死の全力行だが……悪趣味な弾幕で埋め尽くされた闘技場の逆サイド。どんな顔をしてるかね?
既に鼻歌交じりで〝仕事〟をこなしているのだろうか。
いつもの無表情で楽しげに剣を振っているのだろうか。
はたまた、片手間に弾幕を処理しながら俺の心配をして――苦戦してるビジョンが毛ほども浮かばねえな???
ッハ、心強くて大変結構。
「『赤円の眼差しは途絶えない』」
俺も火入れは終わりだ――秒で拝みに行ってやんよッ‼
「起きろ――――《兎く駆りゆく紅煌の弾丸》ッ‼」
脚を止めないという契約の宣誓。
与えられる権能は、もっと先へ。
「――――――――――――――――よし」
一秒、見た。
軌道設定、挙動設定、よーい――――――
「行くぞ」
ドン、だ。
浮岩から浮岩へ、線を繋ぐたび断つ魔は無数。
一周回ってしっくりくる『自分がどう動いているのかも定かではない感覚』を笑いながら、消しゴムの如く魔球で埋め尽くされたキルゾーンを削っていく。
一歩、より速く。
一歩、更に早く。
一歩、もっと早く、どこまでも。
上限なき青天井の兎脚でもって、魔剣を引っ提げ縦横無尽。まさしく天敵と言える『速度を殺す球』を蹂躙しながら、秘めた輝剣に更なる魔煌を溜めていく。
……が、それだけでは不毛。この「なんのゲームだよ」とツッコミたくなる地獄絵図を動かすためには、もうワンアクションが必要不可欠。
ゆえに、その一手が更なる地獄を呼び覚ますことを知っての上で、
「まず一枚」
久々に足を付けた床面、躊躇わず振り抜いた【真白の星剣】が黒紫の魔法陣を斬り壊した瞬間――次なる一歩で後にした背後に着弾するのは、端的に死の音。
知ってる知ってる。魔法陣壊すとぶちギレて本体が超速極太破壊光線みたいなの撃ってくるの知ってる。二桁蒸発したから知ってんだよクソッタレぁッ‼
「連射が利く限り気張ってくれや――こっからはテメェも働き詰めだオラァッ‼」
フラストレーション一割テンション九割で空回る舌はさて置いて、《紅煌の弾丸》起動成功から一拍を置いて耳を澄ませる余裕も得た。
相変わらず撒き散らされ続ける魔球を散らしつつ、片っ端から魔法陣を破壊しながら、後を追ってくるアニメとかでよく見るタイプの極太ビームから死ぬ気で逃げると同時に逆サイドの様子を音から探る。
ふむ、ふむ……あー、あー……なるほど。これは既に俺以上にパッキパキでボスもブッチブチでいらっしゃる模様ですね、と……ッハ、流石の一言。
そしたらまあ――戯れ程度の余興は、この辺にしとこうか……!
魔法陣の破壊進度は推定四割。どうせ時間が経てば直っちまうんだ、端から端まで綺麗サッパリお掃除する意味はない。
一時的でも弾幕の絶対数が減り、ボスを殴りに行く道筋さえ確保出来りゃ――
「――――アーシェッ‼」
アタックコールを躊躇う理由は全くのゼロ。
瞬間、俺の声に応えてか、或いは事前に予期してか。視界左上のステータスバー上でも信用の上でもピンピンしているであろう【剣ノ女王】様が返事を寄越した。
声で?
否、勿論――剣で。
宙をうねる渦か波かといった具合で戦場を埋める黒紫の中、流星の如く突き抜けた〝青〟が神速にて【悉くを斃せし黒滲】の反応を許さず激突。
あちらも精々『前座』程度の心持ちだったのだろう。初期位置の闘技場中心部から動かずふんぞり返っていた影の主が、怒りか驚きか何らかの反応を見せる――
「《鮮烈の赤》」
そんなもの興味はないと言わんばかりのお色直し、そして剣に輝く黄金光。
「《無境――――」
左手を喉元、右手を剣。諸手に掴んだ獲物と得物をどちらも手放さず、深々と『影』に鋒を叩き込んだお姫様は、
「――――天剣》ッ……‼」
俺も初見レベルの殺――戦意でもって、まさしく初見のスキルをもって、情け容赦なし必殺にして決殺と呼ぶべき一撃を叩き込んだ。
――――で、終わりだと思ってくれんなよ?
刃を埋めた状態から更に斬った謎スキルによって、勢いよく跳ね飛ばされた先。
目が存在するのかも謎だが、明確に視線が交わり【悉くを斃せし黒滲】が歯を剥く気配を見せた瞬間――ま、テイクバックを終えているのは当然だろう。
そのつもりで、アーシェから〝パス〟を貰ったんだからなぁッ‼
「《焔零――――」
『――、――――』
「――――神楽》ッ‼」
鞘から解き放たれ、軌跡を焦がすは排速零熱の大輝剣。抜きざま横薙ぎの一閃が、飛来した『影』の胴をしかと打ち付け……まさしく、灼き切るように。
ぞぶりと不快な手応えを残して、九尾の妖狐を両断すると同時――パキン、と。
どこか聞き覚えのある破砕音が、ふと俺の耳に届いて消えた。
準備運動おしまい。
剣で魔法が斬れるタイプのゲーム云々とかアーシェの謎ぶっぱスキルとか説明したいこと沢山あるのだけど体温38.5℃につきダメです。
いつかやる。