斯くも青空攻勢中
勢い十割でぶち上げられた攻略決行日は極近日。新たに転がり込んできた二つの〝手札〟は揃いも揃ってド級の問題児――とくれば、後の流れは決まっている。
てな訳で一日明けて翌日の午後。再び足を運んだ訓練所にて、
「……なんだかもう、私にはハルがわかりません。何を目指してるんですか?」
「…………とりあえず、バケモノを目指してるつもりはないです」
まんま昨日の焼き直し。転身体でボロ切れの如く壁際に転がる俺、傍らにしゃがむソラさん、そして術者の無様を嘲笑うかのようにパチパチ耳に響く残留魔力。
いやほんと、マジで、ガチで。人外挙動はディスイズファンタジーってことで肯定できるが、俺は別に人外そのものになりたい訳じゃない。
むしろというかなんというか、人の容を保って怪物を上回るヒロイックキャラこそ格好良いと思うベーシックタイプを自認している。ので、そんな呆れたような困ったような諦めたような表情を向けられるのは甚だ不本意なのだ。
「まあ、その、もちろん特訓のお手伝いはしますけど……これ、特訓してどうにかなるものですか? 『剣』の方はまだしも」
「そっちは極論、代償が重いだけだしな」
「いえ、だけではないですよ? そもそもからして、ハルは武器の扱い全般も基本的には普通じゃないことを自覚してほしいです」
おや、呆れられながらも褒められている。そう思い「へへ」と力なく笑えば、ソラは「笑ってる場合ですか」と半眼になりながら手を引いて起こしてくれた。
「短剣、直剣、大剣、刀、槍に斧。あとは、ハンマー……ですか? よくあれだけいろいろと使い分けられますね、今更ですけど」
と、そういやソラさんにはご機嫌新武装こと〝銃〟を未披露である。これは近い将来また愉快な視線を頂戴してしまいそうだ。
さておき――
「そこはシンプルに適性スキルのおかげだと思うよ?」
仮想世界において覚悟さえあれば初心者でも〝戦闘〟を成立させられる理由。武器適性スキル取得時に脳内インストールされる『戦いの心得』とも言うべきもの。
それがなければ、俺だって剣どころか棒さえマトモに振れないであろう一般人Aに過ぎない訳で……その前提を踏まえると、産廃こと《全武器適性》にも地味に優秀な部分がないことはないんだよな。
なにせ取得&セットするだけで、簡易的にも様々な武器のセオリーを瞬時に理解できるのだ。他の適性を取得したことがないので比較できないが、仮に専用適性が『更に深い理解』を齎してくれるものだとしても需要はあるはずだ。
なにはともあれ、結局のところベースはスキル。システムが与える間違いのない前提知識に剣聖様の教えが載れば、そりゃ一定ラインは超えるってなもんだろう。
本人が使ってるところは見たことないけど、ういさん普通に刀以外の武器に関しても造詣が深いからな。実は槍術とかも軽く教わっていたり――で、さぁ?
「ソラさん?」
俺を引っ張り起こしたまま、手を放す気配のないパートナー様にお伺い。はい左スイング、右スイング……なるほど、そういう感じらしい。
「…………ほら、休憩は大切だと思いますし」
「ほう、休憩」
「一回一回、集中して頑張った方が結果も出ると思いますし」
「なるほど、集中」
「それに私は『お手伝い』をしている訳で、ごほう――……ご褒美があっても、いいんじゃないかなって、思いますし」
ははーん、ご褒美。
「わかるぞ。『ご褒美』って言葉の響きが子供っぽいなーっと思って引っ込めようとしたけど、他の言い方が思いつかなかったから諦め痛い痛い痛いっ」
ギューッと手の甲を抓られ即座に降参。
あぁ、わかるとも。パッと思い浮かぶ『報酬』って言葉に直すと、なんか事務的な感じがしてそれも嫌だったんだろうなってとこまでバッチリとな。
超かわいい。辛い。
…………そういやなんかニアが言ってたな。確かに俺、ソラに対しては『可愛い』だのなんだのと割かし軽率に口走っている気がしないでもない。
今は頭の中に留めたが、ふとした瞬間ポロっとサラッと言葉にしている可能性とて無きにしも非ずというか実際何度か〝覚え〟がある。
公平を期して気を付けるべき……いやしかしそういうとこを『気を付ける』ってどうなんだ? 意識して公平だのなんだのと考えることこそ不誠実ってかむしろ素直な感情を正直に吐露していくことこそ今の俺に求められている在り方――
いや知らん知らん、わかる訳ねえだろ。俺は俺らしくで勘弁していただきたい。
とりあえず今、心の底から言いたいことはただ一つ。確かに春日希という人間は個人的趣向として年上に弱いのかもしれないが、それはそれとして……。
「年下ってズルいよな……」
「は、……はい???」
なんかもう、全ての思考と行動に無条件で『可愛い』が付属するんだもんよ。いや勿論、年下は年下でもソラみたいな『可愛い年下』って付加条件も必要なんだろうが……待て、可愛い、年下だと? それはもう意味合いとしては『可愛い可愛い』になっちゃいないか? 可愛いと可愛いが合わさり最強という理論が爆誕――
「……………………あの、ハル」
「はい」
「私のご褒美とかは置いておいて、やっぱり一度ずつ休憩は挟みましょう。今までにも見たことないくらい、おかしなことを考えてる顔してます。疲れてますね?」
「ハイ」
「膝枕しましょうか?」
「は――っぶねぇビックリするわ‼ いつからそんな手練手管をッ!?」
「てれっ……そ、やっ、やらしい言い方しないでくださいっ!?」
え、やらしいのボーダー is どこ? いやまあ古風な意味合いでは確かに間違っちゃいない――が、ちょ、そんな場合ではなくッ……‼
「待っ……スト……ッ、ねえ最近このパターン多くない!?」
初期立ち位置からして、壁際の俺に逃げ場なし。
更にはジリジリと追い詰めた後グイグイと床に引き摺り倒そうとするソラさんの御戯れに抵抗を試みるも、俺と彼女のSTR実数値は仲良く100同士のイーブンだ。
それだけでも互角ないし《魔力纏衣》でのブーストを用いられるとジリ貧だというのに――ハイ出ました一発退場レッドカード案件不正だ不正!!!
「《天秤の詠歌》はダメじゃん!!?」
「……っハルが悪いんですよ、なんですかこのパターンって! 私こんなことするの初めてなんですけどっ!」
「それはもうアレいろいろと深い事情がぐわーッッッッッ!!!!!」
レベル三十分のステータス移譲。たったの一瞬で数倍に膨れ上がった筋力ステータスにより、華奢な少女の細腕が容易く俺を捻じ伏せる。
転身時は俺の腕とて『華奢な少女の細腕』定期――さておき、
「悲報、遂にソラさんがグレた」
「失礼なこと言わないでくださいっ」
口でも負け、力でも負け、立場でも負け――成す術なくして年下少女の膝枕に封じられた俺には最早、年長者としての威厳もなにも在りはせず。
今更か? あぁ、今更か。
「……………………はぁあ」
「……なんですか、私の膝だと不満ですか。知ってるんですからね、ういさんにも時々してもらってること」
「してもらってるってのは多大なる事実誤認がですね……」
「知りません。許してほしいなら大人しくしてください」
とかなんとか怒ったような台詞を並べつつ、顔色を窺おうとする俺に容赦なく目潰し――もとい目隠し。視界を閉ざされ、代わりに耳へ届くのは微かな声音。
満足げなそれを聞いて、やはり俺はこう思う。
「年下ってズルい」
「もう、まだ言いますかっ」
もとい、俺のパートナーは世界一ズルいと。
おかしいな、特訓回のはずだったのだけれど。
まあ別にいいか。