星が見る者たち
長かったとは言いつつも、やはり体感ではあっという間に終わってしまった旅行然り。一週間なんてのは気付けば過ぎ去っているものである。
ゆえに、週末の予定に対し「まだ月曜日だから」と暢気にしてはいられない。
俺に対応する『影』がどんなだったか等の報告は今日の夜にでもするとして、対【悉くを斃せし黒滲】の戦闘展開は既に打ち合わせ済み。俺×アーシェの奴がどんな容を取るにしろ「まあ結局それだよね」というように方向性は確定している。
つまりは、とにかく俺がやるべきは〝ソレ〟を押し通せるだけの手札を用意しておくこと――とまあ結局のところ、やることはいつもと変わらない。
お師匠様やアーシェを筆頭に、まだまだ囲炉裏などにも及び付かないほど俺は薄い。相棒や職人、仲間、そして特異な武装各位に恵まれまくったおかげで【曲芸師】は成立していると言っても過言ではないだろう。
俺自身の才能はぶっちゃけオマケ程度で、実際のところ初日からソラと出会えたことに始まり『運』が百割だと思ってるよ。ので、まだまだまだまだこの身には積むべき力と経験が絶対的に足りていない。
厚みを増していかなきゃならんのだ。例えば二ヶ月先、四柱選抜戦で序列持ちとして相応しい姿を示すためにもな。
と、いうことで――――
「なあ、そろそろいいか?」
「ダメでーーーーーす!!!」
力を求めた俺は紆余曲折あって、ちみっ子の前で正座をさせられていた。
なんで???
「完全に知らん飛び火の被害者じゃん俺……リィナさん?」
「心底拗ねてて本当に面倒。もう少しだけ付き合ってあげて」
「…………まあ、うん。わかった」
「なぁーんでリィナちゃん相手だと毎度素直なのかなぁ!! 好きなのかなぁ!? お姉さん許しませんよそんなの!!!」
いやうるさ。思考経路も小学生かよと。
どうしてこうなった。俺はただ、新たな魔法について先達にレクチャーをしてもらおうと思い足を運んだだけだというのに――
それもこれもなんもかんも囲炉裏のせいだ。なんで未だに喧嘩継続中みたいになってんだよ、ご機嫌取りくらい遂行しとけっての。
「いやまあ、百歩譲って何も言わずに旅立ったのは悪かったことにしよう。あれだ、同じ陣営の序列仲間だしな? 『ちょっと一週間ばかしログインしなくなるわー』くらいは伝えといても良かったかもしれない……んだけども、怒りの矛先が明らか俺じゃない類の愚痴を叩き付けられてもだな……」
どうすりゃいいのって話。こちとらお二人さんの関係もなにも、詮索してないから一切合切わからないままだってのに。
と、珍しくおふざけ空気少なめでシンプルご機嫌斜めな赤色への対処を悩んでいる俺を見かねたのだろう。隣に来た青色から、ぽそりと耳打ち。
「いつでもいいから、あなたの名前で呼び出せる?」
「ん、え……? あ、囲炉裏のやつを?」
「そう。もう面倒臭いから当人同士をぶつけて勝手に仲直りさせる」
「そりゃ手っ取り早いけど、なんで俺?」
「この面倒臭いのに一週間も構われ続けて、向こうも大分面倒臭がってる。私が呼び出してもミィナの差し金だと思われて警戒されそう……あと、仲良しだから」
「あー……まあ、吝かではないけども」
後で小言を言われそうだが、知らん。これでも俺は後輩だぞ後輩。先輩が二人して超絶個人的な事情で下に面倒掛けんなっての。
「オーケー、んじゃもうコレに関してはそれでヨシとして……よく考えたら特に二人セットである必要もないから、リィナだけ相談に乗ってくれるか?」
「うん、大丈夫。訓練室?」
「が、いいかな。もし試すってなったら都合がいいし」
「わかった」
トントン拍子で話が進み、俺のタスクもこれで一つ目が片付くことだろう。いやはや、やはりリィナは素直でいい子で話が早くて助かるな。
――――で、俺たちが内緒話をしている間もキャンキャン騒いでいたもう片方はといえば、迫真の構ってムーブを悉くガン無視された結果。
「ハイこれ以上スルーされたらミィナちゃん泣きまーす……!」
わりと真面目にヘコんでいたので仕方なく二人掛かりで慰めてやったところ、物の数分で調子に乗り始めたので鷲掴みに処しておいた。
◇◆◇◆◇
「うっへぁー……本当にさぁ、片っ端から固定概念ぶっ壊してくよねぇ」
「ゲームを始めてからの取得速度で言えば史上三番目。凄い」
「そりゃ光栄。ちなみに上二人は?」
茶番めいた一幕を繰り広げた円卓から、通い慣れた訓練場に場所を移して数分後。俺が用件を伝えたところから始まった会話の流れラストで質問を投げれば、なんとなくの予想通りミナリナが揃って手を上げた。
さて、なんの話か――他でもない二人の専門こと〝星魔法〟についてである。
つまるところ今日この二人を訪ねたのは、先日のイベント最終日に俺が取得した《星魔法適性》に関してアレコレ意見を貰うためだ。
「で、あたしら――これからはお兄さん含めてだけど、そっから後ろは一気に飛んで最低でも一年以上のプレイヤーばっかりだよ。あ、取得してるプレイヤー自体はそこそこいるけどね?」
そこそこの内訳が気になってリィナに視線を振れば、少女は記憶を思い起こすように数秒目を閉じた後「三百人くらい」と教えてくれた。
なるほど……なるほど?
いや、あれだな。反射的に「超稀少って訳ではないのかー」と思いかけたが、その実【Arcadia】ユーザーの全体数と比すればアホみたいに稀少じゃねえかと。
漠然と特別感は抱いていたが、俺が思うよりレアなスキルであることは間違いなさそうだ。取得者に名を連ねられた立場としては、素直に若干の優越感。
――さておき、だ。
例えば以前《水魔法適性》を取得した時なんかは、深く考えもせずその場のノリでスキルセットからの大洪水なんかやっていた俺である。それが何故こうして、わざわざ先達に意見を求めに来たかといえば……。
「それにしても意外というか、お兄さん実はわりと小心者?」
「思ったよりも慎重」
「慎重にもなるだろうよ。取り返しがつかない類の仕様があるって脅かされたら」
とまあ、そんな訳で。取得当日はあらゆる意味で死に体だったため、単純に気力が湧かずスルーというか保留しただけ。で、後日になってチラッと『星魔法』に関してリサーチしたところ、とある単語が目に留まったのだ。
星魔法ガチャとかいう、どことなく不穏な単語がな。
僅かながら警戒心を抱いた俺は、とりあえず適当にスキルをセットするのはやめとこうと思い……そっから、旅行騒ぎのドタバタで保留に保留を重ねて今に至る。
そうした事情から仮想世界では未だノータッチ。現実世界では【影滲の闘技場】攻略に誘われた後、とりあえずアーシェに相談してみたところ――
まあ、こうして専門家を頼るのが一番丸いだろうということで。
「おおよその人数は初めて聞いたけど、取得者がレアなのはネットにある情報の少なさと曖昧さから察してた。その上で『適性スキル取得後単発ガチャ』だの『基本的に一人ひとつしか魔法を取得できない』だのと脅し文句みたいなのが目に留まったもんだから……まあ、急ぎでもなかったし安牌を取ったんだよ」
「ま、なんでもいいけどねー」
「よく考えるのは、いいこと」
適当な反応と律儀な肯定。いつもの如く反応は似つかない二人だが、頼れば親身に応じてくれるという点で俺は『東の双翼』を普通に信頼していたりする。
最近では二回に一回程度の割合で、赤色への制裁も堪えているからな。
「まず一つ前置きするけど、あたしらも『星魔法博士』って訳じゃないかんね? 誰よりも触れて誰よりも研究してる自負はあるけど、言ってること全部が全部正しいって思っちゃダメだよ。責任取れって言われても困るからね!」
「その代わり、わからないことは飾らずに『わからない』って言う。適当なことを教えたりしないから、それは安心して」
「ま、ほぼ確の推測は大目に見てよね。じゃないとぜーんぶわかんないになっちゃうし、それじゃ相談に乗ってあげる意味もないしさー」
「運営からも仮想世界からも明確な解答を望めないから、そこは限界がある。後から間違っていたことがわかっても、それは私たちも同じように失敗してるということだから……先人の一人になると思って、諦めてほしい」
「と、いうことでー」
「出来る限り、力になる」
「……そのユニゾン芸、打ち合わせとかしてないんだよな?」
ともあれ、意外なほど誠実に寄り添ってくれる姿勢は心強い限りだ。新参者の後輩として、存分に先輩を頼らせてもらうとしようか。
小っこいの×2の星魔法講座。