前前前前日
「――――ということで、ソラ。あなたのパートナーを少し貸してほしい」
ことの始まりは旅行四日目。ハヤガケ氏による【螺旋の紅塔】第二踏破の報せが齎された翌日、昼過ぎにまで遡る。
昨日の今日ということで再び話題に上がった『未踏破ダンジョン』について、昼食後の和やかタイムにアーシェがあれこれ詳細やらを語ってくれていた。
……のだが、その締め括りとなったのが唐突な俺のレンタル要請。
当然ながらポカンとする俺とソラさん。そして唯一我関せず、すぐ傍でスヤスヤ食後のお昼寝をしているニアちゃん。
幸せそうな寝顔しやがって。
「え、っと……」
「なにが『ということで』なのかは、わかりませんけど……」
前置きなんてものも無かったし、文脈も蹴りを入れられて泣いているだろう。
まるで「おかしなこと言ったかな?」とばかり首を傾げているところ申し訳ないが、リアクションの正統性は困惑しているこっち側にあるぞお姫様よ。
「いやまあ、話しの流れ――は断絶してたけども、言いたいことはわかる。あれか、触発されて残り二つの未踏破ダンジョンに挑みたいって話か」
「そう。組手の方」
「【影滲の闘技場】なぁ……そっちなら、俺としては全然ウェルカムではある」
もう一方の心底ふざけた通称の側に関しては個人的理由で勘弁願いたいが、とにかく馬鹿強いバランス崩壊ボスとやらに興味があるのでね。
誘ってくれるというのであれば、答えはYes以外にない――とはいえ、だ。
「あの……ハルをお貸しすることに関しては、全然構わないんですが」
「全然構わないんだ」
「な、なんですか。構わなくなかったらダメな類の問題じゃないですか、変な顔しないでください……!」
なんとなく言葉を挟んでしまった俺に対して、チラと視線を寄越したソラさんは百面相……までは行かず、六面相くらいの範囲で表情をコロコロと変えてみせた。
俺の反応から内心をどう読み取ったのかは定かではないが、ビックリして意外そうにしてソワソワしてエトセトラからの最終的に拗ね顔へ移行した年下少女は大変に可愛らしい。最近は歳相応の反応をよく見せてくれて嬉しい限りである。
――と、微笑ましげな目を向けられた彼女は不満そうに目を細めた。
「……別に、ハルが『独占欲を隠さないでほしい』って言うのであれば私も〝いい子〟でいるつもりなんてありませんけど。どっちがいいで――」
「さて、それじゃ全然構わないんですがーの先を聞こうか」
旗色が悪くなったので即座に話の流れを正せば、チクリと手の甲を抓られてしまった。お仕置きに籠められた力に関しては特に可愛くなく、普通に痛い。
「むぅ…………えと、はい。構わないんですが――その、私も一緒に行っちゃダメなんでしょうか? あの、邪魔をしたいとかではなくて、純粋に……!」
なるほど、気になるから自分も挑んでみたいと。
俺としても、ゲームの攻略に視点を合わせた話であるならば正直ソラを連れて行きたい。いや連れて行くというか、パートナーとして一緒に行きたい。
ので、アーシェがこの件を……なんだ、その、デート的なアレとして切り出したのでないなら、出来れば三人でチャレンジする方向が好ましいのだが――
「一緒に行くのは全く構わない。けど、一緒に挑むのは無理」
どうも、彼女が俺のレンタルを申し入れたのには根本的な理由があるようで。
「【影滲の闘技場】の挑戦上限人数は二人。三人一緒には入場できないの」
と、簡潔に理由を述べたアーシェの言葉に、俺とソラは一緒になって「あー……」と納得させられた。
「それと、ハルを指名したのにも『私が一緒にいたい』とは別の理由がある。ここからは、まだ話していないダンジョンの仕様が関わってくるのだけれど……」
そうして、再び始まった【剣ノ女王】様による直々の解説講座。簡潔かつ実に綺麗にまとめられた説明は、ものの数分足らずで……。
「なるほど」
「です……」
重ねて、幾重もの納得を俺たちに齎した。
なるほど、なるほどな――――確かにコレは物の見事に俺向き案件。そして同時に、ソラさんは関わったらダメなタイプのギミックだ。
曰く、残る二大未踏破ダンジョンの片割れこと【影滲の闘技場】に登場するボスエネミー【悉くを斃せし黒滲】とやらは、挑戦者一人ひとりに対応したド畜生ガンメタフォルムで出現するとのこと。
では挑戦者が二人になった場合どうなるのかといえば、それぞれの『影』が登場するのではなく混じりモノがお目見えするらしい。
つまりは、挑戦者それぞれを圧倒できるメタボスが融合した姿……だけに止まらず、相乗効果なのか何なのか全体スペックが更に爆上がりした真のバケモノが誕生するというバランス崩壊を引き起こす。
その性質上、早い話が『万能』を交えてしまうとマジでどの方面からも手が付けられない完全無欠のパーフェクトエネミーが誕生してしまうってな寸法だ。
ちょっとやそっとの特化や搦め手が通用するレベルの者であればまだしもである。肝心なウチのおソラさんはアーシェを始め、出会った序列持ち各位が総じてベタ褒めする類の怪物万能美少女魔剣士様。
で、そんな彼女を徹底的に上からボコれるタイプのぶっ壊れフォルムが……例えば、俺やアーシェに対応する『影』に混じったとしよう。
恐ろしい以外の言葉が出てこない。
俺はまだしも、アーシェ×ソラさんナイズの『影』とかレイド組んでも倒せなさそう――で、ここからが攻略を目指すうえで重要な話になる。
ペアで挑むことでソロチャレンジ時を遥かに上回るぶっ壊れスペックと相成る【悉くを斃せし黒滲】だが、混じりモノ限定で大きなメリットが発生する。
それは、挑戦者を模した弱点の表出だ。
なにがどうなってそうなるのか、未だ詳しい設定やバックストーリーなんかは一切不明。しかしながら事実として、メタを築くために挑戦者の全てを読み取った『影』は二つ混じることでバグめいた弱みを同時に抱く。
そう、つまりアーシェが俺を指名した理由とは――――
「あなたほど弱点が明確化している上で、ソレを無いものとして振る舞えているプレイヤーはいない。一定以上の実力を前提とすれば、他に思い浮かばないほど」
「これでも、最近の俺は普通より少し脆い程度なんだけどな……」
と、まあそういうことだ。
実際どうなるかは不明だが……俺が【影滲の闘技場】に誰かと挑戦した場合、相対する『影』は俺が抱えている〝弱み〟を写す可能性が高い。
大体の場合、強敵の攻撃が掠れば死ぬという単純な〝弱み〟を。
それなら「単に超紙装甲の奴をペアに含めて挑めばええんちゃうの」となりそうなものだが、勿論そう簡単な話であるはずもなく。
二人で挑めば確かに【悉くを斃せし黒滲】は弱点を抱えるが、そいつは前提としてその弱点を突いてくるガンメタボスなのだ。
要するに『メチャクチャ死にやすいけど絶対に死なない奴』でなければ、この戦術は使えない。更に言えば例え【剣ノ女王】であっても、単純スペックが自身の倍以上にまで膨れ上がった天敵相手に単身で挑めば勝ちは望めない。
並び立って戦える者でなければ、とにかく諸々成立しないという訳だ。
――――あと、畏れ多いがアーシェ談の〝理由〟はもう一つ。
「明確な綻びを作った上で、私に追い付ける人となら勝機はある……ううん。それどころか、私を正面から倒したハルとなら」
まさしく、疑いようもないといった顔で。
「絶対に倒せる――――未踏破二つ目、二人で崩しに行きましょう」
堂々と勝利を宣言するお姫様に、弱気な返答は出来なかった。
弱点をある程度プレイヤー側で設定できたとしても、そもそもの性質とスペックが挑戦者に比して壊れるので小細工を弄して挑んだところで基本勝てないってお話。