決定事項
いくら努力を積み上げようが無駄と鼻で笑われる。そんなどこぞの鬼畜ダンジョンの如き世知辛さは現実にもままあるものだが、真面目かつ懸命に生きていればそういったクソゲー案件は決して頻発するものではない。
例えば、勉強なんてのは努力が報われる最たるものだ。
妥協せず、甘えず、真摯に打ち込みさえすれば結果は大なり小なり付いてくる。まして、無敵の専属講師様の力添えまであったとなれば――――
「グッバイ超長文詠唱傍聴会……ッ!」
「会ってか、多分お前だけだったと思うけどな?」
大なり小なりどころではなく、ガッツリ報われるのは自明の理。
なにをどこから聞いてもサッパリ意味不明だった先生方の話劇は正しく講義へと姿を変え、どうにかこうにか理解できる程度まで俺の学力は改善されていた。
感動を小声で漏らしつつグッと机の下でガッツポーズを作れば隣の友人には呆れた顔を向けられてしまうも、わりと真面目に悩んでいた身として喜びは隠せない。
いやほんと、神様仏様剣ノ女王様……!
「あはは。合宿、実を結んだみたいでなによりだねー」
「あぁ、もう、マジで。〝先生〟の教え方が終始神懸ってたからな……」
隣の隣からひょこっと顔を出し、会話に入って来た翔子にしみじみ呟けば返ってくるのはニヤニヤフェイス。
実際に揶揄いは飛んでこなかったが、なにを考えているのかは一目瞭然だ。
「……悪いけど、翔子が好きそうな面白ウフフなエピソードは提供できないぞ。あっちもトータルでは真面目に面倒を見てくれたからな」
「ははーん、なるほどなるほどぉ?」
なお、提供できないだけで無かったとは言っていないし、あくまでも総合的にはという話。二人きりにかこつけて何度となく襲われかけた事実は口にしないが、微妙なニュアンスを正しく都合よく読み取った翔子は一人ニマニマを深めていた。
別に隠すつもりはないというか、隠したところで無駄だろう。
あのアリシア・ホワイトが『ターゲットと一対一で相対している』という格好の状況で、アクションを起こさないはずがないとファンは理解しているだろうから。
――と、そんなことはさておき。
「二人、今日は空いてるか? 都合が良ければ、新作の編集を頼みたいんだけど」
「おっと、いきなり?」
「お前、昨日帰って来たばっかじゃなかったっけ?」
勉強に関してはひとまずの落着ということで、こっから先は〝お仕事〟の話。
さあ出番だぞサポーター諸君――また三半規管をぶっ壊す覚悟は出来てるか?
◇◆◇◆◇
そして各々講義の時間割を終えた後、四條邸にて楓や美稀含むメンバーが全員集合してから数十分が過ぎた頃。
「希お前マジいい加減にしろよ……」
「む゛り゛、ぎも゛ぢわ゛る゛ぃ゛…………」
「……、…………っ……!!!」
「とても面白かった。新しいスキルその他について解説をお願いしたい」
俺が渡した撮りたてほやほやの映像データを確認した面々の内、俊樹、翔子、楓の三人がダウンしている様は見事なまでの死屍累々。
初期から唯一の耐性持ちである美稀は平気な顔で好奇心のまま目をキラキラさせていらっしゃるが、どちらの例が特殊なのかは言うまでもないだろう。
しかしまあ、今回に関しては――
「文句なら〝相手〟に言っていただきたいね。一人称視点でもないのに激酔い不可避な馬鹿挙動になっちまったのは、完全にやりたい放題なド畜生のせいだぞ」
「ぅう…………す、凄かったね、希君の『影』……」
恨めしい視線を送ってきた俊樹に対する返答に反応したのは、顔を青くして椅子に沈んでいた四條家のお嬢様。楓が言う『影』とやらは、言うに及ばず件の【悉くを斃せし黒滲】に付けられた一般的な通称である。
「そう、ね……過去に映像で挙がっている中でも、最上位のパターンに食い込む無茶苦茶具合だと思う。むしろ、三十秒耐えただけでも感動したレベル」
「あくまで逃げに徹しての最長記録、だけどな」
お褒めに預かり光栄だが、保身一手のソレを除けば大体が秒殺のオンパレード。
正直なところ、友人たちに自分の被虐殺劇を公開するのは少々恥ずかしい部分があったのだが……思ったよりも『これはしゃあなし』といった空気で統一されているっぽいので、有難く胸を張っておこう。
「あぁ、眩暈治まってきた…………改めて思ったけど、お前のいっちゃんイカれてるとこって実は生存能力だよな。『掠ったら即死』の火力相手に当たり前みたいな顔して接近戦を成立させるのマジ狂ってるわ」
「それ。技術的に凄いってのは当然として、ノゾミン怖いとかないわけ? ……って、もう何度も聞いてるけどさ」
で、幼馴染ペアからも呆れ交じりの誉め言葉が飛んでくる。なんだなんだ、寄って集ってそんなに褒めても何も出ないぞ。
精々、俺の機嫌が良くなって舌が軽くなるくらいなものだ。
「俺も何度も言ってるけど、怖いもんは怖いぞ。現実じゃないって自分を騙してるだけで、すぐ横を刃物やら鈍器やら爪やら牙やら触手やら炎やら風やら雷やら謎物質やらが掠める度、普通にビビってるっての」
「「じゃあなんで大体の場合ピンチで笑ってるんですかねぇ……」」
「それはほら、アレだよ。男なんて武器を握ってテンション上がってりゃ、基本的に馬鹿になる悲しい生き物だから」
翔子はともかく、俊樹だって【Arcadia】デビューすれば共感するさ多分おそらくきっと。本人談、今のところ自ら仮想世界に飛び込む予定はないらしいが。
「ねえ、希君」
「ハイ、なにかな美稀さん」
いつもの如く賑やか担当の二人とじゃれ合っていると、また一人で映像を流し見始めている美稀が声を掛けてくる。
こちらもいつもの如く、振り幅の少ない静かな声音だが……微妙なニュアンスから真面目トーンだということは読み取れた。
ので、
「編集を頼む。つまりコレは公開予定の映像ということ」
「そうだな」
「オススメしない」
こちらも真面目トーンで答えを返せば、表面上はクールな彼女は一も二もなくバッサリと意見を口にする。そして、それに続き。
「だな、同意見」
「右に同じくー」
美稀の言葉に俊樹が、更に翔子が追随。流れで楓の方にも目を向ければ、彼女は友人たちへ賛同するようにコクコクと頷いていた。
「やってることは確かに凄い――でも、内容としては『曲芸師が手も足も出せずに負け続けている』映像。イメージとしては、決して良いものじゃない」
「ま、喜び勇んでつっつく奴は確実にいるだろうな」
「ファンは純粋に楽しんで見ると思うけどねぇ。いつも通り味方が勝手に火消しを頑張ってくれるとは思うけど、ノゾミンの方から自分の弱みになりかねないネタを提供するのは……微妙なところもあるのかなって、私たちは思うわけで」
出会った当初のイメージとは変わり、実は俊樹を凌ぐお調子者にして気分屋である翔子が至極真面目なことを言っている=真剣度の顕れだ。
つまるところ、彼女がこうなっている場合は総じて特に真剣な場面であることが常。三人の意見を受けて、今一度『マネージャー』こと楓に視線を送ると……。
「私も、あんまり賛成できないかな……? あの、ほら。希君もわかってると思うけど、現実世界って仮想世界みたいに良い人ばかりじゃないから、ね」
とのことで、やはり全員の考えは一致しているようだ。
それもこれも、単に俺のことを真剣に案じてくれているがゆえ――頬が緩みそうになるのを堪えるか迷った末、必要ないと判断して力を抜いた。
「はは」
「気ぃ抜けた顔しやがって……これでも真面目に心配してんだぞ?」
「わかってるよ」
だからこそ、こんな顔も出来るってなもんだ。親身に味方になってくれる友人が居るという安心感よ。まさしく無敵だぜ無敵。
しかしまあ、結論としては――
「映像は公開する方向で。気は遣わなくていいから、徹底的に【悉くを斃せし黒滲】のメチャクチャっぷりを強調する感じで問題ない」
当初の予定を曲げるつもりはない。されども、せっかく心配してくれる友人たちに不要な心労を掛けさせるつもりも毛頭ないので……ネタばらしも焦らさずに。
「で、だ――――しばらく後に、本番の踏破達成映像とセットでアップしてくれ」
「あん?」
「へぁ?」
「……ん?」
「え……?」
まるで決定事項のように告げれば、ただ一瞬でお手本のような呆け顔を披露した面々に笑みを漏らしつつ――
「まあ、なんだ。あの最強お姫様が『絶対に倒せる』って言うもんだからさ」
俺は【影滲の闘技場】に挑むキッカケとなった出来事を匂わせると同時、
「今週末にでも、ちょっくら二人でクリアしてくるよ」
正しくの決定事項を、友人たちに宣言した。
戦争の予告。