影滲の闘技場
【影滲の闘技場】――またの呼び名を無限組手、強制格下蹂躙劇、逆RTA執行場、救いがないタイプのクソゲー、悪意の具現などなどetc。
〝元〟三大未踏破ダンジョンの一角にして、かの【螺旋の紅塔】が踏破された現在も『クリア不能』の肩書きを維持する双角の片割れである。
その造りは、至ってシンプルなものだ。
セーフエリアから一路東へ、ずっっっっっっっっっっっっっと行った先に広がっている不毛の台地にポツンと浮かぶ黒い孔。その不気味な入り口へ飛び込んだ先に在るダンジョンには、道中なんてものは用意されていない。
謎解きギミックなんてのもまた然り。そこに在るのは、ただ二つ……戦いの舞台である〝闘技場〟と、数々の挑戦者の屍を積み上げ続けている〝敵〟のみ。
ある意味、クリア不能の内訳は【螺旋の紅塔】と同じ類だ。つまるところ、唯一存在している敵がド畜生過ぎて攻略の糸口を掴めないというアレ。
エネミー名【悉くを斃せし黒滲】――勝利不能の名を欲しいままにしている極悪ボスにして、挑戦者に応じて姿を変える【影滲の闘技場】の主。
姿を変えるというのは、二者を指す。即ち闘技場そのものとボス、双方がダンジョンに挑むプレイヤーに適した容に変わるということだ。
さて、適したってのは一体どういう意味だって話。プレイヤーに味方してくれるのかといえば『未踏破ダンジョン』様がそんな有情な筈もなく、逆だ。
つまり【影滲の闘技場】とは――領域に踏み入る挑戦者を徹底的にメタった〝天敵〟との殴り合いを求められるという、理不尽を体現するが如き処刑場。
必死こいて事前準備に励もうとも関係ない。敵が設定されるのはダンジョンへ入場した時点であるからして……どれだけ秘策保険その他を用意しようとも、影の主は相対した瞬間にプレイヤーの万全と万策を上回る。
脳筋近接戦士には『敏捷で上回る機動魔法士の姿』を。
高機動戦士には『軽い一撃では貫けない耐久を備えた反撃型戦士の姿』を。
遠距離型魔法士には『詠唱を許さぬ速度で迫る軽戦士の姿』を。
その他、近接型魔法士には――搦手特化の状態異常型魔法士には――自己支援&回復で粘る魔法戦士には――攻め一辺倒の物魔両刀魔法戦士には――或いは、器用を極める万能型には――……エトセトラ、エトセトラ。
俺が例として聞いたのも、あくまで一例。単純にSTR型の近接戦士に限ったとて、ダンジョンが用意してくる『最適解』は千差万別らしい。同一人物が挑もうとも、その日の気分くらいなノリで全くの別パターンがお目見えするのだとか。
真実、始末に負えないというやつだ。
対応策も立てられず、自己強化に励んで再戦を望もうとも、相手もプレイヤーに倣って最高の自分をご提供してくるのだからメタ⇒蹂躙の無限ループである。
挑戦者がどれだけ強かろうが関係ない、まさしくのクリア不可。
ゆえに、いつしかプレイヤーたちは【影滲の闘技場】に本気で挑むことがなくなり……幾らかの者は、絶対に勝てないボスこと【悉くを斃せし黒滲】を『自らの苦手を的確に洗い出してくれるツール』として活用するようになった。
挑むだけならタダで何度でも挑める練習相手……即ち、無限組手の名が由来。
発見から二年と半年、未だ踏破を許さない闘技場の正体である。
で、そんな無理ゲー会場にとある理由で訪れた次なる犠牲者が一名。
どうせ数十回程度はサクッと死んでみるつもりだし心の準備だの事前情報の反芻だのいらんいらん――と、聞いていた通りの真っっっ黒で不気味な孔を上空から見つけるや否や、ノータイムでサファイアからの飛び降り入場をかました十秒後。
「いや、視認性」
登場演出もなにもない。ただそこに在るべくして在るという〝顔〟でこちらを見つめる影人形を前に、俺は開幕一発いちゃもんを投げ付けていた。
いや、あのね……本当に黒。
幸い〝舞台〟も黒一色かつ光源皆無で無敵の保護色迷彩とかいう鬼畜設定ではないものの、さりとて眩い白一色なんて訳でもなく薄暗い闘技場に佇む奴はシンプルに視認性が最悪だ。これで高速タイプなら秒で見失う自信がある。
全身が黒といえば【星屑獣】もそうだが、煌びやかな星を湛えている彼らとは異なりアレの体色は真に黒一色。辛うじて縁取りが紫っぽく強調されている気がしないでもないが、視認性のバフとしては気休め程度でしかない。
せっかく用意してくれた対俺専用フォルムとやらも、なにがなにやら微妙に把握しづらいが……とりあえず、パッと見て浮かんだ言葉は――
「………………九尾の、お姉さん???」
まあなんというか、ソレ以外になく。
背は高く、俺と同じか若干上回る程度。明らかに女性型とわかる細身かつ曲線のハッキリした身体に纏うのは、着物らしき黒の衣。
その背にゆらゆら揺れている太く丸々とした九本の尻尾は、狐のそれだ。揃って上向いた特徴的な三角耳を併せれば確定と見ていいだろう。
シルエットだけで言えばカグラさん+纏身体ソラさん的な感じだが……。
プレイヤーとしては怪物と称して差し支えないだろう彼女たちも、流石にこんなマジもんの化物みたいな圧を発したりはしない。
なるほど、なるほど……――前評判に偽りはないようで。微動だにせず佇んでいるだけだというのに、肌がチリ付くようなプレッシャーでいらっしゃるわ。
「――――――」
「……………………」
そうして、お見合いタイムを開始してから一分近くが経過。どうやら開戦をこちらに一任する【神楔の王剣】タイプのボスらしい。
どちらも動かなければ、戦いは始まらない――さて、果たして俺がここから先の時間を『戦い』に出来るのか否かは不明だが……。
「ま、挑むだけならタダってな」
重ねて、ゲームオーバー祭りは前提にして承知の上。そもそもが、帰宅後そのまま突撃かましている今回は本番に向けての様子見なのだ。
気楽に行こうぜ、気楽にさ。
なお、それはそれとして――――
「そしたら戦ろうか――もちろん全力全開でなぁッ‼」
挑戦者として臨む以上、最低限の心構えとして見据えるは踏破。
様子見という名のフルスロットル。啖呵を切ると同時に両手へ喚び出した小兎刀の紅刃を振り翳し、俺は正真正銘の全力ダッシュで意気揚々と攻略を開始した。
そして、十分後。
たった六百秒の間に数えるのも馬鹿らしいほど無数の死を重ね、ぽいっと捨てられるように入口こと黒い孔からフィールドへ吐き出された犠牲者は――
「マジ無理。撤退」
ズベシャアと不毛の台地で顔面を削られた体勢のまま、ピクリとも動けず完膚なきまでの白旗宣言を独り言ちていた。
また来てね。