ホームカミング
「――――暇だなぁ……どっか行くか?」
「どっかってどこよ」
「そりゃお前、どっかよ」
【隔世の神創庭園】唯一の街こと【セーフエリア】片隅にて。特に理由もなく建物の屋根に登り、星を眺めながら駄弁っている二人のプレイヤーがいた。
古参ではあるものの、自他共に認める一般人。時に気ままに冒険し、時に「暇だ暇だ」とぼやきながらも『異世界での暇』を謳歌する、ずぶずぶの仮想世界人。
序列持ちどころか、上位勢のような逸般人の括りでさえ仲間入りなど夢のまた夢だが……そもそも〝普通〟で満足している者にとって、見上げた果てにいるヒーローたちは憧れを抱く先ではなく観て楽しませてもらう存在だ。
ゆえに、彼らは自らがその他大勢であることを許容する――なぜなら、この世界には『暇だからどっか行こうぜ』程度の軽いノリで足を踏み出した一般人も、丁度良く〝主役〟を楽しめるような冒険が溢れているから。
身の丈に合った物語を誰しもが紡げる。『序列持ち』だの『四柱戦争』だの『色持ち』だの『語手武装』だの、最高峰……というより、バグめいて異次元のユニークに手を伸ばさずとも、数多の唯一が世界中に散らばっている。
尽きぬ冒険、尽きぬ未知、果てなき世界にコンテンツは無限大。誰も彼も〝前〟を見るのに忙しくて、上を見て羨んでいる暇などないのである――
「久々に蟻の巣でも行くかぁ?」
「お、なんだ自殺志願者か」
「馬鹿、大巣窟じゃねえよ。一般向けのちっこい方に決まってんだろ」
「えあー……あんま旨くないんだよなぁ、蟻塚の方は」
「確率低くてもワンチャン狙えるのはロマンだろうがよー。暇人ごっこしてるよりは有意義なんじゃねえの?」
「ド正論。したら、パミたちにも声掛けるかぁ――――」
そうして彼らが揃って腰を上げ、今宵も程々の冒険に興じようかとテンションに火を入れかけた……その瞬間のこと。
無いに等しい足音でもなく、不意に間近へ迫った気配でもなく、全くの偶然で二人が一方に視線を振ったタイミング。
「おっと、失礼?」
「「っ――――」」
どれほど遠方から一足で距離を踏み潰したのか、突如として傍に現れた人影から投げかけられるのは気安い声音が一つ。
一ヶ月と少し前、四月の終わりから画面内の音声としてよく耳にするようになった、聞き覚えのある青年の声音。なんの前触れもない遭遇に言葉を失い身を固める二人に対して、彼は曖昧に笑いかけると――
「あー、なんだ。あれです――良い夜を!」
ひらりと手を振り、また音もなく〝上〟へと踏み切って姿を消した。
「………………」
「………………」
目で追いかけるまでのラグなど、ほんの数秒足らず。
しかし二人が首を逸らした頃には夜空のどこにも白蒼の衣は見当たらず、青年はまるで気まぐれな旋風の如く消えてしまっていた。
現実感も余韻も行方不明。しかし目に焼き付いた気安い笑顔も、耳に残っている朗々とした声音も、たった数秒程度の邂逅といえど……。
「…………そんじゃまあ、フレに自慢話爆撃でもするか」
「よし来た。確かシャム太が大ファンだっただろ、泣いて悔しがるぞアイツ」
「存分に泣かせてやろうぜ。いつだか『リンネちゃんに話しかけられた』って死ぬほど自慢してきた恨みを今こそ晴らす時だ」
普通を謳歌する彼らにとっては、それも非日常の大事件なのである。
◇◆◇◆◇
見知らぬプレイヤーのまったりタイムを邪魔してしまったという事故案件はさておき、即座に上空へ離脱からの雲を突き抜けフライアウェイ。
身体中に広がるのは、この一週間で溜まりに溜まったモチベーション――そう、一週間ぶり。満を持してのカムバック仮想世界……!
「帰って来たぜ第二の故郷ぁッ‼」
七日に亘るガッツリ旅行から自宅こと四谷宿舎に帰還したのが、ほんの十分前のこと。三日目の花火大会から続き、四日目、五日目、六日目、七日目とそりゃもう尽きぬイベントに揉みくちゃにされ続けた訳だが――
いや、楽しかった。思い出は山ほど持ち帰ったし、参加メンバー各位との友好その他もじっくりしっかり深められた極めて有意義な旅行だったよ。
ちゃんと忘れず、勉強もバッチリ捗ったしな。
あれからも囲炉裏共々ゴッサンに拉致られ温泉巡りに引き摺り回されたり、ユニ&ソラ&俺でウェディングケーキもかくやといったサイズの巨大ケーキを作成して遊んだり、ヘレナさんにダーツのレクチャーを受けていたら「どうして私じゃなくてヘレナなの」と盛大に拗ねたアーシェに襲われそうになったり、勉強タイムの二人きりをいいことにアイリスに襲われそうになったり、テラスで昼寝をしていたらいつの間にか両隣にソラさんとニアちゃんが引っ付いて寝ており、それを目撃して餅を焼いたアリシア・ホワイトさんに襲われそうになったりと……本当にもう、尽きぬイベントと暴力的な充実感で満たされた七日間であった――――
が、それはそれ。これはこれである。
当方、デビュー三ヶ月目にして生粋の【Arcadia】中毒者。ゆえに、初めて長期に亘って仮想世界を離れた結果……。
蓄積されたモチベがぶっ壊れるのも、そりゃまあ当然ってな話だろうて!
「出て来い、サファイア!」
ちょっとそこまで気分で雲海の上まで躍り出た瞬間、呼声をもって〝翼〟を広げる。これまた七日ぶり――いや、仮想世界換算だと十日ぶり以上になるのか?
ともあれ、久々の邂逅。蒼星を宿す首元を謝罪代わりペシペシ叩いたり撫でてやれば……反応を見るに、幸い拗ねたり怒ったりはしていないようだ。
「おーよしよし。悪かったな、調伏して早々に放ったらかしで」
大翼を羽ばたかせながら器用に首を曲げ擦り寄ってきた竜の頭を、これでもかとグワシグワシ掻き回すようにしてレッツスキンシップ。
非召喚時の【星屑獣】は休眠状態であるらしく、またその〝眠り〟は彼らにとって天国のように心地良いものと出処不明の情報があるものの――
立派な翼があるんだ。出来る限りは、思いっきり飛ばせてやりたいよなぁ?
「さて……んじゃ早速――針路は東、速度無制限だ。飛ばせ相棒!」
オーダーに対する答えは、一際大きい羽ばたきが一つ。
もしや『東』という概念を理解しているのか、はたまた主が指差した先を見ての反応か……どの道、お利口には違いないな。
やたら高速かつアクロバティックな旋回アクションに関しては、俺に対する信頼&じゃれつきであるものとしてお咎めなしとする……そんじゃ、行こうか。
向かうは東、目的地は『未踏破ダンジョン』の名を冠す一つ。
無限組手こと――【影滲の闘技場】だ。
ただいま仮想世界。
おいでませバッチバチ。