夜風と火花と波の音
「――――さて問題です。『たーまやー』と来たら?」
「…………『かぎや』だろ」
「で、お馴染み花火の掛け声ですが、その由来は一体なんでしょうか」
「知らないな」
「正解は、玉屋と鍵屋っていう江戸時代の花火師さんの屋号らしいぞ」
「やごう」
「ざっくり、店舗名みたいなもんだな」
「………………花火屋なのに、どうして鍵屋なんだ?」
「知らん。俺が聞きたい」
「浅い知識をドヤ顔で披露するんじゃない」
夜、例によって夕食後のレクリエーションタイム。
別に何の理由もなく理解度が浅い豆知識を隣のイケメンブロンドに投げ付けていた訳ではなく、その場に適した話題ってやつである。
現在地は屋外の砂浜、風は穏やか天気は良好。BGM代わりの波音に、火花が散るささやかなサウンドを交えるイベントは――
青春の具現こと、花火大会。
ゆえに、俺と囲炉裏も手ぶらでぼけっと突っ立っている訳ではない。揃って一本ずつ手持ち花火を装備して、ジュバジュバとカラフルな火花を吹かしている。
まあアレだ。逆にシュールというか、むしろぼけっと突っ立てるだけの方が絵面の間抜け度は低いだろうというツッコミは受け付けていない。
なにも、好き好んで野郎二人のツーショットを形成している訳ではなく……。
「――これを、こうして、こうすると……ほら。火の残像で絵や文字が描ける」
「……!」
「わぁ……!」
得意気な無表情のお姫様(経験者)一名が、その他二人のお嬢様(未経験者)に花火文字のレクチャーを今も行っているように――旅行に来てから加速度的に仲良くなっていらっしゃる、女子三名の邪魔をしないためだ。
「輪に入りに行かなくていいのか。文字通り、ド真ん中に」
「それ今のタイミングだと火炙りにされない?」
少し離れた位置で固まってワイワイやっている彼女らを一緒になって眺めつつ、囲炉裏の口から飛んできた揶揄いを適当に打ち落とす。
誓って、別に日和ってる訳じゃないぞ。微妙な関係をさておいて、あんな風に仲良くしている三人が有難いやら微笑ましいやら尊いやらで……邪魔にはされないとわかっていても、今は間に入りたくないだけだ。
無限に見守っていたいというか、この瞬間に限り俺は背景でヨシ。
「ってか、どうすんだよアレ」
「……まあ、余った分はゴルドウがなんとかするだろう」
目の保養度合いで言えば現在世界有数の数値を記録しているであろう光景に癒されつつ、チラと目を向けるのは傍に鎮座している花火の山。
個人で楽しめるタイプのありとあらゆる種類がゴッチャゴチャに積み上がっているが、下手をしなくても優に百人分はあるのではなかろうか。
発端となったのは、外に出ていたゴッサン。
帰って来るや否や「土産だ!!!」と、彼が盛大にぶちまけた〝山〟が突発花火大会開催の理由だが……まず間違いなく、どう足掻いても全ては消費できないだろう。今日から毎日遊んだとて不可能だ。
「まだシーズンじゃないってのに、どっからこんなに湧いてきたんだ……?」
「さてな。不良在庫でも押し付けられて来たんじゃないか」
いやまあ、楽しめる分は有難く楽しませてもらうけども。
「普通こういう〝絵〟って、現実でも二次元でも基本ラストイベントじゃね?」
「なにをもって基本と言っているのかは知らないが……まあ、最後の夜にもやればいいんじゃないか。遊びたければ毎日でも」
「その度に風情も感動も感傷もすげー勢いで薄れていきそうだな……」
向こうで歳相応な感じにはしゃいでいらっしゃるソラさん辺りなら、何度でもやりたがったりするものだろうか? そんな微笑ましい限りの光景を見守ることをメインイベントとするのであれば、毎夜の花火大会も吝かではないかもしれない。
なお、大量の花火を召喚したゴッサン本人は「知り合いの店に飲み行ってくるわ」と当たり前のように再び離脱中。おそらくお目付け役として今度も付いて行ったのだろうヘレナさんも、また同じくこの場には不在。
ユニに関しては「あとで線香花火だけやりに行こうかなー」と、なんかふにゃふにゃ言いながらリラクゼーションルームのマッサージチェアに沈んでいた。
かの堕落人間製造機の手から逃れて砂浜に現れる可能性は、まあ四割と言ったところだろう。一応、あとで寝落ちしてないか確認してやるべきかね。
……てか、最近の手持ち花火すげえ。これ系を触った記憶なんて小学生時代が最後だが、今時のってやたら長持ちすんのな――と、感心してたら力尽きた。
よくぞ頑張った。お前の勇姿はこの俺がしかと記憶に刻んだぞっと。
「おっ、と」
不意に、ポケットから震動。燃え尽きた戦友の極短い生涯を悼みながらバケツの中へと水葬しつつ、スマホを引っ張り出してメッセージを開けば……。
「………………???」
液晶に表示された訳のわからん文面に、俺は即座に首を傾げた。
なに、この……なに?
「なあ囲炉裏」
「今度はなんだ、二刀流でもなんでも好きに遊べばいいだろう。小さい打ち上げ花火も大量にあるぞ、いっそのこと片っ端から敷設して連射してやろうか」
「お前、素っ気ない顔してるくせに実は結構楽しんでんな?――いや、じゃなくてだな。なんかゴッサンから変なメッセが飛んできたんだが……」
正確にはゴッサンからではなく、大将殿を経由して――俺のスマホにお言葉ってか愚痴を届けたのは、我らが東陣営の然る人物。
えーと……そうだな。とりあえず、一節を抜粋。
「――――『このロリコン侍め、あたしを無視するとはイイ度胸だなぁ!!!』」
「君こそイイ度胸だな。そこになおれ、じっくりと溶断してやる」
いきなり物騒極まりない。花火の火力じゃ無理だと思うよ……?
「俺じゃねえっつの。なんかそんなような謎の愚痴ってか呪詛が赤――【左翼】殿からメチャクチャ長文で送られて来たんだけども」
「……、…………」
まあおそらくってか明確に、ゴッサンから更に俺を経由してコイツに届けられるべき文言なのだろう。事態を察した瞬間お手本の如く苦虫を噛み潰したような顔になった辺り、中継扱いされた俺を他所に事情は通っていると思われる。
なにこれ、どういう感じ?
え?
え、どういう感じ……?
「…………謎かつ唐突に巻き込まれた手前、ついでに日頃アレコレ容赦なく弄られてる逆襲も込みでツッコんでみるべきか、慎ましく空気を読んで疑問を呑み込むべきか……わりと、真剣に悩んでいる訳だが」
「……吞み込んでおけ。ツッコまれるもなにもない――実際、なにもないからな」
「はぁ……まあ……そう言うなら、そういうことに」
なんだ、よくわからんが微妙な感じか。俺も俺で他に類を見ないほど微妙な感じになっている男子筆頭として、面白半分につついたりする気にはなれんが……。
いや、うん、そうだな。どういう方向性の関係かも現状一切不明だし、悪戯に触れるのは止しといてやろう――なお、それはそれとして。
「一個貸しな」
「…………全く、アイツめ。臆病なんだか怖いものなしなんだか……」
俺らの間柄に、聖人君子ムーブは必要あるまい? なんか意味深なことを呟いていらっしゃるがサービスだ、それも聞かなかったことにしてやるよ。
…………さて、といったところで、
「おし付き合え色男。女性陣が『いつまで遠くから観察してんだ野郎ども』と言わんばかりにこっちを見つめ始めた――つまり年貢の納め時だ」
「死期が適応されるのは君単体だろう。俺を巻き込むな――」
「早速消化しようかなぁ貸し一個。どうせお前は後に引き摺りたくないタイプだろ貸し一個。今なら本当に跡形もなく綺麗サッパリ忘れてやるよ貸し一個」
「【曲芸師】め……」
「もうマジでなに一つ意味が通ってないシンプル悪口として運用するのヤメろや」
わざとらしく盛大に溜息を吐き出す友人の右腕を取っ捕まえ、砂浜を引き摺るように連れて行く。さすればニアを筆頭に、なにやら微笑ましげな視線を向けられてしまうが……ま、それくらいは構うまいて。
悪友らしく、気ままに持ちつ持たれつで仲良くやってこうぜ。
その後、流石に囲炉裏を交えた場で女子三人が妙な空気を醸すこともなく。
旅行日程の半ばという中途半端なタイミングであることも忘れ、結局はそれぞれが夢中になるまま、ささやかな花火大会は夜が更けるまで賑やかに続き――翌日。
揃って朝食に寝坊した俺たちは、半笑いのシェフに冗談交じりで叱られた。
青春で殴れ。
なにとは言いませんが47話掛かりました。
想定の五割増しです、ビックリだね。