吉報
「――――っ……!!!」
「うおビックリしたぁ」
前日の夜更かしが大いに祟り、十時過ぎまで寝過ごしてしまった三日目。
朝食込みの昼食直後。ラウンジのソファで和んでいると突如としてニアが跳び上がり、近くにいた俺は思わず反射で驚きを口にする。
少し離れた位置で剣聖様談義に花を咲かせていたソラと囲炉裏。そんな思いの他に相性良さげな二人の会話を傍らで聞いていたアーシェを含め、当然というかこの場に居る全ての視線が彼女に集まった。
なお、ゴッサンは「ちょいと知り合いの旅館に顔出してくるわ」と言い残してヘレナさんと共に別荘を離脱中。ユニは厨房で三時のオヤツを用意中だ。
で、まあ無意識の行動だったのだろう。失礼しましたと言うようにペコリと頭を下げつつ、ニアは一旦の着席――なんだなんだ、突然どうしたというのかね。
「お、なんだ。どれどれ……」
同じソファで天井を見上げながら食後の充足感を堪能していた隣同士、ついっと差し出されたスマホに目を向ける。
問うまでもなく、それが一体どうしたのかという答えなのだと思われ
「――――ッ……!!!!!」
「いや天丼しなくていい。なにがあったんだ」
画面を見るや否やニアと似たような挙動を取ると囲炉裏からツッコミを投げ付けられ、気付けば至近距離に瞬間移動していたアーシェが俺の横から顔を出す。
ガーネットの瞳がニアの手にある端末に表示された情報を上から下まで読み取って……珍しく、アーシェは純粋な驚きから目を見開いた。
「【螺旋の紅塔】の第二踏破者が出たそうよ」
「……なんだって?」
「わぁ……」
で、こちらも珍しく素直な驚きの声を上げた囲炉裏はともかく……。
ソラさんはどうしたのかな? なんで俺をチラッと見てから驚き二割、称賛三割、呆れ五割みたいな形容しがたい表情を浮かべなすったのかね。
遂に変態挙動二号が現れたのかみたいな、失礼なことは考えておりますまいな?
と、それはさておき――
「踏破者は誰だい?」
「地図の人」
「やっぱり早駆さんか……遂に、だね」
囲炉裏の質問に答えたアーシェの言はよくわからんが、ニュースに挙がっている第二踏破者の名前は【早駆】――いつだか俺がプレイヤーのAGI最速ライン云々の参考にさせてもらった御仁だ。
かの【剣ノ女王】を含む序列持ちがパッと誰であるかを把握している辺り、俺が適当に覚えている以上に有名な方なのかもしれない。
しかし……そうか、遂に二人目が出たか。
「いやぁ、めでたいなー」
「……その様子を見るに、唯一の栄誉には興味がなさそうだな」
「んなもん大事にするようなら、攻略動画とかアップしないだろ?」
「アレが攻略動画……いや、まあ、うん。つまらないことに固執しない姿勢は、剣聖の弟子として好ましいし相応しい」
「なに目線なんだ貴様」
囲炉裏といつものを交わしつつ、気になるのはニアの様子。俺たちにニュースを共有した後も、忙しなくスマホを弄ってアレコレ情報を集めている。
熱心……とは違う気もするが、どこかソワソワと落ち着かない様は何かありそうだ。もしや、こっちはこっちで『知り合い』だったりするのやも――
なんてことを考えていたら、ちょいちょいと裾を引かれてニアが隣に俺を呼ぶ。いやもう既に隣同士で座っちゃいるのだが、もうちょい近う寄れってな具合に。
「「…………」」
「あー……ちょ、ちょっと失礼?」
おそらく俺の気にし過ぎだとは思うが、若干二名からの視線を強く感じつつご要望にお応えしてほんの少し腰をずらす。
そうした後、俺だけが見えるようにスマホに打ちこまれた言葉は……。
『ハヤガケことはやっさん、ほぼ身内。ひよちゃんのお兄さんだよ』
「っ……すぅううう――――――――――」
マジで? と、素っ頓狂な声を上げそうになるのは咄嗟に回避。改めて視線で真偽を問えば、ニアは「マジマジ」と頷いてみせた。
『正確には従兄。まあでも、ほとんど年の離れた兄妹みたいなものかな』
ははぁ、なるほど……なるほど?
「ちょっ…………と、失礼?」
三人分の視線に再び断りを入れつつ、ニアを連れて五人の輪から一時離脱。
さらっと話すってことは俺には知られて構わないってな訳なんだろうが、逆に言えば俺以外には秘密にした方がいい案件であるはずだ。
ということで、声の届かないラウンジの隅に場所を移し――
「……さて、一応確認。さらっと俺が知っちゃっても良かった類のやつ?」
『うん。ひよちゃんがキミには教えちゃっていいよーって、今』
あぁ、そもそも第一報はニュースではなく三枝さん経由だった感じ?
「いやまあ、教えられてもって感じだが……」
『あたしのお世話役、勝手に引き継いだんでしょ? ひよちゃん的にはキミもう既に〝身内〟判定なんじゃないの』
「えぇ……」
『なーにその反応。あたしに外堀埋められるのは不満と申しますか』
「んなこた言ってないコラやめなさい刺さってるグサグサ視線が刺さってるから」
グイグイ来るニアを宥めつつ。遠距離から片やジト目、片や無表情を向けてきている女子二人から目を逸らす……のは自分に負ける気がして許容できなかったゆえ、あえて真直ぐに視線を返せば見つめ合う形となったソラさんが秒で沈んだ。
なおアーシェは不動。強い――が、あの無表情は沸々と焼きもちを募らせているタイプの無表情に違いない。今の俺にはわかるぞ。
ともあれ、
「まあ、わかった。だからどうこうってのもないが、友人のご家族くらいに認識しとく――――けどあれだな。折角だし、ご祝儀でも贈ろうか?」
いや、最古参勢であるハヤガケ氏に俺から贈れるようなものなんて特にないんだけどさ。思いがけずの身内判定は抜きにしても、報せを聞いた瞬間から現二人限りの攻略者として仲間意識が芽生ないでもないというか……。
『え、いきなり【曲芸師】名義でプレゼント渡してみる? なにそれ面白そう』
「あぁ、その反応でハヤガケ氏が〝身内〟の中でどういう扱いなのか察したわ」
多分これ、弄られポジとかその辺なんだろうなぁ、と。
「オーケー、じゃあなんか考えとこう――ということで戻りますよリリアニア嬢」
『えー』
「えーじゃないんだよアレをご覧? ここぞとばかり、ブロンド侍が芸術的なまでに憎たらしい顔でこっち見てるぞ」
あと、やたら近いニアを見てアーシェの焼きもちチャージが留まるところを知らない。ソラさんもそろそろ復帰するだろう、これ以上は身が危険だ。
『じゃ、後でお散歩を所望します。別荘の裏手に綺麗な林道があるんだってさ』
「なにが『じゃあ』なのかわからんが、そのくらいなら喜んで」
なお、二人きりかどうかは言及しないものとする。その辺の可否については――
「…………内緒話?」
「ハル?」
「あー……えー…………ニアちゃん?」
『なんであたしに受け流したの? あることないこと言うけど大丈夫???』
お嬢様各位の、ご機嫌次第ということで……。
「ッハ」
ハイそこ、針のむしろに晒されている後輩をなぜ鼻で笑ったのかな?
別に助けろとは言わんが、覚えとけよこの野郎。
そしてヤベーのが身内に加えられていることを知らぬまま寝ているハヤガケ氏。