夜、浜辺にて
加減なく楽しんでいれば瞬く間に時間は過ぎていくもので、盛況の内に幕締めと相成ったレクリエーション大会から数時間後。
ありがちな旅行テンションというか、眠れないのか眠りたくないのか定かではない曖昧なノリのまま。ベッドを抜け出し部屋を抜け出し、そのまま別荘を抜け出せば涼しい夜風と見事な星空が迎えてくれた。
嗚呼、夜の静けさってやつが敗北の傷に染み渡る――おのれ完璧超人お姫様め。
いつまで野郎だけで盛り上がっているのかと言わんばかりに女性陣が乱入して来たかと思えば、終わりなき執念のラリーを繰り広げていた囲炉裏共々アーシェに蹂躙されてゲームセットってのが幕引きの内訳。甚だ納得いかねぇ。
ほんとアイツは苦手なことが見えないんだよなと。遠目に見てたがダーツもやたらと達者なようだし、リアルステータスだけではなくリアルスキルの拡充具合までも常識外の権化が過ぎる――――
「おっと……?」
適当に思考を転がすままに歩を進めれば、いつしか辿り着いた正面崖際の柵。
なんとなく夜の海を見ながら、黄昏ごっこにでも興じた後に戻ろうと思っていたのだが……眼下の砂浜に人影を発見。それゆえ少し迷った後、
まあそれも一興と、下へと続く通路へと足を向けた。
綺麗に舗装された下り道を降りていき、ザクリと砂を踏みしめて浜に入る。容赦なく足指に細かな粒子が絡みつくが、ちょっとそこまでスタイルのサンダル装備なので問題なしだ――そうして、こちらへ背を向ける人影はすぐそこに。
未だ特に親しいと言えるほどの交流はないが、折角の旅行だ。恥はかき捨てってな訳で、声を掛けるくらい遠慮する必要はないだろう。
第一声は……こんばんは? いや、今晩もう会ってるしな。そしたら……。
「一人でビーチに降りるのは厳禁――って、屋敷の主が言ってましたよ」
「……波打ち際へ近付くつもりはありませんでしたので、見て見ぬフリをしてくださると助かります」
「なるほど。そしたら俺も後日ソロで黄昏に来るので、内緒にしといてください」
「それは、承服しかねますね。テンションの低い大人の女が一人ならともかく、元気な男の子は一人であろうとハメを外さないと言い切れませんから」
「俺、現実で一人だと基本的に陰キャなんですけども――――はいストップ。今『冗談でしょ?』みたいにクスリと笑った理由を開示してくださいな」
「黙秘しましょう」
「ははーん、いいんですね? 肯定及び宣戦布告と受け取りますよ」
「由々しき事態です。かの【曲芸師】に目を付けられてしまっては、私も【剣ノ女王】を召喚せざるを得ないかもしれません」
「初手過剰戦力ぶっぱとか大層な無法では?」
「……謙遜でもない。嫌味でもない。冷静に分析して彼女を〝上〟と確信しているところが、あなたらしさなのでしょうか。そういう人は、嫌いではないです」
「まあ、紛うことなき事実ですから――星、綺麗っすね」
思いの外と言っては失礼かもしれないが、予想を超えて軽快なやり取りが長く続いたことに驚きつつ。三歩隣に並んで夜空を見上げながら、素直な感想を零してみれば……なにが可笑しかったのかヘレナさんはクスリと上品に笑った。
「あと十歳若ければ、口説かれていると勘違いしたかもしれません」
「いやそれは流石に無理矢理すぎでしょ。今時『星が綺麗だね』で女子が口説けたら、世の男性は苦労しないんですよ知らんけど」
適当に揶揄われただけだと理解しているし、俺が理解することを前提に彼女も戯れを口にしたのだろう。
なんというかこう、あれだな。
ういさん……は、ちょっと違うか。そう、雛世さんめいた大人の女性らしい余裕に満ちた振る舞いというか、感情の底が見えない雰囲気というか。
苦手ではないが、苦手なタイプだ。
どうやっても勝てる気がしないという意味合いで。なお、どこぞのメイドは好き放題が過ぎるため別枠ってかイレギュラー判定なのであしからず――
「ハルさん」
「はい?」
会話の切れ目でぼけっと星空を眺めているところを呼ばれて、再び視線を彼女の方へ戻す。理知的な黒い瞳は俺ではなく海と空を見ていたが、意識の方はハッキリとこちらを向いているのが感じ取れた。
そして、その先まで読み取れたゆえに。
「もう、ユニからまとめて貰ってありますよ」
「…………」
機先を制してノーセンキューを唱えれば、ヘレナさんは紡ぎかけていた言葉を呑み込んだ。なるほど予想通り、ならば『感謝』は間に合っている。
「一度、照れ隠しもナシで正面から受け取ってるんでね。自分よがりの好き勝手を何度も称賛されるのは、ほら。流石にむず痒いどころではないので……」
勘弁してくださいと言外に示せば、彼女は数秒ほど思案した後――
「――では、南陣営の者としてではなくアイリスの友人として」
「……、…………」
「言葉にはしませんが、受け取ってください」
と、澄まし顔で己が〝感情〟を放り込んできた。
ほら見ろ、十八歳男子がこんなのに太刀打ちできる訳ねえだろ。どんなシチュエーションだろうと無限に掌でコロコロされるのがオチだ。
とにかく俺が絶望的に年上女性に弱いだけなのでは? というエビデンスに溢れた仮説に関しては、論争の提起を否決するものとする。
登場人物が基本的に年上多数という主人公殺しの舞台。