支払った者
――――中学生時代。いろいろあって心の安定を求めていた俺は、転校先の学校で『他人に好かれる人間』を心掛けていた時期があった。
誰かに良い目を向けてもらうことで、緊急避難の如く僅かばかりの自己肯定感を確保したかったのだろう。今となっては「メンタルしんどくて大変だったなぁ俺もなぁ」と過去の自分に適当な同情が湧かないでもなかったり。
心掛けというのも、なんてことはない。気のいい奴を演じていたってなだけ。
まあ結果としては気も紛れたし、そこから地続きに形成された今の自分は嫌いではないので結果オーライだ。演技も〝素〟に馴染めば我が身ってな。
ともあれ、そういう理由もあって中学時代の交友関係はそこそこ広かった方。
親友と呼べるような者には残念ながら恵まれなかったが、誘われて部活にも入ったしアクティブな男子グループに混じって歳相応の馬鹿もやらせてもらった。
――で、そんな〝馬鹿やった〟に含まれる武勇伝の一つとして、秋季体育祭における『クラスの男子で出場できる全種目の一位を総嘗にして伝説残そうぜ』というノリとテンション百割で決行されたイベントがあった。
当然の如く『運動部の奴は該当種目出場禁止だぞー』ってな縛りがあったものの、ならばとガチな部活面子をコーチ役に充てて出場選手を徹底強化。
という流れのソレが意外と大々的に盛り上がり、流石に総嘗は無謀だったが八割方優勝&落とした種目も漏れなく入賞と中々の爪痕を残した訳だが……まあ、とにもかくにも一体なにが言いたいかといえば――――
「素人卓球ってのはなぁ……」
なんかこう、とにかくイイ感じの角度にラケットの打面を傾けてぇ……!
「全力で球をぶん殴れば、大体勝てるんだよぁッ‼」
「たわらばぁッ!?」
バックハンド、からのフォアハンド。
対戦相手を情け容赦なしに左右へ振り回した末、スパァン‼――と劇的な快音を錯覚させる勢いで放ったスマッシュが台を射抜き彼方へ消えた。
健闘空しく迫真のマイラケットが空を切り、断末魔の悲鳴を上げてすっ転んだゴッサンはこれにて完封。連続三十三得点の三ゲーム先取、パーフェクトだ。
……とまあ、つまるところ。
「悪いなゴッサン。俺の卓球は中坊時代とはいえ、ガチ勢仕込みの素人殺し特化なんだ。真っ当にちょっと齧ったくらいの腕で勝てるものと思わないでくれ」
「畜生ァッ……! やるじぇねえか……‼」
三年次に全国大会へ行ったとか行かなかったとか定かではないクラスメイトの猛者に鍛えられた俺は、卓球担当で一回戦から決勝戦までをほぼ失点なしでぶち抜いた実績を持っている。
本気で打ち込んでいる者には軽く捻られて終わりだろうが……しつこく教え込まれた「とにかく素人相手はこうすりゃ勝てる」というノウハウは未だ身体に染み付いていたようで、なにやら少々自信あり気だったオジサン相手にこの始末である。
許せ総大将、自慢のマイラケットを振り翳してウッキウキで挑んできたアンタは輝いてたよ。いつでもリベンジは受け付けよう。
「さて、と――――おう、いつまで蚊帳の外を気取ってやがる勝ち抜き戦だぞ。次はお前の番だ、かかってこいよサムライジャパン」
「………………いやまあ、確かに半分はジャパニーズだけどな」
大人相手に大人げない蹂躙劇を展開する俺を呆れた様子で見ていた観戦者に水を向ければ、極めて面倒臭そうな顔をしながら囲炉裏が腰を持ち上げた。
「あはは、いってらー」
「まったく、わかりやすい奴め……」
卓球台脇のベンチに並んで座っていたユニにヒラヒラと見送られながら、ラケット片手に歩み出てきた奴の呟きは全力スルー。なにかあったことを気取られてんのはわかっちゃいたが、察してるなら放っといてほしい。
いいから大人しく付き合いたまえよ――そして、全力を要する試合を持って現在進行形で俺を苛む特大の羞恥を忘れさせてくれ……ッ‼
「はあ……ま、いいだろう。どうせやるなら全力だ、種目を問わず君には二度と負けないと誓ってるんでね」
まさに今朝、釣り勝負で大敗してなかったっけ?
「上等だこの野郎。再来月のリベンジマッチのリハーサルにしてくれるわ」
「前哨戦、と言っといた方がいいんじゃないか? ここで負けたら先も負けることになるぞ――どの道、結果を変えるつもりはないが」
「ハイハイ威勢が良くて大変結構オラ喰らえノーモーション低空スライサーッ‼」
「ッハ、元剣道家の動体視力を舐めるなッ……!」
意地悪で前触れなく放った奇襲の一打をまさかの流麗なバックハンドで返され、驚きに目を剥いたのは一瞬のこと。頬を吊り上げながら更なる返球を逆サイドに叩き込めば、これにも見事対応した囲炉裏に心中で賞賛を贈る。
なんだよできるじゃねえかブロンド侍、誠に結構ついてこいやぁッ‼
「いや、本当に仲いいよね。もう親友じゃんコレ羨まし」
「なんだなんだ、囲炉裏の奴もやるもんだなぁ」
二日目夕食後のレクリエーションこと卓球大会第二回戦。外野の野郎二人から届く和やかお喋りを他所に、終わりなき激しいラリーの応酬が幕を開けた。
長くなるから切るとは言ったけど次回や次々回で描写するとは言っていない。
主人公の惚気は未来に持ち越し、今じゃないのよ。