一方その頃:Part.2
「――――……うーん。ノってこない」
あーでもないこーでもないとウンウン唸り続けて、果たしてどれだけ時間が経ったことやら。口から零れ出た言葉も、我ながらいい加減に聞き飽きてくる。
居慣れた自らの工房にて、身体に馴染んだ気に入りの椅子に凭れ、最近ハマったフレーバーティーを片手に天井を仰ぎながら……職人は赤銅色の瞳に、もう片方の手で抱える色違いの〝石ころ〟を二つ映していた。
片や漆黒、内に〝星〟を秘めた思にして志であり死の鏡石。
片や琥珀、内に〝花〟を秘めた異にして依にして遺の迷石。
それは暫く前、かの担い手から預かった依頼の品。相も変わらず『面白いものを頼む』なんて最高に適当で最高にわかってるオーダーを与って暫く、未だ手を付けられていない難問の品でもある。
いろいろあり、期せずして道自体は既に拓かれている。けれども、半端なモノを作りたくないという我儘が魔工の起動を妨げていた。
一週間ほど仮想世界を空けると律儀な報告があって、実際にいつも騒がしい面子がログインして来なくなり二日目の夜。別に宣言した訳ではないが、ちょうどいい期日と思い定めた五日後の納期に……このままでは、まあ間に合わないだろう。
いいモノを作るのであれば、時間なんてどれだけ掛かっても構わない――とは、カグラは思わない。なぜならば、どんな『客』だって依頼品は早く受け取れたら受け取れただけ喜ばしいに違いないのだから。
少なくとも彼女は、職人と客のビジネスをある種の〝勝負〟として捉えている。相手の予想を上回る速さで、質で、カラクリを堂々と叩き付けたときこそ――
客は、最高に驚き楽しんでくれるものである。
……ゆえに、致し方なし。不本意そうな溜息を一つ零しながらフレンドリストを開き、カグラは一番上の名前にコールを掛けた。
「――あ、もしもし。今から行くから少し時間空けといて」
時には人に頼るのも必要な潔さであると、心中で言い訳を呟きながら。
◇◆◇◆◇
「相変わらず、こっちじゃ自由人極まれりだな」
「アンタがそうしろって言ったんだろう。誉め言葉として受け取っとくよ」
アポとも言えない乗り込み宣言をしてから十分後。久方ぶりに足を運んだ本拠地最上階にて、紅と紅蓮の魔工師が顔を合わせていた。
片や男。長い髪を首元で束ね、飾り気のない無骨な刀匠着を纏った職人。
まさしくといった風体だが、今の彼が腰を据えているのは熱気に満ちた工房ではなくデスク。手にしているのは鎚ではなくペンであり、向かい合っているのは火でも鉄でもなく書類の山だ。
そして片や女、同じく長い髪は高い位置で纏めた一つ結び。ややラフに着物を着崩した姿はいつも通りの堂々たる様だが……。
「アンタは、あっちもこっちも変わりないね。神様にデスクワークがお似合いだって言われてるんじゃないのかい」
「冗談キツいぞ。勘弁してほしいね全く……」
表情や声音の砕け方が、男曰く普段の『自由人』から二割増し――自覚しつつも、カグラは気にした風もなく知人の疲れた顔を鼻で笑った。
「あれよあれよと自分で登っといてよく言うよ。なんだかんだ楽しんでんだろう」
「それはまあ……――で? 残念ながら見ての通り多忙でな、用件があるならそろそろ聞かせて欲しいんだが」
慣れた軽口と笑みを交わし合い、本題を促す男に「あいよ」と首肯を一つ。
「……あーはいはい、なにかと思えば『残響遺物』か」
コトリと机の上に置かれた琥珀を一目見て、彼は楽しげに笑ってみせた。珍品と看破した石を前に、カグラと同じ赤銅の瞳が微かに光を帯びる。
「魔凝琥珀に桜の花……花弁一片だけじゃなく、花托から丸ごとってのは実に珍しい。コレクターが欲しがりそうな美品中の美品だこって」
「それはまあ、ね。なんせソイツを拾ってきたのは他でもない【旅人】だ」
「おっと……それはそれは。なるほど、ただの珍品じゃあなさそうだ――で、それを譲り受けた例のお気に入りからの依頼って訳か」
面白がるような視線と声音をジロリと睨んで一蹴しつつ、カグラは我が物顔で客椅子にドカリと座り込む。
例え他の誰がこの場に居ようとも彼女を咎められる者はおらず、また多少の無礼が咎められるような間柄でもないゆえに。
「誰にグダグダ世間話を振ってんだい。今更、面白くもなんともないだろうに」
「おいおい、いうて四柱から一ヶ月以上ぶりだぞ。積もる話も……」
「あるって?」
「…………まあ、特にないか」
また一つ面白くもない言葉を交わし合いながら、気安さから来る笑みを交換して――四つの赤銅の瞳が、ほぼ同時に職人のそれへと色を変えた。
「こないだのイベント、アンタも出たんだろう? そしたら当然、あの石っころも現場で存分に検分したはずだ」
「あぁ、したさ――全く、よくもやってくれたなクソッタレって感じだよ」
「口が悪いよクランマスター殿。下の連中には聞かせらんないね」
「おっと、これは失礼サブマスター君。今のはオフレコで頼むよ」
言いつつ、マスターと呼ばれた男がインベントリから〝石ころ〟を一つ取り出す。星屑を内包した真黒なそれは、先日のイベント【星空が棲まう楽園】で手中に転がり込んできた【星屑の遺石】だ。
忌々しげにソレを見つめる彼を見て、カグラはくつくつと笑みを零した。
「ま、アタシもソイツを見たとき真先に思ったけどね――あぁ、これはアンタが拗ねるだろうなってさ」
「当たり前だろ……鍵を空けようと必死こいてカチャカチャカチャカチャ試行錯誤してた扉を、向こう側から蹴り開けられたようなもんだぞ?」
「ッハ、先に進めて楽しめるなら結構なことじゃないか」
「享楽主義者め……」
なにもかも諦めたような、或いは無理矢理にでも吹っ切ろうとするようなデタラメに長い溜息を吐き出して……男は手にした【星屑の遺石】をデスクの上、先に置かれていた【聖桜の琥珀石】の隣に置いた。
「タイムリーだな……いや、今だからこそ俺のとこに持って来ただけか」
「まあね。道は拓けたけど、最高を目指すなら素直に専門家を頼るべきだろ」
それは素直な言葉のつもりだったが、言われた方は苦笑いを浮かべている。
「専門家ってか、誰もやらないから仕方なく触ってただけなんだが……」
「結果、誰より知ってるってのは事実じゃないか」
それはそうと、苦笑いはそのままに結局は頷いた。自他共に認める自信家なカグラとは異なり、微妙に自信なさげで頼りないのは身内の間では知れたこと。
そして【赫腕】こと彼の腕が、誰より信用に値するのも知れたことだ。
『残響遺物』――濃縮された根源魔力と共に、現在のアルカディア世界には存在しない過去の遺物を宿して現在に迷い込んだ稀石。
なにかに使えるだろうことはわかっていても、内に秘められた力を取り出す術が開発されないまま掃き溜められていた素材の総称。
割ろうが穴を空けようが溶かそうが、中から力を取り出そうとすれば途端に輝きを失ってしまう加工不能品。年単位の時間を掛けてなおブレイクスルーが望めず、誰もが認識を『希少品』から『用途無し』へと改めた魔工師敗北の歴史の一端。
それを半ば趣味で、半ば意地で研究し続けていた彼は、さぞ憤ったことだろう。
あろうことかシステムの手によって――遺された魔力から記憶を抽出して物質を成すという解答例を、なんの前触れもなく提示されてしまったのだから。
魔力の色を視ることが出来る魔工師であれば、過程を一度でも目にすれば理解できてしまう。【星屑の遺石】を砕くことでアイテムが生じる現象こそが、多くの職人たちが求めていた次なる技術へのキッカケだった。
未だ、ほとんどの者は気付けていない。だからこそ――
「久方ぶりに、共同製作と行こうじゃないか。手を貸しな」
これから生み出されることになる〝第一号〟は、いつの未来から、何人が顧みても恥ずかしくないものとして、打ち出されるべきなのだ。
元職人主席と現主席。最高位が二人で組めば、とりあえず役者は十全だろう。
「…………多忙だって言ったはずなんだけどなぁ」
言いつつ、口の端に浮かぶ笑みは【遊火人】のそれと鏡写し。放り捨てるようにペンをデスクに投げた男――『陽炎の工房』クランマスター【赫腕】こと【Enra】は、年寄り臭く「よっこらせ」と腰を持ち上げた。
「ま、数日のサボりくらいどうにでもなるか」
「どうにかするのは、数日後のアンタだけどね」
そうして、依頼の品を手にして歩き出したエンラにカグラが並び、
「姪っ子の〝おねがい〟を聞いてやるんだから、もっと労わってほしいねぇ。昔は『おじちゃんおじちゃん!』ってやたら懐いて可愛かったのに」
「っ……あの、そもそも『仮想世界じゃ二人きりの時でもロールプレイを徹底するように』って約束させたのそっちでしょ……! 恥ずかしいの我慢して演じてるんだから、そっちが急に解くのヤメてくれるかな……!?」
「だってお前、いつでもどこでも徹底する癖付けとかないと速攻でボロ出すのはわかり切ってたし……まあ結局、画策空しく【遊火人】カグラのキャラ崩壊芸は有名になっちまってるし、もういろいろ諦めていいかなって」
「キャラ崩壊芸とか言うなぁ……‼」
仲のいい叔父と姪っ子の職人二人は、部屋の奥にある工房へと消えて行った。
そして読者にも晒されるキャラ崩壊芸。