授業料
戦闘所要時間三十分強、酷い目に遭った。
当然の権利として初手「断じてそんな特定の〝趣味〟はない」と声を大にして主張するも、ぶっちゃけ事実とかはどうでもよく恰好のネタを弄りたかっただけなのだろう野郎三人は聞く耳を持たず。
サラサラの御髪を摘まんでチラチラと俺の方へ視線を向けてきたソラさんは可愛いものとして、謎に対抗心を燃やしたらしきニアが『あたしの髪もメッチャ見てきまーす!!!』とか余計なことをぶっぱしたゆえに祭りは加速。
最終的に俺は『年上黒髪ロング好き』のレッテルを貼られ、騒ぎには加わらずに中立を維持していたヘレナさんにも肩を震わせて笑われる始末だ。
不本意、極めて不本意である。それもこれも――
「やってくれたな、お姫様……」
朝食終わりの講義タイム朝の部、悪びれもせず澄まし顔で隣に座っているアリシア・ホワイト様の思惑通りなのか否か。
いやマジで真っ白。朝日が反射して眩しいんだけど、カーテン閉めていいか?
「変に気を遣う恥ずかしがり屋な性格は知っているけれど……私は、できればあなたに自分で気付いてほしかった」
「その仕返しって訳ですかそうですか。誓って言うけど、別にいつだか言われたように無関心って訳じゃないんだからな?」
「それは知ってる。よく見てくれるから」
言いつつ、カチリとリングを嵌めて〝変身〟して見せるアーシェ。
「あのなぁ……何度も、言ってるけど、仮想世界のアバターが基本イメージだから違和感その他で目が引っ張られるだけなんだっての……!」
言い訳ではなく、紛うことなき本心である。
ニアについても同じこと。向こうの跳ねっ毛ショートヘアとこっちのフワフワロングとで雰囲気が違い過ぎるがゆえ、気になってしまうだけなのだ。
そう、要するはギャップも――違う、俺に特定の趣味はない。
「…………」
「お、なんだその不満げな無表情は。器用な感情表現しよってからに」
問題集にペンを走らせながら横目を返せば、ジッと向けられているのは黒――ではなく、ガーネットの瞳。ヒョイヒョイ付けて外して遊ぶんじゃありません。
「趣味や性癖はともかくとして」
「こら、サラッと性癖とか言うな」
「多少の好みくらいはあるはず。どの私が好きなの?」
「素直に剛速球を投げれば何でも答えると思うなよ」
流石にというか、不必要にセンシティブな部分まで馬鹿正直に晒すつもりはない。なんと言われようが、この件について俺は黙秘を――
「報酬」
「なに?」
「臨時講師役としての報酬を要求する」
――貫かせてもらう……とかなんとか考えていたら、また妙な方向へ話が流れ始めて思わずペンの動きを止めた。
「……旅行への同行が、そもそも報酬的な感じでは? いや報酬というか、勉強合宿と思って来てくれたらいい的な流れだったよな?」
「それはあなたに大学を休む口実と建前を用意しただけ。旅行への同行は、元を正せばニアと二人きりのイベントを黙認した私への埋め合わせのはず」
「ちょっっっと、待ってくれ? なんかいろいろツッコミどころがある気がするからシンキングタイムを……」
「待たない。いいから私とニアとソラの好きなところをそれぞれ教えて、早く」
「は、なん――待て待て待て待てっ!」
おい今の一瞬でなにがあった。質問が謎の究極進化を遂げてるじゃねえかよ。
「おかしいだろなんでそうなった……! 百歩譲ってアーシェ単体ならともかく、何故に他の二人についてまで要求されなきゃいけないんだよ!」
「……私が、聞いてみたいから?」
「あざとく首を傾げた程度で俺が揺らぐと思うなよ……!」
まさにそういうところだよ――と、開き直ってぶっぱ出来るはずもなく。
なにをどうやってこの場を切り抜けるべきか思考をフル回転させる俺を他所に、アーシェはスッと目を細めて珍しい表情を見せると……。
「なら別の要求をする」
「…………ほう、聞くだけ聞こうか。言ってみたまえ」
「ソラとニアに比べて明らかにスキンシップを許されてる量が少ない件について、公平を期すための調整をこの場で――」
「オーケー、好きなところな。各々で一個ずついこうか」
お父上が言っていた。女性に男として痛いところを突かれたら、即座に白旗を振って屈することが賢明だと。でなければ最終的により多くの代償を支払う羽目になり、後悔するのは結局のところ自分であると。
繰り返しになるが、アーシェと触れ合うことを嫌がっている訳ではない。ブレーキが存在しない彼女が相手の場合、双方が止まれなくなる可能性を無視できないため避けざるを得ないのだ。
と、いうことで――――好きなところ、ねぇ……。
「あー…………まず、前提として」
「うん」
「容姿諸々に関しては、パスな。これについては三人とも、なんというか好みがどうこうって話を超越していらっしゃるので」
「…………詳しく語らなくてもいいけれど、それならそれでハッキリ言葉にして」
くっ……中々に容赦がなくあらせられる。
「だから、だな……あー、つまり、まあ、アレです」
「うん」
「個人的な好みがどうのとか、関係ないレベルで、それぞれ魅力的といいますか」
「うん」
「ソラは……えー、とにかくメチャクチャ可愛いし? ニアも綺麗だったり可愛かったりでシンドイし? アーシェについては、その、だなぁ……」
「うん」
「……き、綺麗すぎて、未だに直視がしづらかったりするレベルなわけで」
「うん」
頷く度に声音の機嫌が良くなっていらっしゃるのは誠に結構だが、俺はもう首から上どころか全身が灼熱で勉強どころじゃねえよ。
本当に、今更過ぎるだろ。三人とも呆れるほどの美人揃いだって話は。散々褒めてもらってはいるものの、未だに容姿で釣り合いが取れるとは思っちゃいないぞ。
「その、はい。そういう訳です。ご満足いただけたか?」
「ん――それじゃあ、次。容姿以外の部分について」
「あぁ、うん、はい……」
今ので誤魔化されてくれて終わり、だと有難かったんだけどなぁ……。
「じゃあ、そうだな…………まずソラだけど」
結局、こうなればどうあっても逃げられまい。もう散々に心を見透かされたアーシェが相手だ、恥の一つや二つ今更と思って諦めるとしよう。
……果たして、俺の心は保つのだろうか?
なぜ切ったか分かるね?
それはもう、長くなるからですよ。