二連撃
「――――ちょっっっっっと、待て。落ち着け??? ここは現実だぞ大丈夫か」
「落ち着くのは君の方だよ。気持ちはわかるが」
当然というかテンパった俺に囲炉裏からテンション低めのツッコミが飛んでくるが、こんなんビビって当たり前だろなんでお前ら皆そんな冷静なのよ。
いや、よくよく見るとソラとニアは目を真ん丸に見開いている。話の流れは理解しちゃいたが、まさかアーシェの〝変装〟とやらが魔法の如き非現実的なビックリアイテムによるものだとは思っていなかったのだろう。
え、そういうことだよな? 今のアレ、アーシェが外してみせた謎ブレスレットがキーアイテムってことでいいんだよな?
「いやなにそれ完全に魔法では? 唐突なガチファンタジー……!?」
「あぁー……一昨年を思い出すなぁ」
「俺たちは三年前かな。まあ似たような反応したよね」
「流石に常識外れが過ぎますから、ね」
と、ゴッサンから続きユニとヘレナさんは俺たち……主に俺の反応を見て極めて冷静かつ穏やかな反応。囲炉裏を含め、ここまで知っていたと見てよさそうだ。
つまり、彼らは既に呑み込んでいるという訳で。
「あー…………………………――――説明、求む」
「ん」
言わずとも、落ち着き次第そのつもりだったのだろう。
真白になったアーシェ――もう完全に〝異国のお姫様〟というか〝別世界のお姫様〟になってしまった彼女は、いつもの無表情で当然とばかり頷いた。
「まず前提として、オカルトが混じっている可能性は否定しない。肯定する訳でもないけれど、技術の詳細と正体が全くの未知である以上、ハルが言うように『ファンタジー』な代物であることは間違いない」
「技術……ではあるんだ?」
技術は技術でも魔法技術、という意味ではないだろう。アーシェに限って、こういった場面でそういった言葉遊びはしない。
その意味合いは話の流れ的に、魔法のような科学技術であるはずだ。
「AR――『拡張現実』に類する人工物よ」
「二次元ファンタジーでお馴染みの単語ぉぅ……」
確かに、簡単にアイテムと称すよりもしっくりは来るが……。
「原理は不明。けれどやっていることはわかってる」
言いつつ、アーシェがカチリと再びブレスレットを左手に嵌める。次の瞬間、先程の逆再生で髪と瞳の色が黒へと変わった。
「このリングを基点にして、謎の力場が身体を丸ごと覆う。すると、私の髪の毛一本に至るまでが〝スクリーン〟になるみたい」
「で、色を変えるくらいは朝飯前ってか……? それにしたって、ムチャクチャ過ぎだろ。恥ずかしながら、これまでマジで違和感の一つも覚えなかったぞ」
「……一ヶ月。誰よりもずっと近くで見せていたあなたに看破されなかった分、変装の信頼度が前より上がったかもしれない」
前から信頼はしていたけれど――と、小さく笑みを浮かべたアーシェが良からぬ流れを作り出しそうだったので、わざとらしく咳払いでカット。
容赦のない距離の近さを仄めかした瞬間、ニアからジト目が飛んできたゆえ。
「して、出どころは?」
「『四谷開発』――――……だと、思ってる」
はて、ここに来て歯切れが悪い。
「正確には、これは私の家族から渡された物。匿名の誰かからの贈り物として」
「えぇ、胡散臭…………とは、言えないのか……?」
聞くに、彼女の実家であるホワイトってのは大した家系なのだろう。一族郎党アーシェの同類……なのかはわからないが、似たような人間の集いではあるらしい。
そんな一族が外部から受け取り、匿名でもなお肉親へ受け渡す代物。つまり、アーシェの手に渡されたという時点である種のセキュリティは突破しているはずだ。
「だけど、名前を伏せてもほとんど意味なんかない。こんなものを造れる存在は、誰が考えたって今の世界に一つだけ」
「【Arcadia】を造ったとこだもんなぁ……」
VRとAR――『仮想現実』と『拡張現実』とでジャンルの違いはあれど、現代のオーバーテクノロジーには変わりない。どちらも詳しい原理は不明、及ぼす現象はファンタジーとくれば、もうほぼほぼ同一存在みたいなものだ。
チラと、横目に隣の相棒を見やる。
この場で言えば俺とアーシェを除き【ソラ】としか名乗っていない四谷の御令嬢は、実家が抱える謎部分に触れられてソワソワとしていらっしゃる。
ソラ自身が『四谷開発』としての家をどう思っているのかとか、その辺のことは未だに話してないんだよなぁ……なんとなく、まだ聞いてほしくなさそうな気配を感じるものだから。
――さておき、とにかく。
「なるほど、わかった。そう言われりゃ確かに〝理解できない前例〟は身近にあるもんな。ソレとアレ、どっちが在り得ないかって聞かれたら……」
まだ、髪と瞳の色をサッと変えてしまえるくらいの方が現実味がある。
「トータルで考えれば、断然【Arcadia】の方がやってることは頭おかしいからね。ヴァーチャルリアリティだの、体感時間加速技術だの」
「おっさんの目からすりゃ、どっちも単なる魔法だからなぁ」
ユニとゴッサンの言は、どちらも素直に頷けるもの。おっさんとか関係なく、青少年の目から見てもバリバリ二次元の存在だよ。
「そういう訳で、出どころは一応不明。けれど、これがなければ私はまともに外も歩けないはずだから……とてもありがたい。どこかの誰かには感謝してる」
実感を込めるように、日頃の労いを示すように。優しく表面を撫でてからまたカチリと音を鳴らしてリングを外すと、アーシェの髪色は再び白へ。
窓から差し込む日差しが反射して、冗談みたいに目が眩む。
まあ、そうか。この姿をリアルで晒しているというのなら、真逆の髪色になるだけでも相当数の目を欺けるだろう。顔は同じとはいえ、そこも小道具で補ってしまえば残るのは人間離れした美貌という共通点だけだ。
いやドデカい共通点だな??? その辺もアーシェのことだから、俺が心配するまでもなく上手くやっているんだろうけどさ。
「贈られてきたってのは、いつ頃の話だ?」
「第一回目の『四柱戦争』直後――つまり、初めてアルカディアに『序列』が刻まれた日の数日後。当時の……ごたごたに収拾を付けるために、私がホワイトの名前を含めてリアル側での露出を決めた当日のこと」
「怖過ぎ」
意図も何もわからんし、そういうとこだぞ『四谷開発』――――正しくは、表側で四谷を背負う徹吾氏の裏にいる『神様』とやら。
ともあれ、一応の納得はできたか。あれこれツッコミを入れ始めたら、それこそ【Arcadia】にだって無限のツッコミどころがある訳だからな。
なんだよ完全な仮想世界って、現代の技術力に異次元から蹴り入れてくるなと。
「――あ、まとまったところで先に進んでいい?」
と、俺が無理矢理にでも呑み込んだのを見とめたのだろう。やたら無邪気なモーションで手を上げたユニが不明瞭なことを言い出した。
はて、先とはなんぞや。
「アイリス、さっき『理由の半分は』って言ったじゃん? ハルに隠してたもう半分の理由って、聞いてもいいやつ?」
「あぁー……それな」
確かに言ってた――そう思い色んな意味で眩しくなってるアーシェの方へ視線を戻せば、中々の非現実爆弾を投下したばかりの彼女はいつも通りの澄まし顔。
しかしながら、最近その無表情の内を僅かながら読み取れるようになってきた俺にはわかる。おいコラお姫様、なぜ俺を見て悪戯っぽい雰囲気を醸した。
「ん……もう半分は」
「ちょ、スト――――」
嫌な予感がして咄嗟に静止の声を上げかけるも、時すでに遅し。
「――黒髪の方が、ハルがよく視線を向けてくれるから……好きなのかな、って」
「――――――」
「え」
「っ!!!!!!!!!!」
まさかの追加爆弾に時を止める俺、
思わずといった具合に声音を零すソラさん、
そしてガタリと椅子を鳴らして慄くニアちゃん。落ち着け、座ってろ。
「ははぁーん?」
「へぇー?」
「ほう?」
「……………………ふ、ふふっ」
そして男三人衆のニヤつきからの、耐え切れなかった様子で貞淑な笑みを披露してくれたヘレナさんでトドメだ。
まあ、そうだな。言いたいことは多々あるが、とりあえずのところ――
「…………ち、違くて、だな」
まずは言い訳から、始めるべきだろう。
なにが違うと言うのかね。
【アーシェのブレスレット】――おおよそ本編で彼女が語った通りの代物で、完全な『拡張現実』投影機能を備えた匿名の誰かさん謹製の一品。装着者の体表を誤差0.00000……1秒未満のリアルタイム追尾で完璧にカバーして演算を行い、本来の姿にピタリと重ねて虚像を映し出す。至近で注意深く観察しようと、万一触れて確かめようとも人間の目には看破不能。更にアーシェ含むホワイト家も把握していない機能として『装着者が変装を明かす意思のない者』に対して無差別の認識偽装効果を発しており、これは人間含む生物の目に止まらずカメラなど機械の目さえも欺き別人として姿を映させる。ので、知らず彼女は〝おでかけ〟の際に帽子や眼鏡などで追加変装を行っているが、ブレスレットひとつで完全お忍びが可能。
すごいね。
もっと詳しく知りたい?
おそらく数万字を超える設定説明書が爆誕するので勘弁してください。