朝マズメ
「――――……っくしゅ!」
「あ??? なんだそのあざといクシャミはイケメン貴様」
「っ……うるさいな。君、それもう反射で煽ってるだろ」
「まあ」
「まあじゃないんだよ。変な慣れ方をするんじゃない――ところで、引いてるぞ」
「おっとマジか……あーらよっと!」
キリキリキリとリールを巻き、至近で魚影を見つけてヒョイと竿を上げる。
そうして現れたのは派手に飛沫を上げる大物――ではなく、十五センチ強程度ですらっとしたサイズ感のスマートフィッシュだ。
「おーおービチビチしてらぁ。ってことでゴッサン頼んだ」
「おう任せろ!」
針外しのスキルなんざ持ち合わせちゃいないので、釣れたら後はお父さんに丸投げ。面倒な顔一つせず、再度の仕掛け作りまで嬉々として請け負ってくれる様は完全にやりたがりオジサンである。
「ちっこいのばっかでも、楽しいもんだな」
「だろう? こいつらは味も良いからな、釣った後もお楽しみだぜ」
大きな手で器用に針を外され、ボチャンとバケツに放られたのは白鱚ことキス。既に中で泳いでいた四匹と併せてこれで五匹目、素人の目には既に中々の釣果。
現在時刻は朝五時――休日お父さんスタイルを気取ってか半袖短パンの元気おじさんに叩き起こされ、引き摺って連れてこられた甲斐はあったというものだ。
浜釣りとか生まれて初めてやったわ。ビーチで釣りって出来るんだな。
「一応ここは、ちょいと奥まで投げればシーバスなんかもいるんだがよ。初心者ならキス釣りがいいだろ、マズメなら大体は釣れるしな」
「シーバスとは」
「お、知らねえか。アレだ、スズキのこった。釣り人はそうやって呼ぶんだとよ。引きが強くて面白れぇぞう?」
「はえー」
なぜそうも過度にウッキウキで説明をするのかと。さてはあれか、物知りめいて知識を披露しているが割と聞きかじりのパターンだな?
覚えたこと言いたがりおじさんめ。楽しいは楽しいけどクッッッッッソ眠いんだよこちとら、せめて昨日の内に予告しといてくれよと。
「囲炉裏、マズメってなんだ」
「なんで俺に聞くんだ、知る訳ないだろう」
で、隣で糸を垂らしているコイツも元気ハツラツ総大将殿の犠牲者。軽口を叩き合って互いの意識を刺激しているものの、俺と同じく寝不足気味なのか爽やかイケメンフェイスもしょぼしょぼである。
リールを握っているのは左手。例の事故の後遺症は大丈夫なのかと問うたら、なぜか鼻で笑われたので心配なんてしてやらんぞ。
本当に心配いらん程度に快復してるなら、めでたいことだけどさ。
「ったく、いつまで眠てぇ顔してんだお前さんら。二人揃って旅行初日から夜更かしでもしてたのか?」
「「いろいろあったんだよ……」」
主にアーシェの戯れに振り回されて――というのは呑み込みつつ適当にはぐらかせば、一言一句を謎にハモって顔を見合わせる。
「イケメンが台無しだぞ、ちゃんと寝ろよブロンド侍――ゴッサン」
「おう任せろ!」
「そっちこそ、お茶らけた笑顔が曇ってるぞ大道芸人」
「誰が大道芸人だコラ。そこまでお茶らけてねえわ」
「君もいい加減にブロンド侍ってのやめたらどうだ。シンプルに悪口だろソレ」
「えぇ……じゃあ剣聖様大好き侍」
「なにか言ったか剣聖様大好き弟子」
「語呂わっる。俺の勝ちだな――ゴッサン」
「おう任せろ」
「一体なんの勝負なんだ……剣聖様といえば、先生から『不調ではないけど不調』だとかの近況報告を受けたぞ。むしろ君は好調な時があるのか?」
「なんで毎度毎度、地味に俺の情報をやり取りしてるの? お前もういさん一派で俺の保護者なの?」
「メッセージを下さるんだよ。気に掛けられてるんだろう、伏して光栄に思え」
「いや、そりゃ光栄だけどさ……――ゴッサン」
「おう任せ」
「――――おい、なんで同じ仕掛け同じポイントで糸を垂らしてるのに君ばかり釣れてるんだ。流石におかしいだろ……!」
そんなことを言われましても――と思いつつそれぞれのバケツをチラと覗けば、魚が入っているのは俺のだけ。ブロンド侍こと剣聖様大好き侍は迫真の坊主であり、ゴッサンはそもそも無限に俺たちを構っているため竿を振ってすらいない。
釣り糸を伝って餌から滲み出てんじゃねえの、イケメンの圧が。
「まあ、坊主侍はさておき」
「次それを言ったら膾にしてやる」
「キスの膾って美味いのかなぁ……」
安売りの殺気を受け流しつつ、イスティアの序列持ち男児三人組ということで適当に浮かんだ話題をチョイス。なお男性陣全員に声を掛けたようだが、俺たち同様に叩き起こされたユニは笑顔で「おやすみ」と言って扉を閉めたらしい。
「まだ先の話だけどさぁ……二ヶ月後の四柱あるじゃん?」
「あるな」
「おう、それがどうした?」
「四柱ってか、その前の選抜戦についてなんだけど……」
と、そこで俺の提示した話題を察したのだろう。共に「あー」と声を上げた二人は、揃いも揃ってニヤリと口角を上げ――
「ある意味、序列持ちとして公の初仕事だぁな。しっかり魅せんだぞ曲芸師」
「うっかり事故って無様に死んでみろ。ピーキーなアバタービルドだろうがなんだろうが、世間と俺からいい笑いものにされて終わりだぞ」
「ゴッサンはともかく笑ってんじゃねえよ先輩、後輩を労われ」
前回は正真正銘の挑む側だったが、次回はかつての俺が相対した【護刀】のように選抜本戦出場者の前に立ちはだかる必要がある訳で。
「俺、対人は基本的にひたすら全力で勢いを押し付けるスタイルなんだけど……受け身で相手を立てつつそれっぽく魅せプとか出来んのだろうか」
「出来るのか、じゃなくてやるんだよ。先生に恥をかかせたら輪切りにするぞ」
「お前もそろそろソレを俺に対する最高の脅し文句として使うのやめろ?」
普通に効くし震えてくるんだよ、勘弁してくれ。
「ま、心配すんな。時期が近付いたら毎度のこと、身内で組み手をやりつつ立ち回りを考えたりするからよ。先輩と相談して調整すりゃいい」
「それならまあ……」
「まだ時間もある。暇に飽かさず腕も磨いておけよ」
「それは当然」
アドバイスを貰いながら、その時にまた改めて悩めば済む話か――と、選抜戦といえば前回は中途で離れてしまったがゆえ、知らぬ疑問点がもう一つ。
「選抜本戦ってトーナメント式だし、普通に序列持ち同士でぶつかったりするよな。その時はどうするんだ? ガチでやり合うのか、魅せ場に寄せるのか」
どちらにしても難しそうだと思いながら問いを重ねれば……なにやら、意味深な笑みを浮かべるブロンド侍こと剣聖様大好き侍こと坊主侍が一人。
「両方だ。全力で魅せながら全力で殴り合う」
釣れてもいないくせに竿を持って佇む様が死ぬほどキマっている囲炉裏こと現【無双】――元【護刀】は、気取ったような笑みを浮かべると、
「だから……しっかり登って来いよ後輩。リベンジマッチ、するんだろ」
そう堂々と宣いながら、キリキリとリールを巻いて軽快に竿を上げる。
針の先には、餌も魚も付いていなかった。
イケメンだって釣れない時くらいある。