一方その頃:Part.1
「――――…………えっと……どうしたの、それ?」
「旅行に声を掛けてもらえなかったことを拗ねてる」
「あー……」
「拗ねてないもーーーーーん!!!!!」
稀の徹夜から朝一番。珍しいが過ぎる喚び出しを食らって集会場に顔を出してみれば、わかりやすく表情を不機嫌に染めて円卓で頬を潰している先輩が一人。
極めて面倒臭そうな空気に極めて面倒臭そうな顔を隠すこともなくテトラが問えば、その推定爆弾の傍らで澄まし顔の相方から簡潔な答えをいただいた。
そして、秒で納得すれば更に瞬時の否定が飛んでくる。
膨らませたり潰したりと頬をモチモチさせている様子からして、その言葉は一切の説得力を持ち得ていないのだが――
「失礼だね誰が拗ねてますか誰が。別に? 全く? イロリンもお兄さんも、なーんも言わずに旅立って行ったとか? 唯一『ちょっくら行ってくるわー』とか超適当な一言だけ投げ付けてきたゴッサンも当日朝の置き手紙だったとか? 別にぜんっっっぜんイラっても怒っても拗ねてもおりませんがー???」
「ガチギレじゃん……」
といった具合に、そもそもフリすらする気がないらしい。つまるところ、完全なる『面白くないから構え』状態である。
重ねて、極めて面倒臭い。徹夜明けでなくとも死ぬほど鬱陶しい案件だ。
「……僕は大して知らないけど、毎年のことでしょ? 行きたかったなら事前に囲炉裏先輩にでも言っときゃよかったじゃ――」
「それ禁句」
「っはぁー!!! なぁんであたしからイロリンに『つれてってぇ♡』とか媚びなきゃいかんのだね! 男子の方から誘いたまえ男子の方からぁ!!!」
赤色娘、バンバンバンと円卓を連打。
「バチギレじゃん……」
というか、そもそもの話。
「誘われたとして、先輩たち行けるの?」
この二人――『東の双翼』ことミィナ&リィナは、自由を謳歌している仮想世界はともかく現実側のスケジュールを空けられるのだろうか。
と、単純思考で疑問を問えば、思った通りリィナの方がこくりと頷き、
「ダメ。行き帰り含めて二日が精々」
「途中で帰るとか惨め過ぎて絶対に御免なんですけど!!!」
「じゃ無理じゃん。大人しく諦めなって」
静かな声音に続いた、もはや怒りなんだかヤケクソなんだか判断も付かない元気な声にガリガリと精神力を削られていく。
冗談抜きで、徹夜明けの朝日よりも刺さる。もうログアウトしていいだろうか。
「なんだよテト君つめたいなー! かわいいかわいい先輩がこんなにも傷心しているというのに、もっと丁寧かつ献身的に慰めてくれてもいいじゃん!!!」
「傷心してんじゃん、拗ねてんじゃん。もういいから毎晩電話でもして本人に謝ったり慰めたりしてもらえばいいんじゃないの」
「それはもう昨日やってた」
「あぁ……うん…………え、なんでリィナ先輩が知ってんの」
「苦情のメールが私の方に来たから」
「なんだかんだ世話焼きな囲炉裏先輩が苦情を寄越すって、どんだけ電話越しで暴れ散らかしたのさ……」
いよいよもって付き合い切れない。怒っているように見せかけて……いや、実際怒ってはいるのだろうが、その実もう既にイチャついた後とか勘弁してほしい。
「徹夜明けなんだけど、もう寝ていい?」
「うん。放っといて大丈夫」
「なんだよもー! テト君だって置いてかれた組じゃん優しくしてよー!」
「置いてかれた組とか言うな。僕は誘われたって行かないからね」
迫真の構ってオーラをスルーしつつ、片方の了承を得られた傍からシステムウィンドウをカタカタ叩きログアウトシーケンスを起動した。
「ちぇー……男子は年下も年上もこれだから」
「おやすみなさい」
見送りの声は、殊更に拗ねたものと淡々としたものが一つずつ。
ゆうて、別に先輩の愚痴に付き合うこと自体は構わないし、無為にグダグダと時間を潰すことも吝かではないのだが――
「じゃあね、お疲れ」
とりあえずは、寝て起きた後にしていただきたい。
拗ね顔もちもちミィナちゃん。