気心知れた二人ずつ
「――――よう、調子はどうだ?」
「こっちの台詞だよ。ついさっきまでへべれけだった癖に」
コツコツと響いたノックに声を返せば、部屋へ入って来たのは相も変わらず存在感が強過ぎる偉躰。身長的には大して変わらないというのに、つい見上げそうになるほど大きな身体は未だ『老い』とは無縁に見える。
現実で会うのは去年に続いて二度目。しかしながら二年に亘る仮想世界での交流もあって、今更緊張などしたりする間柄でもない。
ベッドに腰掛けスマホを弄っていた囲炉裏が椅子を勧めれば、適当に横目をくれる程度の扱いにゴルドウも気にした風はなかった。
「相変わらず、強いのか弱いのかよくわからないな」
「一番楽しめるタイプだぜ? バッチリ酔えて、回復は速攻ってな」
「身体を労われよ、もう若くないって自分で言ってることだろうに。また後輩の前で娘に説教されて、威厳を失っても知らないぞ」
「もう今更じゃねえか?」
「この辺で留めておけって言ってるんだよ、総大将」
歳の離れた相手との、気安い会話。
今でこそ嫌いではないこの空気も、初めの頃は甚く戸惑ったものだ。現実世界の『道場』では年長者は例外なく敬うべきものであったため、どうにも年上に対して気安い態度を取るということが難しかったから。
どちらが良いという話ではなく、単に環境の差異という問題。
「いやぁ、六月は流石にまだまだ涼しいな。過ごしやすくて結構なこった」
「腹を出して寝て、風邪を引くなよ」
「……囲炉裏、お前さん日に日に口煩くなってねえか?」
「さて、あれこれ言わせる存在が増えたからかもな」
そう言えば、ニヤリと浮かんだ意地の悪い笑みを見て『失敗した』と胸の内で溜息を一つ。流石に自分も、旅行の風にあてられて口が軽くなっているようだ。
「本当に、結構なこった」
「……そっちこそ、日に日に年寄りくさい弄りが増えてるぞ」
まあ、別に――
「で? お前さんの目から見て、最近のアイツはどうよ」
「どうもこうもない。無限に生意気で未熟な後輩のままだよ」
「くっ……カッカ! 『至高』に認められ『最強』と引き分けて『白座』討滅の鍵になって、今や世界中から注目と称賛を浴びる奴をスッパリいくねぇ」
「別に、不当な評価を下しているつもりはないぞ」
「わぁってるよ。お前さんの目には、そんだけまだまだ伸びしろが見えるってこったろ――まだ仮想世界に入って三ヶ月だもんなぁ、つくづくバケモンだぜ」
「まあそれにしても、貴方は過大評価している気があると思うが」
「そうかぁ? ま、期待を向けまくっちまってる自覚はあるけどよ」
「潰れない程度に、手加減してやれよ」
「お優しい先輩に恵まれて、ハルのやつぁ幸せもんだな」
「……だから、一々ニヤニヤ笑って揶揄うなと言ってるんだ」
――たまにはこうして、歳が離れた男同士。
風にあてられるまま、素直な会話を交わすのも悪くはない。
◇◆◇◆◇
「お、夜食でも御所望かな?」
「生憎、誰かさんのパーティコースでお腹は一杯です。お茶をいただけますか」
パーティを終え、片付けを終え、暫し部屋で休めば意気の充填はあっという間。当たり前のように厨房へ舞い戻った自分自身も――そして数分後に顔を出した〝同志〟も、今更に呆れの感情を抱いたりはしない。
現実仮想問わず、もう三年の付き合い。互いに慣れたものだ。
「オーケー。アイス or ホット」
「ではホットで」
「今年は涼しいね」
「まだ辛うじて初夏ですから。むしろ身体を冷やさないように、気を付けないといけないかもしれません」
言いつつチラと視線を上に向けたのは、おそらくそういうことだろう。相も変わらず、微笑ましくなるほど家族仲は良好らしい。
「はは、お腹出して寝て風邪引くとか普通にありそー」
「……一応、夜中にそっと確認しておきましょう」
「手の掛かるお父さんを持つと大変だ」
なんて、失礼なことを宣えるのも一定の信頼があってこそ。言外の『楽しそうで羨ましい』という言葉が伝わっているかどうかなど、心配は不要だ。
――と、会話を楽しみつつオーダーを全うするため、戸棚の中を引っ掻き回すこと暫く。呆れるほどに多種多様な茶葉の中から適当なものを見繕い、温めておいたティーポットに湯を注いでいく。
そして注ぎ終わり、茶葉が開いていく様子を眺めた後に顔を上げれば、
「…………はは」
「ふふ……」
互いに似たような顔をしていることに気付いて、視線が交わった途端にユニとヘレナは気の抜けた笑みを零す。
「……安心したね」
「えぇ、本当に」
「もちろん、彗星の如く現れた新人に掻っ攫われた悔しさがないでもないけど」
「えぇ、本当に」
「それでも、良かった。ゲームは一緒に楽しめる相手がいてこそだから」
「……えぇ、本当に」
今日だけ、たった数時間の間だけで、どれだけ〝彼女〟の気が抜けた表情を目にしたことだろう。思い返せば、頬が緩むのを止められない。
その姿に、その剣に、その在り方に魅せられた者として。
「報われたね、必死になって次席に食らいついてきた俺も。隣で支え続けてきた右腕も――ようやく、肩の荷が下りたって感じだ」
「言えませんけどね。勝手に惚れ込んで、勝手に身を捧げていただけですから」
「いいじゃん。こっちの胸中なんて全部バレてるよ、ありがたいことにね」
だから、彼女は自分たちに何度もそれを口にする。
変わった今も、変われずにいた過去も、何度も何度も――ありがとう、と。
そんなもの、こちらの台詞だというのに。
現代で『お姫様に尽くす騎士』なんて冗談のような役柄を経験できたのだ。力及ばずとも、悩みながら全力で。彼女に出会うまで飄々と浪費していた人生と比べ、それがどれほど鮮烈な彩となったのかなど、言うまでもない。
得難い経験と、熱と、色をもらった。
三年を掛けて同じく積み上げてきた無力感その他の〝苦〟など、今の晴れ晴れとした感情を前に綺麗サッパリ消えてしまったかのようだ。
無駄ではなかった。今に辿り着けたことを、堂々と誇ろうと思う。
「改めて乾杯しよっか、お茶だけど」
「慎ましくて、それもいいでしょう。脇役らしいです」
勝手に二つ用意したカップにハーブティーを注ぎ、片方をヘレナに渡す。そうして杯を交わすでもなく、それぞれ軽く持ち上げるだけの慎ましい乾杯を経て――
「……………………なんだろね、これ」
「……さあ、口にしたことのない味ですね」
適当に選んだ名も知らぬ茶葉の不思議な味に、二人揃って首を傾げていた。
エモ味。