つづき
初日の宴は、思いのほかアッサリと幕を閉じた。
別荘までの行程も慮ってか、明日以降に疲れを引き摺らないようにとアーシェからのお開き宣言は開始から二時間程度で。良い子のニアちゃんを筆頭にチラホラ眠そうな顔もあったため、まあいいタイミングだっただろう。
俺もなんだかんだで、そこそこ疲れ気味だったのでね。
多少なり体力に自信はあれど、それはあくまで一般基準にして現実世界基準。仮想世界で身に付けたアバターのタフネスまでは、リアルに反映されないゆえ。
ま、そこそこの疲労は仕方なし。女子三人の顔合わせ立ち合いに、長時間の車移動。秘密基地めいた別荘にテンションを上げたり、勉強したり、探険したり、料理したり、四人も現実での知り合いを増やしたり――
それに加えて、いつものように心を乱されまくったりと……今日もそこそこ、あれやこれやとイベントに満ちた一日には違いなかったから。
「……っは」
今日でそこそこ止まりという事実に、最近の俺はどんだけ波乱に満ちた人生を送ってんだよとベッドに倒れ込みつつ呆れ笑いを放り出した。
本日解散の号令を受けた後。ソラとユニ、それから俺の三人を主に八人全員で賑やかな片付け大会を終えたのは暫し前のこと。
特に厨房に慣れている感じなのは大なり小なり本日調理を行った面子のみだったようだが、そこはほぼ全員〝しごでき〟オーラが半端ない序列持ち各位。
仮想世界での戦闘もかくやといった勢いでアドリブ連携を繋ぎ、パーティ後の億劫な後片付けも疾風の如く瞬殺――いやはや、誰も彼も優秀な人材の集団ってのは各方面に無敵感がヤバくて笑えてくるね。
なお、機嫌良くアルコールを飲み進めてグデングデンになっていたゴッサンは除くものとするため実質七人。全く構わないので、気にせず存分に日頃の苦労を癒していただきたいものだ。おつかれ我らが総大将殿。
んで、現在時刻は夜九時手前。自室に戻ってゲストルーム備え付けのシャワーで汗を流し、ラフな格好で寝床に転がれば当然襲い来るのは睡魔の波。
正直、もうこのまま今日にサヨナラしてしまいたい誘惑に駆られるが……。
――――続きは夜に。
「うーん…………」
残ってんだよなぁ、なにがどうなるやらと一番に危惧していたタスクが。
夜、二人きり、お勉強。なんというかもうなんというかなワードセットだが、相手が相手だけに警戒の必要性を一笑に付すことができないでいる。
ただでさえ旅行に際して普段の四割増し攻め気が強いアイリスが、果たして次はどんな豪速突撃を敢行してくるのやら――
「…………………………うーん」
考えることが多くて、ついつい眠気に身を委ねてしまいたくなる。
仮眠くらいなら問題なかろうか。ノックがあれば起きられるだろうか……と、端から「夜の部は中止で」と日和る選択肢を取ろうと思えない俺は、
――――キミはよくやってるよ。
誰かに褒められるような俺で、在れているのだろうか。
◇◆◇◆◇
「――――――っ……!」
脈絡もなく、一気に意識が浮上した。
不意の眠りから飛び起きた瞬間というのは、得てして混乱が強いもの。ついでに身体の調子から意外と大体の時間経過を察せたりもするので、後の予定なんかを覚えている場合には特大の焦燥感もセットで襲ってくる。
おそらくだが、ザックリ一時間程度は寝ていたのではなかろうか。部屋を満たしている暗闇を見るに、朝まで寝過ごすという暴挙は回避できたようだが……既にアーシェが訪ねて来ていれば、ノックをスルーしてしまったことになる。
だとすれば申し訳ない。教えを乞うている立場として、確認がてら一度とりあえず出向いた方が良かろう――と、違和感。
別にマジ寝するつもりがなかった俺、部屋の電気を消した記憶がないんだが。
てなわけで……。
「………………」
半身を起こした体勢のまま、首を回せば――――あぁ、ハイ、なるほどね。
侵入者、発見である。
「……約束を放って爆睡かましかけた罪を謝ればいいのか、パーソナルスペース侵入の罪を叱ればいいのか悩み所だな」
「相殺、ということにしておいて」
寝惚けていなければ、ベッドのクッションが片側だけ俺以外の重みで微かに沈んでいることに気付いていただろう。枕元に腰を下ろしていた侵入者ことアーシェは、悪戯っぽく笑みを浮かべて返した。
「悪い、油断した」
「気にしないでいい。疲れてるだろうとは思ってた」
それでも一応、ノックをスルーしたであろう件には謝りを入れておく。いつ頃に来たのかは不明だが、叩き起こさず照明を消して寝かせておいてくれた優しさにも一応の感謝……と、そっちは寝顔観察の罪で相殺かな。
あまり考えないようにしよう、超恥ずかしいから。
さておき――
「え、と……どうしよう。今からでも頼めるか?」
意図せずの仮眠を経て体力ゲージは無事微増。サッパリ疲れが消えたとまでは言わないが、コンディション的には割と余裕。
ということで、お伺いを立ててみるが……アーシェは首を横に振った。
「今日は、講師役はお仕舞い。言ったように疲れてるだろうと思っていたから、元々そのつもりで声を掛けに来たの」
「あー……そっ、か」
「心配しなくても大丈夫。これも言ったように、残りの日程でしっかりと教えてあげるから焦る必要はない。私に任せて」
いやはや、頼もし過ぎて涙が出るね。勉強を見てもらっている時も、アーシェは「厳しく優しく」なんて言っていたが結局のところ優しいだけだったし。
厳しくせずとも爆速で教え子を導いてくれる、理想のような講師さまである。
「じゃ、まあそれは本当に焦らずお任せするとして…………とりあえず、いつから忍び込んで寝顔観察なんて大罪を犯していたのか白状してもらおうか?」
「ん……一時間くらい、前?」
「おい推定寝落ち時刻ジャストじゃねえか。まだ眠り浅かっただろ起きろや俺も」
言いつつ枕元に転がっていたスマホを叩けば、点灯した液晶に表示された時刻はほぼほぼ体内時計通りの並び。
三千六百秒前後も俺のツラを眺め続けるの、流石に暇だったのでは?
「可愛い寝顔だった」
「待て、感想は聞いてない」
「あなたは表情の幅がズルいと思うの。落ち着いた様子の時は年齢よりも大人びて見えるのに、無邪気に楽しんでいる時や気を抜いている時なんかは、年齢よりもずっと子供らしくて……とても可愛い」
「わかった俺を今ここで亡き者にする気だな貴様……!」
そういうの、真向から本人に叩き付けちゃいけないやつ。疾く鎮まり給え。
「ギャップで言えばお前だって大概だぞお姫様。実を言えば、未だに四柱で斬り合った時のこと〝恐怖体験〟として夢に見るんだからな! それが現実じゃ別の意味で手も足も出ない俺特効素直爆弾になりやがって――」
「四柱……あなたも、あんなに笑ってたのに」
「男子なんてチャンバラ中は大なり小なり人格変わるもんなの! 思い返せば我ながらハテナしかねえっつの、なにをどうやって俺は【剣ノ女王】と真っ向から斬り合ったんだよ再現性皆無だろマジで……」
「ふふ……今のあなたは、可愛い方ね」
「んがぁ……っ、男に可愛い可愛いと……!」
そりゃあ年齢的にも年下男子だし、人生経験的にも俺とアーシェじゃ大人と子供ほどの違いがあったとして驚かないが――嬉しい嬉しくないとはまた別のところで、女子に『かわいい』と評されるとモニョるんだよ男ってやつは。
少なくとも俺は、居たたまれないという意味合いでなぁ!
長い夜の始まり始まり。