混ぜたら和平
「あぁーわかるわぁ。いちいち不必要にアクロバティックな動きしがちなのわかるわぁ、軽戦士あるある……――あ、こっち水にさらしとくぞ」
「うん、よろしく――といっても、誰も彼もキミほどじゃないからね? あんな風に縦にも横にもグルングルン回転しといて、よくまあ目を回さないもんだよ」
「いやまあ、俺の無駄回転は実のところ無駄行為ではないというか周囲把握の必要ムーブで……――その辺のやつ、全部冷蔵庫でいいか?」
「あぁ、仕舞っといてくれるかな――というか、あれだけ変態機動しながら周りを見てはいるんだね。思考加速も無しによくやるよ本当」
「思考加速スキルなら最近入手したんだよなぁ」
「っはぁ? 嘘でしょ? え、始めてから何ヶ月目だっけ」
「えー、と……三ヶ月強――は? まだ三ヶ月しか経ってないってマジ?」
「驚くのはこっちなんだよなぁ。取得に年単位で掛かるはずのエンドスキルを意味不明な速度で取得するのヤメてくれる?」
「そう申されましても……あ、悪い。空いてたボウルならさっき片付けた」
「おっと、気が利くね。大丈夫だよ――そうだ。これも聞きたかったんだけど、キミ壁走り系のスキルもなしにウォールランしてるってマジ?」
「かべばしりけいのすきる」
「オッケーいい加減にしようか。AGI補正だけでアレやってんの本格的に意味がわからないね。足滑らせたりしないの果てしなく謎なんだけど」
「いや、ちょっと待て。不安定な足場での跳躍補助的なアレコレなら多分持ってるぞ。これも所謂ウォールラン補助スキルになるだろ」
「そんなの軽戦士なら誰でも持ってるんだよなぁ。俺が言ってるのは重力操作系の《スティッキング・ウォーク》派生とかその辺のスキルのことだよ」
「すてぃっきんぐうぉーく」
「…………あーはいはい曲芸師。やっぱハルは軽戦士じゃなくて曲芸師だね、システムの命名がこれほど的を射ていると思ったことはないよ」
「ほ、褒められてる気がしねぇ……じゃあなに、そのスティッキングなんちゃらは一体どうすれば取得できるんだよ――あ、皿」
「そこの戸棚の下、大きい丸皿があったはず――ま、必要ないから生えてこないってことじゃないの? 才能ってやつだ、まったく羨ましい限りだよ」
「便利系スキルなんて、無限にあって困らないんだけどなぁ……」
「それもまた、大量のスキルを細かく制御できる才能あっての言葉だね――あっと、それは……あ、そうそう。いいね、イケそうならそのまま盛り付けちゃって」
「ゆうて、スキルの保持数で言えば先輩方には遠く及ばないだろうけどな――オーケー頼まれた。なけなしのセンスをフル稼働するから、合否判定は緩めで頼むぞ」
「えぇ? うーん、はは」
「なにその笑い怖いんだけど。後輩には優しくしてくれ――――」
◇◆◇◆◇
「…………」
「………………」
「……………………」
まだ夕飯には早い時刻。各々で思い思いに過ごしていた女性陣三人がやけに賑やかな厨房へと顔を出せば、そこにいたのは無限に言葉のキャッチボールを続ける機嫌良さげな男子が二人。
ペラペラペラペラと終わりなく言葉を投げ合いながら、時に視線、時に指示確認を交わしつつ連携して厨房内を動き回る様は正しく阿吽の呼吸。
ハルがユニの調理補助に回っているようで、呆気に取られるほど息がピッタリ。リアルでは今日が初対面などとは到底思えない打ち解け具合だが――
『……まあ、似たタイプのコミュ強二人をぶつけたらこうなるのかな』
「あ、はは……あっという間に」
「とても仲良し」
誰とでもすぐに仲良くなってしまうタイプ同士、まさかの反発というイレギュラーは起こり得なかったようだ。
順当に、かつ速攻で理解り合ったらしき青年二人。彼らへそれぞれ感嘆その他の感情を視線に交えて送る三人の中から、ホストことアイリスが進み出る。
「――ユニ、ハル」
「おっと。三人揃って、いつの間に」
名を呼ばれて振り返りつつ、何かしらの料理が載っている大皿を流れるようにユニが渡し、受け取ったハルがチラとアイリスに視線を返しながら運んでいった。
長年連れ添ったシェフと助手と言われても通じるような有様である。
「さっき連絡が来た。もうすぐ三人一緒に着くって」
「あ、本当? それじゃ、焼き物も取り掛かろうかな――あ、すぐに始めるよね? 時間的にも丁度いいし」
「うん、いいと思う。……手伝い、する?」
正直なところ、料理に関してアリシア・ホワイトの性能は並中の並。やろうと思えば大抵のことはできるが、特別に腕が優れている訳でも手際が良い訳でもない。
ゆえに、彼女にしては珍しく自信を持って『手伝う』とは言えない類のモノ。単純に、今まで自ら料理をする機会が少なかったからだが……その辺も既知である南の次席は、軽く笑いながら首を振った。
それは別に、アイリスの技術が不足しているからという訳ではなく、
「あちらの〝助手君〟が思いのほか優秀過ぎるから、大丈夫だよ。皆はテーブルとか椅子とか、その辺の用意をしておいてくれる?」
現状でもって、手が足りているということらしい――ハルが料理上手なのは知っていたことだが、自身で腕を振るうのみならず他者のサポートノウハウまで備えているようだ。
とりあえず、料理好きとしてのユニのお眼鏡に適ったようで一安心である。
「……ん、わかった」
「なーに、その顔――ってか、聞いたよアイリス酷いじゃん。なにさテリトリー云々って、俺そんな軽々にキレるヤバい奴じゃないからね? 最初ハルが謎に怯えながら慎重に『手伝おうか……?』って聞いてきたの、なにごとかと思ったよ」
と、些細な危惧から生じた安堵を読み取ったのか、不本意な紹介をされていたとユニが不満顔で文句を言い始める。けれども、彼女としては過去の記憶から語った内容に間違いがあるとは思えず首を傾げるばかり。
「でも、一昨年――」
「はい知ってた。キミが理由もなく憶測で適当なこと言うはずないから、その思考に至った原因を考えてたけどやっぱソレだよね知ってた」
「……ゴルドウ、膝を抱えて消沈していたから」
「確かに怒ったけど、正当な怒りだからね! 突如として料理魂に目覚めたオジサンに三日も続けて延々と引っ付かれたら流石に勘弁してってなるでしょ!」
むしろ三日もよく耐えた、あと別に喧嘩までは行ってないから――と、己が心情と事実を踏まえて主席の誤解を解くべく言葉を尽くす。
アイリスの方も、そう言われて考え直せば……確かにしょんぼりしてはいたものの、数分後には元気よく釣りに出掛けていたなと過去を思い起こせる。
なるほど、どうやら単なる勘違いだったらしい。
「ごめん、なさい……?」
「いやまあ、誤解が解ければそれでいいよ。アレだからね、俺を怒らせたら大したもんだからね本当に――つまり、大将さんは大したもんなんだけど」
言いつつ、彼の顔に浮かんでいるのは呆れ半分、感心半分の笑み。つまるところ、叱った事実はあれど決して不仲という訳ではないようだ。
わかってはいたが、そちらも安心……といったところで、アイリスがポケットに入れていたスマートフォンが振動する。
取り出し、液晶に目をやれば――
「ご到着かな?」
「ん、出迎えてくる」
『着いたぞーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』と、通知に表示されたのは少年のそれと見紛うような、すこぶる元気の良い文面だった。
次回、にぎやかおじさん来襲。