幕間
「――――いよーし……」
グッ、グッと駆け出す前に右左の伸脚を行ってしまうのは、いつからか気付けば身に付いていた無駄な癖。
現実ほど意味を成さない準備運動が肉体に及ぼすプラス効果はおおよそゼロ。調子を整える、気合を入れるといった意味合いで、完全に精神的なルーティーンだ。
ともあれ、意気込みは十二分。それだけではなくステータスも、スキルも、称号も、装備も、流石にもう現状これより上はないという完全仕様だ。
これでダメなら、いよいよもって諦めよう。
それくらいの覚悟を持って今日ここへ来た――なんて、そんなのはいつものこと。どうせ性懲りもなく〝次〟に臨んでしまうのはわかりきったことだが、
「ほぼ丸三日、だっけか……?」
常識外れの後続にして偉大な先達、文字通り遥か空を翔ける者の記録を思う。過去に彼が此処を攻略した際、およそ三日掛けて走り続けたというのは有名な話。
つまり三日もの間、死に続けたということ――他と比して死が一瞬である此処といえど、そこまで軽々にゲームオーバーを許容できるのは正気の沙汰ではない。
本当に、欠片も『恐怖』など持ち合わせていなかったのだろうなと、根本的な在り方の違いに〝差〟を実感するばかりだ。数限りなく足を運ぼうとも、かの殺人弾頭が豪速で殺到する恐ろしさには慣れないというのに。
しかし、此度は覚悟を決めてそれに倣おう。
三日間、いや、この心が折れるまで――いいや、粉微塵に磨り潰されるまで。この脚が動かなくなるまで、何日だって籠もってやろう。
もし再起不能にでもなってしまったら、まあその時に考えればヨシ。元より自分に誇れるものなど脚しかないのだから、全身全霊を尽くさねば嘘である。
「――見てろよ【曲芸師】め……」
我こそは先駆者にして追走者。かつて〝最速〟と呼ばれた男。
やりたいことをやりたいようにやっていただけで誇りなんて大層なものは持っていなかったが、男の意地くらいは無きにしも非ず。
口惜しくも一着の旗は掻っ攫われてしまったものの、それについては……。
「二着も、程よく栄誉だろうさ……ッ!」
音もなく一歩を踏み出したアバターが、霞んで失せる。
敏捷及び器用に二極されたステータス、そしてスキル欄の九割五分を埋める機動力補助の力が一斉に起動して――二十秒後。
「っぁ、やべ――――っパァアアアアアアアアアアアアアアッ!!??」
高く高く螺旋を描く紅塔にて、果てしない悲鳴の連鎖が響き始めた。
いったいだれなんだ。
夜にも、更新、出来ればいいなと、思って、おります(無理でした)