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アルカディア ~サービス開始から三年、今更始める仮想世界攻略~  作者: 壬裕 祐
桜花一片、無窮の天嵐は影と遊ぶ 第二節
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流星と隕鉄:real side

「――――うーん、見事なもんだなぁ」


「しみじみ呟くのやめてよ、笑っちゃうじゃん」


 照れ隠し半分、興味半分で厨房に乗り込み早数十分。昼のソラに続いてユニの調理光景をぼちぼち観察したところで感想を漏らすと、料理人は現行サクサクサクと慣れた様子で大きな真鯛を卸しながら軽く笑う。


 男性、大人、料理好きとくれば、頭に浮かぶのは四谷宿舎の我らがシェフこと千歳和晴。元料理人にして今も趣味で研鑽を続ける凄腕調理師だが、ユニはといえば少々そっちとは毛色・・が違うらしい。


 本人から話を聞いた感じ、千歳さんが『腕を磨く』のを主題とした料理人とすれば彼は『料理の研究』を好む模様。誰かへ提供するというよりも、とにかく考えて作ることで自身が楽しむといったタイプのようだ。


 即ち、半分は娯楽として料理を好んでいる人種――広々とした厨房を独り占めにした上、大量の高級食材を使い放題。なおかつ作った料理を食べてくれる相手も揃うとなれば、この集いはユニにとって夢のような環境なのだろう。


 オマケに集う人間は彼曰く「舌の肥えた人間」ばかりとのことで、一から十まで研究の場として都合が良い。ので、半分はこれ・・目的だと笑っていた。


 今年はアーシェの一声で六月に繰り上がったが、三年前から続く七月の夏旅行は初回から真っ先に手を挙げて以降参加を続けているそうだ。


 けれども、自分の利しか考えていないのかといえばそんなこともなく。


「今年は過去一人数が多くて賑やかになりそうだね。俺もアレコレ沢山作れそうで腕が鳴るし――なにより、ウチのお姫様が楽しそうで良かったよ」


 一旦は寝かせて熟成させるのだろう。三枚に卸した身を手早くペーパーに包み、冷蔵庫に仕舞った後また次の魚を引っ張り出す。


 お次は……なにアレ、また鯛っぽいけど色や模様や形が違う――さておき、作業を続けながら笑顔を浮かべるユニの声は、ストンと胸に落ちるような素直なもの。


 信頼や絆、その他を土台とする気遣いが透かすまでもなく目に映るようだ。南陣営の序列最上位に並ぶ二人の関係が、良好なものであると容易く窺えた。


「どこでもかしこでも、愛されてるな」


 出会う前のアーシェ――【剣ノ女王】を、俺は知らない。しかし、知らずとも察せられるものくらいはある。ゆえに今、過去を見て・・・・・少しだけ安心した。


 孤独ではあったのだろうが、本当に孤独ひとりではなかったのだろう、と。


「そうだね。仮想世界せかいだけじゃなくて、人にも愛されるべく生まれてきたような子だよ、本当に――あのさ、ハル」


「ん?」


 手を止めて、こちらに目を向けたユニがまた笑みを見せる。彼お得意の良い意味で軽い・・・・・・・それではなく、感情の籠められたほんの少しだけ深い表情。


「もう誰かに言われてるかもしれないけど……まあ一応、万年二位で隣にいた友人として。それと本人を除けば一番上として、南の十席から総意を伝えておくよ」


「…………」


「俺たちの『お姫様』を笑わせてくれてありがとう。三年間、世界の誰にも出来なかったことを遂げてくれたキミに――見守ることしか出来なかった身内として、感謝を。恥ずかしがらずに受け取ってほしい」


 ……照れるなってのは、まあ無茶だろう。けれども、受け取ることまでも重ねて願われてしまえば顔を逸らすなんて失礼極まりないので、


「わ、かった。一回、だけな」


「ふ、ははっ……! まったく、堂々とデビュー戦で世界中に名を轟かせた【曲芸師クラウン】とは思えない等身大っぷりだね」


 真顔を努めてカチコチと頷けば、当然とばかりに笑われてしまった。


「さて、それじゃ真面目な話はこのくらいにして……結局、どうなのさ。アイリスがキミにお熱・・だってのは周知の事実だけど、その後の進展は?」


「しゅ、周知の事実……」


「それはもう、世界的にね」


 俺を軽く笑った後に流れるように空気を切り替え、続けて展開された話題は「まあ来るだろう」と端から想定していた類のもの。


 こちらの羞恥が抜けていない間に畳み掛けて来るとは、流石は南の対人巧者代表こと【重戦車】といったところ。正直なところ勘弁していただきたいが、そうなるとこれ先に『真面目な話』を持ってきたのも計算だなぁ?


 真摯な態度を先出しして、俺が誠意を見せやすい状況を構築しおった訳だ。


「そう、だなぁ……俺の事情とか、俺以外の事情とか、諸々あって答えを出すにはもうしばらく掛かりそうでして……」


 で、それのなにが困るって、俺の中に『どう?』と聞かれて『こう』と返せるような具体的な言葉が未だに存在しないこと。


 彼女と親しければ親しいほど、大切に想っていれば想っている相手であるほど、事実上の『保留』である現在の状況を伝えるのは心苦しい――


「んー……なるほど。申し訳なさそうな顔をしたところを見るに、保留にしてるのが心苦しいってとこなんだろうけど……」


「…………」


 まさしくを言い当てられて、ぐうの音も出ないというやつだ。


「そうだな、例えばなんだけどさー」


「ハイ」


「俺が今、世界で上から一、二、三と続く美女から同時に愛の告白をされたとするじゃん? さて、俺はどういった行動に出るでしょう?」


「………………ん、あ、え……問題か?」


「そうだよ。適当に考えて答えてみて」


 当然のように〝三人〟が例題に上がったところから、やはり世間には三つの矢印が俺に向いている現状を把握されているのだろう――さておき、


 多少なりメンタルを揺さぶられていたことも相まって、突然の出題に上手く思考が動かない。それでなくとも俺はユニの人となりを大して知らないのだ、どう動くかなどそれこそ彼の言う通り『適当』にしか思い浮かばなかった。


「まあ……一人を選ぶか、全員お断りするか、保留の三択、だと思うが」


「ハッキリ明確な選択肢となれば、その辺になるよね。ヒントを出すと、俺は割と問題を先延ばしにしたくはないタイプだよ」


「なら、すぐに選ぶか断るか、かな……?」


 別に明確に『これ』という答えを求められた訳ではないのだろう。曖昧に答えた俺に一つ頷きつつ、ユニはブツっと魚の頭を落としながら正答を開く。


「逃げるよ。即日、一目散にね」


「えぇ……」


 俺からすれば、まさかの答え。しかしながらユニは大真面目と言わんばかり、笑みは浮かべず呆れたように首を振る。


「だって、普通に考えて在り得ないでしょそんなこと・・・・・。なにかしら真っ当に対処しようとするのがそもそも無謀というか、悩んで解決できることでもなければ上手く立ち回ってどうにか出来ることでもなくない?」


「…………」


「ほぼ初対面でいきなり『軽薄そうな奴』ってイメージ持たれたら悲しいけど、敢えて正直に言おう――絶対無理。そんなにいろいろ背負い込めない、俺はね」


「……そ、…………」


「女の子には悪いと思う。でもさ、俺も、相手も、三つ同時に『好き』が発生した現実を恨んで諦めるのが〝楽〟だと思うよ。不幸な事故ってことで」


 どこまでも素直で、あけすけな意見。決して『考え無し』とは言えない直球の言葉が、勢い良く飛び込んだ胸の奥でグルグルと渦を巻く。


「だからまあ、なにが言いたいかっていうと」


 スラスラと喋る内に、二尾目の鯛(?)もスラスラと捌き終え冷蔵庫に送還。また異なる大きな魚を引っ張り出しながら、ユニは留めることなく言葉を並べた。


「難易度インポッシブルな奇跡に見舞われても、逃げずに向き合おうとしてる時点で……ま、キミを非難できる奴なんていないんじゃないって話。それこそ、同じような奇跡に直面して逃げずに立ち向かった経験のある稀有な人間以外には、ね」


 ――と、堂々と締め括った彼は、己が語った自論に一切の疑問はないようで。


「申し訳なさそうな顔して真摯に考えてる時点で、キミはよくやってるよ。自信持って、もう少し肩の力は抜いていいんじゃないかな」


「……………………そう、なの、かなぁ」


「そうだと思うよ。もっかい言うけど、きっと俺ならまず逃げる。だから、少なくとも俺は男としてハルを尊敬するよ――敬意を表して、まず今日の夕飯に一品好物を作ってあげよっか。何か食べたい物はある?」


 話題の始まりとなった最初の質問には未だ答えられていないのだが、もしかすれば『悩んでいる』ということ自体を答えとして受け取ったのかもしれない。


 上手く呑み込めずにいる俺の気を晴らすように、また無邪気な笑みを見せたユニへしばしの沈黙を返してから――


「デザートでも、いいっすか」


「おっと、もしや甘党なの? いいよいいよ、お菓子作りも好きなんだよね」


 同性からの貴重な意見として彼の言葉を胸に仕舞い込み、気の利いた申し出にポツリとリクエストを渡しておいた。






二尾目に捌いていたのは石鯛。

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― 新着の感想 ―
[一言] 次回話も楽しみにしています‼
[一言] >> 「俺たちの『お姫様』を笑わせてくれてありがとう」 ほんとに愛されてるお姫様だし愛してるお姫様が笑ってくれたことに心からの感謝で泣ける
2024/08/06 13:47 しおりすぐ無くす読書好き
[良い点] やっぱりハルってカッコいいわ [一言] 現実で確かにそんなことになったら逃げると思う
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