お屋敷探険
「お」
「あ」
小さくなかった重戦車ことユニと挨拶を済ませて、またしばらく後。
ゴッサン家ら他一名の合流予定は夜、俺の次なる『授業』予定もおそらく夜ということで、しばしの暇が生じた午後四時過ぎ。
各々の個室や鍵のかかっている部屋以外は好きに入って、または使ってくれて構わないというホストの言葉を信頼して建物内を探検していると、角を曲がったタイミングで小柄な影とばったり出くわした。
「え、と……」
「オーケー。なにしてたか『せーの』で言おうか。ハイ、せーの」
「た、「探険」です……」
バッタリからビックリに移る前のワクワク顔を目撃していたので聞くまでもないことではあったが、予想通り。俺と同じく好奇心のまま部屋を出てきたのであろうソラさんは、やや恥ずかしそうに声を合わせた。
主に夏目さんから『御令嬢』として教育を受けているらしいからなぁ。
もしかすると、人様の家屋を勝手に出歩くのは「はしたない」とか思っている可能性が無きにしも非ず……といったところか。
ま、それはそれとして。
「なんか、外から見るよりも広く感じない?」
「あ、思いました。お部屋、いくつあるんだろうって……」
「だよな。正直、しっかり脳内マッピングしながらじゃないと無事迷子になっていた可能性すらある」
「わ、かりますけど……ハルなら、そんなことしなくても覚えられるのでは?」
「何度も言ってるけど、現実世界じゃ俺の記憶能力は普通仕様なの」
顔を合わせたのに「じゃあまたね」となるはずもなく、言葉を交わしつつ当たり前のように並んで歩き始める。
隣を歩く。たったそれだけのことで、瞬く間に顔を綻ばせている相棒が実に健気で可愛らしい――が、それもそれとして。
「ふ、ふふ……っ」
「お、なんだどうしたどうした。お屋敷探険の楽しさ溢れてというより、今のは単純に俺の顔を見て笑いましたよねソラお嬢様」
名前の後ろに付けた呼び名が気に食わなかったのだろう。これまで何度も繰り返したように、不満を表すが如く肩から体当たりをされてしまう。
しかしながら、それでも上機嫌から針が逆方向へ振れた様子はなく。
「いいえ、なんでもありません。ただ……いえ、なんでもありません」
「ちょっと? そういう好奇心を刺激してくる立ち回りは卑怯だぞ言いなさい。ほら、なに言っても怒らないから――あ、こら逃げるかコイツめ!」
スタスタスタと歩調を速めて躱そうとするソラを追い再び隣に並べば、横目に見える表情は隠す気もないニマニマ百パーセント。
意図しての振る舞いと考えれば珍しいことだが、素は歳相応に子供らしいところがあると知れた今では違和感はない。
ただただ可愛らしいだけで……それゆえ、ただただ威力が高いのだが。
「聞かない方が身のためですよ。きっと、ハルは恥ずかしくて蹲ってしまうので」
「そういうアレって、大概そっちも自爆して共倒れするパターンじゃないか?」
「だ、か、ら、言わないんです。自分で気付くだけなら嬉しいことなので、胸の内で大切に独り占めさせてもらいますね」
「いや、いいけどさ……うーん」
別にそれならそれで構わないが。なーんかこの感じだと……。
食い下がるのが正解。というか、そうして欲しいように見えるんだよなぁ。
「……よしわかった。ひとつ取引をしようか」
「はい?――――ぁ……、っ!」
俺が提示したのは、言葉ではなく片手。
こちらを向き、首を傾げ、上から下へと視線が移り、差し出された右手を認識するや否や――ほぼノータイムで飛び付いてきたソラさんに苦笑を一つ。
「か、カウント、取りませんからね?」
「流石にそんな詐欺みたいなことしないっての」
堂々とこんなことをしていれば目撃される可能性は大いにあるが……まあ、その時はその時で。埋め合わせその他を頑張る方向で行こうと思う。
それにしても手を繋いでジッと立ち尽くしているままは羞恥に堪えないため、気を紛らわせるように歩き出せば少女は慌てたようについてきた。
わかりやすく緊張してしまい、明らかに歩調がたどたどしくなった様子が可愛らしい――――俺さっきから可愛いしか言ってねえな?
いや、口からは連打してないんだけどさ。さておき、
「それで?」
「な、なんでしょう……」
「おっと取引は成立済みだぞ。誤魔化しなんて無駄な抵抗はやめて、大人しくさっきの『うふふ』の内訳を白状なさい」
「そ、そんな変な笑い方してません!」
あれ、おかしいな。少なくとも文字ってか音は完全に同一のはずなんだが。
「……いいんですね。絶対いつもみたいになりますからね。知りませんからね」
「いいからほら言ってみ。俺ばっか気になって悶々とするのは不公平だ、どうせなら潔く二人揃って撃沈しようぜ」
「ハル、唐突に捨て鉢になることがあるのは癖なんですか……?」
あの扉はなんだ、この扉はなんだと、頭の端で適当に冒険を楽しみながら通路を歩きつつ。遠慮なく俺の手をニギニギしていらっしゃるソラさんは『守』に回ると戦闘力が激減するため、途端に弱気で日和りだす。
そこもまた……と、流石にそればっかり考え過ぎだな。
「もう、本当に知りませんからね。私は、ただ……――――わかりやすく意識してくれてるなって、嬉しくなっちゃっただけです」
しかして、ソラさんが独り占めにしようとしていた『うふふ』の内訳はソレ。
「あぁー、ううーん…………え、また顔に出てた?」
「か、顔というか、雰囲気というか……その、隣に並んで、歩いて、私の方をジッと見てから……少しだけ、ぎこちなくなったと言いますか」
なるほどね。馬鹿の一つ覚えのように『かわいいかわいい』と脳内で唱えつつ、その『かわいい』に次の瞬間ガバっと来られても動揺しないよう身構えていたのをバッチリ読み取られていたということだ。
ハハハ、嗚呼――――恥っっっっっっっっっっず。
「……そ、そりゃまあ、なあ。死ぬほど意識してもらってるのを認識してるのに、こっちが素面じゃ失礼というかなんというか」
「そ、そうですか、はい。あの、はい…………え、と……ハル」
んで、ソラが俺の雰囲気を読み取れるように、俺もまた彼女の『そういう雰囲気』くらいは読み取れる――しからば来るぞ、備えろ。
「言ったように、嬉しい、ですから。あの……――沢山、意識してくださいね」
右手を握る左手のみならず。空いているもう片方も俺の腕に寄せて、俯きながら囁くように紡がれた言葉がハッキリと耳に届く。
恥ずかしながら気の利いた答えを返せるほど頭が回らず、ソラの方も特に返事を求めちゃいないだろう。ゆえに、俺たちはまんまといつも通りになりながら、互いに顔を背けたまま通路をひたすら消費して――
「――――……はは、聞いてはいたけどさ。ほんっっっとーに仲良しなんだね」
いつの間にやら、建物内をグルリと一周してしまったらしい。
辿り着いた厨房から顔を出したユニとばったり出くわしてしまい、その瞬間ニヤァっと素晴らしく愉快そうな笑みを向けられた結果。
「なっ、は……っ、し、失礼、しましたぁ……――!」
パッと手を放しバッと後退り、ダッと駆け出した相棒を見送った末に、
「……………………あ、料理始めるなら見学してもいいっすか?」
「それもわかっちゃいたけど、根本的に相当図太いよねキミ」
幸い顔の赤みは見抜かれなかったようで、こちらには無事に照れ隠しが通用したらしい。カラカラと笑う彼のお許しを得て、俺はシェフの聖域へと侵入した。
ソラの防御力が紙だのなんだの言っているが……。
結局のところ、現実世界でも仮想世界でも俺が一番ペラッペラなんだよなぁ――と、自嘲めいたアレコレは、適当に噛み殺しながら。
一方その頃、ホストからマッサージチェアがあると聞き突撃したリラクゼーションルームにて機械仕掛けの職人の手で骨抜きにされているニアちゃん。
そして『夜』に備えてスヤスヤお昼寝をしているアーシェさん。