中の人
どこかのお姫様によって感情をバグらされた俺が苦心して冷静さを取り戻す間にも時間は進んでいき、ふと気が付けば時刻は夕方の入口に差し掛かっていた。
夕方頃、つまりは……。
「――――やあやあ、四柱ぶりだね。元気してた?」
「あー……まあ、ぼちぼちかな」
「あはは、よく言うよ。なにか騒ぎがある度に、渦中で主役張ってるくせにさ」
アーシェが言っていた通り、招待客の一人が合流するタイミングだ。
綺麗に整えられた柔らかそうな髪に、あどけない無邪気さを感じさせる大きな瞳。どちらもブラウンカラーのそれらは色こそ違えど、過去に一度まみえた時の印象そのまま『子犬』のよう――だったのだが、
「改めて、初めまして【曲芸師】君。ハルって呼んでいいのかな?」
ほぼ同じ高さから向けられる視線、気を遣わずとも真直ぐに返せば取れるであろう差し出された手は、少年ではなく青年のそれ。
声に関しては仮想世界と同じく少年らしさが強い……男性にしては、少々高めの音ではあったものの。
「どうぞ呼びやすいように。こっちは……なんて呼べば?」
「ユニでいいよ、よろしくねハル――実を言うと、結構キミに会いたかった」
結んだ手からも、少年のような華奢さは感じられず。総評するに、仮想世界は南陣営の序列第二位『小さな重戦車』は――――
「……わりと歳が近そうだから遠慮なく聞いちゃうけど、おいくつで?」
「うん? 先月で二十一になったよ」
「三つ上かぁ」
現実世界では俺より年上、正真正銘の大人でいらっしゃったらしい。
いや、ゲームのアバターなんだから本来ならこれが普通なのだが、俺の場合は一、二、三と『同じ顔』か『ほぼ同じ顔』が続いたものだから……。
「ってことは、キミ十八? うーわ、かもとは思ってたけど本当に若いね――あ、今更敬語とかやめてよ。お互い遠慮ナシにやり合った仲なんだからさ」
「その節は、随分とやんちゃをいたしまして……」
「え? あぁ、あっはは! あのだまし討ちは見事に引っ掛けられたよ。ああいうことするタイプってイスティアにいなかったから、完全に無警戒だったね」
気にしなくていいよ、面白かった――とのことで、どうやら根に持たれているとかはなさそうだ。端からゼロに等しい可能性程度の危惧ではあったが、こうして実際にあっけらかんとした笑顔を見せていただき一安心といったところ。
――で、
「ユニ」
アーシェから『着いたみたい』との報せを受けて、玄関へ四人揃って出迎えに上がった訳だが……俺の顔を見るや否や、真っ先に近付いてきて興味を示した彼が【曲芸師】とのファーストコンタクトを終えるのを待っていたのだろう。
区切りがついたタイミング、下がっていたホストが隣に並んで声を掛ける。
「やっほーアイリス。今年も遊びに来たよ」
「ん。厨房は好きに使って」
「毎年毎年ありがたいね。ま、その分だけ食事は期待してて。リクエストも、いつも通り好きなだけ受け付けるからさ」
「うん、楽しみにしてる」
同陣営の最古参同士、序列持ち同士、傍から見れば気心の知れた間柄の気安くラフな言葉のやり取り――そう思いながら眺めていたのだが、一瞬だけユニの表情に浮かんだ複雑な表情は、一体どういった感情によるものか。
少なくとも、ネガティブなものには見えなかった。
が、それ以上を深く読み取れるほどに俺は彼を知らない……ので、どうせ気にしてもわからないことなら気にしない方がいいのかな。
「さて――そっちのお嬢さん二人が、ハルの『相棒』と【藍玉の妖精】かな?」
と、ユニの興味がアーシェより更に後ろで固まっていた二人に移ったので、無駄な思考は引っ込めつつ横に避ける。
ソラは少々、ニアは少々強ってところかな。どちらも若干なり緊張気味ではあるが、僅かばかりソラの方が表情に余裕があるように見えた。
ニアの『声』に関しては事前にアーシェに頼んで全員へ伝えてもらったとのことなので、単純に顔合わせであがっているだけだろう。
「初めまして、そらと申します。よろしくお願いします、ユニさん」
『はじめまして、ニアです。よろしく』
「はいはい、どちらも初めまして――現実では、ね。ニアさんは仮想世界で何度も会ってるでしょ? なんでソラちゃんより緊張してるのさ」
『うるさいなー。オフ会なんて未経験なんですぅー』
「あはは、なにそれ。ま、いいけどさ。よろしく二人とも」
なんというかこう、とことん邪気無く笑う御仁である。身長にしては割と童顔気味なのだが、子供らしさと大人らしさを兼ね備える絶妙な雰囲気をお持ちだ。
ニアの緊張はリアル側での人見知りということで片付けるとして。ソラさんの慣れた感じは、そのまま『人に会う』ということに対する慣れ、かな。
即ち四谷の御令嬢として身に付けた技能、ゆえに……警戒と言ってはなんだが、一種の護身術ではあったのだろう。
どちらの緊張も、結果として三十秒と続かなかったが。
つまりなにが言いたいかといえば、それらを一言二言の振る舞いと笑顔で容易く解きほぐしてみせた手腕――というより、才能は見事なものであった。
「とりあえず、長旅で疲れたから少し休むよ。部屋はいつものとこ?」
「ん、階段を上がって右の三部屋目」
「オッケー。じゃ、一旦失礼するよ。あぁ、各々苦手な食べ物があれば後で教えてね。食べたい物のリクエストも、アイリスに限らずなんでも受け付けるからさ」
そうサッパリ締め括ると、ユニは人懐っこい笑みと共に死ぬほど様になったウィンクを残し、ヒラヒラと手を振りながら部屋を目指して去っていく。
いつもいつもと二人して言っていたように、慣れた関係にして慣れた状況なのだろう。正しく『いつものこと』と言わんばかり澄まし顔のアーシェを他所に、
「なん、だろうな。絶対的に良い奴ってか、良い人オーラは全開なんだが……」
『わかる。なんかこう、滲み出てるよね。クセが』
「ユニも、あなた達に言われたくはないと思う」
「あ、はは……」
仮想世界の少年姿とは異なる大人の背を見送りながら、好き勝手に割と失礼なことを宣う俺とニア。
そしてアーシェから淡々と鋭いツッコミが飛び、ソラはいつもの困り笑い。いやまあ、仮想世界トップ四十の序列持ちに叙された人物ということで、集う者の誰もが大なり小なり癖強なのは決まり切ったことではあったので……。
「よし、後で海藻全般ダメだって伝えとこう」
『あたし納豆ムリなんだよね』
「…………」
「ソラは、苦手なものはないのかしら」
「え、と……食べられない訳じゃないんですけど、キノコ類が少し……」
「……それは奇遇。私も、少しだけ苦手」
とりあえず仲良くなれそう、かつ楽しそうな人物は大歓迎だ。
臨時講師ことアーシェが言うには俺も思っていたより自由時間が取れそうだし、暇があれば積極的に絡んでみるとしようかね。
ソラさん…椎茸、えのき、マッシュルームが特に苦手。食べられない訳ではない。
アーシェ…全般的に『好まない』程度。ただしなめこだけは絶対に食べない。死。