出発
特に予定がなくとも、二つの世界を行き来していれば三日程度は瞬殺だ。
仮想世界では特訓だの調整だのでアレコレ適当に過ごしつつ、現実では来たる『臨時講師』殿へ披露することになる無様を減らすべく出来得る限り勉強。
高校入試は無理なくそこそこを狙ったので、スイッチを入れて明確に励むのは人生で二度目のこと……だが、流石に【Arcadia】を目標に心血を注いでいた時ほどには集中力が及ばない。
やはりバイト戦士時代の自分はどこかイカれていたのだろうと今更に振り返りながら、現実では人よりちょっと覚えがいい程度の頭に諸々を詰め込んでいった。
こういう時、向こうの俺が持つ『記憶』の才能が如何にメチャクチャなものかを自覚する。人間にとって『覚える』という能力は〝成長力〟の根幹にして、ありとあらゆる能力全てに繋がると言っても過言ではない要素だ。
もし《スキル》として存在するのであれば、一言「ぶっ壊れ」と称される類。
そりゃあ動きが意味不明だの頭おかしいだの言われても仕方ない。せめて他人が持たないアドバンテージに胡坐をかいていると思われないように、戦闘の方も精進を重ねて【曲芸師】に恥じない俺で在るとしよう――
――――と、精神を落ち着けるための至極どうでもいい思考は打ち切って、ここらで今現在進行している現実に目を向けるとしようか。
さて、それでは車内という名の密室にて顔を並べたメンバーを紹介していこう。
「いやぁ、ここまで長時間の運転は久しぶりだ。腕が鳴るね」
一人目、送迎役を買って出てくれた四谷代表補佐こと千歳和晴。
結局のところ『旅行』とは何処へ行くのかといえば、新潟県の街外れとのこと。思いのほか常識的な範囲内というか……いきなり海外など文字通り飛ぶようなプログラムを叩き付けられやしないか心配していたので、そこは素直に良かった。
それでまあ、東京⇒新潟が何とも言えない絶妙な距離感であるゆえに――
「……ハンドル握って『腕が鳴る』は地味に怖いんだけど」
「安心しなよ。三人もお嬢様を乗せてるんだ、人生一の安全運転で行くとも」
彼の言葉通り、なにかと人目を引くであろう『お嬢様三人』を何事もなく目的地へと纏めて運ぶため名乗り出てくれたという訳だ。バスを使おうが電車を使おうが飛行機を使おうが、バチバチに目立つのはわかりきっているのでね。
――てことで、自動的に開示された残る三人。
「…………」
二人目として助手席に収まっている俺に続き、三人目。
三列シートの後部座席右端、つまり運転席の後ろでスヤスヤと寝息を立てている【剣ノ女王】アイリスことアリシア・ホワイト。
俺たちに暇を言い渡したゴッサンもそうだったが、彼女も陣営のトップとしてあれやこれやと動き回っていたのだろう。今朝になって顔を合わせたときから、珍しく少々お疲れ気味の様子であった。
今日からの時間を確保するために無理していた……という面も、もしかしたらあるのかもしれない。旅行中、気が付く限りは労わって差し上げよう。
で、四人目。
「……………………」
アーシェの隣、つまり真ん中に挟まってなんとも言えない表情で固まっている【藍玉の妖精】ことリリアニア・ヴルーベリ嬢。
現実だと普段は下ろしている髪をふんわりアップで纏め上げ、華やかなサマーワンピースを着こなした姿は素直に可憐の一言だが……いや表情よ。固い固い。
お姫様と初見の美少女に囲まれて緊張しているのはわかるが、入試直前の受験生でもそこまで壮絶な顔はしないだろう。目的地まで四時間弱の見込みだが、到着前に力尽きるのではなかろうか。
こっちは途中の休憩時間でフォローを入れてやるべきだろうか。
そしてラスト、五人目。
「…………………………っ」
アーシェとニア、二人と顔合わせをした数十分前の緊張感はどこへやら。
まだまだ都内を脱してもいない街中。大して面白い風景などないだろうに、キラッキラしたお目々で窓の外を眺め続けている、俺の相棒こと四谷そら嬢。
薄手のブラウスにサマージャケット、ややクラシカルな装いのミディスカートと絵に描いたようなお嬢様スタイル。ニアのお洒落もそれっぽいが、ソラの方は……なんというかこう、パッと見でわかるほど『ガチ感』が強い。
別にニアがお嬢様っぽくないという話ではなく――いや、振る舞いに限ってニアは正直お嬢様らしさ皆無だが――おそらく彼女を見て一般人だと思う人間はいないだろう。隠し切れない気品が滲み出ている、とでも言うべきか。
詳しく聞いていないので『おそらく』の話だが、ソラに並ぶと思わしきホワイト家の御令嬢がサッパリしたシャツ&パンツの装いであるため余計に目立つ。
……そんな至極素っ気ない無地無装飾のシンプルコーデで、左の二人に勝るとも劣らない輝きを放っている『お姫様』は流石の一言ではあるのだが。
ともあれ、総評。
「――――間違いなく今この瞬間、世界で一番『華やかな光景』を映してるルームミラーだよなコレ……」
「っ……間違いないね。光栄なことだ」
ゆったりとした広い車内で後ろには聞こえなかっただろうが、隣の運転手には小声の呟きを拾われ可笑しそうに笑われてしまう。
現時点で一人、突出してテンションが高そうな可愛い相棒に関しては……いろいろ張り切り過ぎて疲れてしまわないよう、目を配っておこうかね。
まあ、なんにせよ――
「恙無く楽しい旅行になりそうだ」
「いいじゃないか。存分に、青春を楽しんで来るといい」
これからの一週間、どこを切り取っても暇だけは存在しないのだろう。
そして寝たフリを始めるニアちゃん。