お誘い:パートナーの場合
日本基準で『わかりやすい成人年齢』には達していないものの、ニアは社会的にも経済的にも自立しているという意味で〝大人〟である。
保護者役である三枝さんも言っていたが、あれで根はしっかり者。
自分のことは自分で考え、かつ基本的には間違わず決められるタイプゆえ、親友含む家族から決定権は預けられている立場だ。
そのため、即決は流石に少し驚いたが『Yes』を返されるのは想定していた。是非にと言われて今更遠慮を見せるようなニアちゃんではない。
さて、俺が預かっているミッション――即ち口頭による『招待状』の配達は残り一件。宛先は当然ながら我がパートナーなのだが、問題はこちらだ。
ソラこと四谷そらさんは現在高校生。元々ある程度は時間的な誤魔化しが利く大学生とは違い、常識的に考えて平日の月曜日から旅行に行ける訳がない。
お嬢様校とかいう未知の世界が如何様な理の下に在るのかなど知る由もないが、勉学にも真面目に励んでいらっしゃるらしいソラのことだ。
二つ返事で『行きます』とは、性格的にも言えないだろう。
加えて、ニアは気にしていなかったがリアルで顔を合わせるという問題もある。なんとなくソラ自身も避けたがるような気がしたし、そもそも四谷からの……というより、父親からの許可が必要になるのではという懸念も忘れてはいけない。
四谷の御令嬢は余計なしがらみを回避するため、その存在を世間に秘匿されている。その辺については未だふわっとした理解しかないので、彼女が動くことにどこまで自由が在るのか俺には判断ができないのだ。
最近は互いのことを少しずつ話すようになったので、そこからなんとなく『あまりにも不自由というわけではない』程度は読み取れているのだが……。
ともあれ様々な要素を加味した結果、俺が想定していた返答は『No』。
もちろん『行かない』ではなく『行けない』という答えになるものと考えて、あれこれ代案や埋め合わせの言葉を予め用意して電話を掛けたところ――――
『行きます』
「………………えーと、だな……ソラさ」
『行きますから』
「いや、あのな、こういうの言いたくないし言われたくもないと思うけど、無理する必要はないんだぞ? ニア、アーシェと来てるから、次はソラの我儘……もとい、希望を叶える方向で考えておりまして」
『何度も言わせないでくださいっ――行・き・ま・す! 絶対に!』
「お、おぉう……」
思えば現実世界で初となる連絡であり、初となる音声通話。
スピーカーを通して些細な違和感の混じる聞き慣れた声が元気よく響き、電波越しにも届いた圧に俺は思わず仰け反った。
「いやしかし、もっかい言うけど月曜から一週間だぞ……?」
『私も最後にもう一回だけ言いますけど、それでも行きます。学校なら、旅行でお休みなんてよくあることなので平気ですよ』
「なにそれ、どんな世界観?」
『他の皆さんと顔を合わせることに関しても』
理解の及ばぬ言葉へ反射的に疑問を返すも、対するソラさんは迫真のスルー。
『別に四谷の娘として挨拶する必要はありませんから。アリシアさんを始めとした序列持ちの方たちであれば、お会いするくらい問題ないと思います』
「そう、なの、か……? 夏目さんや徹吾さんは心配しそうなもんだが……」
『斎さんは目の前で〝行ってらっしゃい〟って書いた紙をヒラヒラしてます。お父さんは……以前の覗き見を許してあげると言えば、快く送り出してくれますよ』
「あー……」
覗き見……俺とソラの仮想世界でのやり取りを徹吾氏が把握していた件のことだな。どうやら、愛娘の怒りは父に貸しという形でツケられていたようだ。
メイドは相変わらずメイドしてんな――
『ぇ……? あ、の……すみません、斎さんが少し代わってほしいそうで』
「うん? え、あ、ハイ。大丈夫です、が」
如何な夏目斎と言えど遠方から俺のやや失礼な思考を読み取れた訳ではあるまいが、タイミングが良過ぎて慄いている内に通話の向こうで気配が切り替わる。
『――ご無沙汰しております、春日さん。お話し中のところ申し訳ありませんが、少々失礼いたします』
「ど、どうも、こんばんは……」
『はい、こんばんは――旅行についてですが、どうぞお嬢様を連れて行っていただいて構いません。学校については本人も言っている通り、特に問題ありませんのでお気になさらず。旦那様の方も、そらが出るまでもなく私が言い包めますので』
「今、堂々と主人を言い包めるって言いましたね」
『うふふ』
うふふじゃないんだよ、怖いんだって女性のソレ。
『ともあれ、如何様にも対応します。諸々の準備や調整は引き受けますので、私の方へも詳しい予定などお伝えいただければ幸いです』
「わ、かりました……ハイ、了解っす」
まさかのニアをも上回る主従タッグのスピード感。呆気に取られている俺を置き去りに、また向こうで気配が切り替わった。
『……そういうことですので、よろしくお願いしますね』
「わかった……うん、わかったよ。しつこいようだけど、心配ってことで最終確認だけさせてくれ。大丈夫、なんだな?」
『大丈夫、です。むしろ、置いて行かれてしまう方が大丈夫じゃないです。三泊四日でアレだったんですから、一週間なんて無理ですよ』
「はは、は……」
『笑いごとじゃないんですよっ! 本当に、もう!』
メイドのお墨付きまで貰い無理をしている訳ではないとわかれば、やけに元気のいい彼女の声音が単にはしゃいでいるだけなのだと読み取れてしまう。
俺自身が微妙な立場であるゆえ、ソラとニアそれぞれから思いの他ポジティブな反応が返って来たことに一安心といったところ……――――
……いや、
いや、安心ってのは要訂正か。
「なんにせよ了解した。詳しいことは後でまた連絡するよ」
『よろしくお願いします。……では、あの』
「あぁ。もう遅いし、おやすみ」
『……はい、おやすみなさい――――あの、ハル?』
「うん?」
『明日は、お暇でしょうか』
「特に予定はないかな。どっか行こうか?」
『っ、はい! それでは、よければまた、お昼過ぎに』
「オッケー。面白そうなとこがないか調べとこうかな」
『ふふ、楽しみにしてます』
最近は仮想世界で別れの挨拶を交わした後、こうしてズルズルと会話が続いていくのが恒例になりつつある。
望むところではあるし、嬉しいことではあるのだが、
『旅行も、楽しみですね』
「……まあ、そうだな」
一人残らずアクセル全開積極的になってしまった三人と真正面から向き合い続けるのは、至極単純に体力及び精神力の消耗速度が天井知らず。
それでも各々タイミングがズレているというか、心身共に休息の時間を捻出できていたため、ここ暫くは生き永らえていた訳だが……。
遂に三人が一所へ揃ってしまうことが確定した今回の突発旅行。改めて顔を合わせたソラたちが、どのような化学反応を起こすのか正直なところ予想が付かない。
冷静かつ常識的に考えれば、修羅場が約束されているようなトンデモ案件。
安心している場合じゃねえぞと自嘲するものの、何が起きるかも予想ができず、どう構えておけばいいかもわからない。
結局のとこ俺にできるのは『なるようにしかならない』と諦めること。そして『なにが起きても受け止める』と、相応の覚悟を用意しておくことだけ。
嗚呼、きっと死ぬほど楽しくて、死ぬほど疲れるんだろうな……と、頬に滲む引き攣った笑みは誰がなんと言おうとも――
断じて十割、前向きなものである。
物語進行に必要な展開とか諸々詰め込まれるので少々長くはなりますが、VRゲームカテゴリにあるまじき一節丸ごとリアル話みたいな暴挙は予定しておりません。
サクッと行こうぜ一週間。