お誘い:専属細工師の場合
ほぼほぼ突発旅行の日程が直近で確定すると共に、俺にはアーシェから二件のミッションが下された。
いや下されたというか単に自然発生したモノの責任を俺が預かっただけだが、とにもかくにもソレは遂行必須の不可避案件。
まさか『三日後に行くぞ』なんて急展開は想定しておらず、今になって思えば予定が湧いた最初の時点で話を通しておくべきだったと嘆くばかりだが――
「――てことでニアちゃん、明々後日から海行かない?」
「ひっぱたくよ?」
過ぎた時間は戻ってこない。今を嘆くより未来を望もうということで、お姫様からのお誘いを彼女の命により〝二人〟に告げるべく行動開始。
現実でメッセージを送るか迷いつつ、とりあえずアルカディアへ潜れば片方の名前を見つけたのでアトリエまで会いに来たという次第だ。
しかして、ニアの反応はむべなるかな。世間一般的には「数日中に旅行に出掛けようぜ、期間は一週間な」なんて誘いは非常識に該当するものであるゆえ、こうして「なに言ってんだコイツ」みたいな目を向けられるのは想定済みだ。
「前触れなく可笑しなこと言い出して本当に悪いとは思ってるが、アーシェの企画だ。そういうもんと思って諦めてくれ」
「それ、間接的にお姫様が『前触れなく可笑しなこと言い出す人』って言――」
「重ねて悪いんだけど、諸々の事情もあって俺には断るつもりがない。同行は確定してるから、そういうことで考えてくれ」
「二重の意味で重ねるじゃん…………や、いいんだけどさ」
二択の定位置片側である大きなソファ。
ベッドなんかと同様にリスポーン地点の役割も果たすという高級品のクッションに身を埋めながら、ニアは言葉で表し難い微妙な表情をしていらっしゃる。
「先に独り占めしちゃったのは、あたしの方だし。え、むしろついてっていいの? って感じなんですけど……」
「ついてっていいというか、是が非でも連れて来いと言われたというか……」
「えぇ……?」
まさしく困惑顔のニアほどではないが、俺も内心は似たような方向性だ。
以前アーシェがニアと同じく『先に独り占めしていたのは自分の方だから』みたいなことを言っていたので、おそらく彼女にとっては今現在でイーブン……という判定なのだろう。
んで、それを踏まえた上で「騎士か何かなの?」とツッコミを入れざるを得ないレベルで『正々堂々』を尊ぶ【剣ノ女王】は俺にこう言った。
「俺風に言うと、殴り合いは正々堂々お互いに楽しく気持ちよくやりたいそうだ」
「…………あの人、そんなキミみたいなこと言うんだ」
「ちょっと待てや、お前もアーシェも。俺そんな戦闘狂みたいな台詞を口にしたこと一度もないんですけど???」
『互いに楽しく』は俺の信条にしてアイデンティティで間違いないが、殴り合いをクローズアップしてその手のことを言った覚えは断じてない。
え? ない、よな? ない、はず。
「……と、ともかく、そういう訳だ。唐突も唐突だから難しいかもしれんが、返事は当日ギリギリでも問題ないらしいので是非ご一考のほどを――」
「行く」
「よろ、しく…………え、マジで? あの、言ったと思うけど……」
間にグダグダを挟んでいるため即答と言っていいのかは微妙だが、さして悩む素振りも見せずポジティブな答を寄越したニアに面食らってしまった。
「ちゃんと聞いてたよ。他の人も来るんでしょ」
「あぁ、だからその、普通に現実で顔を合わせる訳で……」
「いいよ別に。お互い――や、あたしは元だけどさ。アルカディアの序列持ちってだけで信用は十分。お姫様もキミもいるなら大丈夫でしょ」
そう言う彼女の表情には、言葉通り『心配』の影は一切なく……もう随分と前のように感じる〝デートの誘い〟を思い出して、妙なところで度胸と思い切りがあるよなコイツと感心するべきか呆れるべきかといったところ。
「今更だけど度々なんかこう、俺とその他大勢の間で『ゲームと現実の線引き観』が盛大にズレてるとこあるよなぁ……」
「娯楽だけど非現実じゃないって見方の人が大抵だからね、あたし含めて。アカウントの作り直しも出来ない唯一無二の〝身分〟が紐付いてるんだから、有名な人ほど現実仮想どっちでも悪いことしないものだよ」
「それはまあ、わかる」
つまるところ、仮想世界で顔と名が知られれば知られるほど『現実で顔を晒す』という行為が自らの信用を提示すると共に相手へ信頼を示すものとなる訳だ。
実際問題、既に俺もどちらかで悪事を働けばどちらも死ぬ程度の状況にはなっているだろうしな。知名度がそのまま責任として『信』に繋がっている。
「ってことで、お姫様に『お言葉に甘えてお世話になります』って伝えといて……は、自分でやるからいいや」
「オーケーわかった、了解――そしたらまだ用事があるから、一旦失礼するな」
退室の意を示せば向けられるのは、ほんのり寂しげな視線。なんだかんだほぼ毎日会ってるだろうに……なんて野暮な言葉は苦笑と共に呑み込んで、
「おやすみ、ニア」
「……ん。おやすみなさい」
毎度の別れを寂しがってくれるのだという事実に、緩む頬を抑えるのを盛大に失敗しつつ片手を振って部屋を後にする。
俺が彼女の内心を読み取ったように、向こうもソレを見逃さなかったのだろう。嬉しそうに浮かんだ笑みに関しては、恥ずかしいのでスルーさせてもらった。
◇◆◇◆◇
「………………――ヴィス」
呼び掛けに応え、主の影から小さな星空が姿を現す。
少女の掌に収まってしまう極めて小柄な体躯。大きな耳に細長い尻尾、そしてトレードマークのように両目の位置で輝く白い双つ星。
見事な群体指揮によって先日あの【曲芸師】から余裕を奪ってみせた〝鼠〟は、自らが認め名を与えてくれた宿主の言葉と感情を聡く理解する。
ゆえに、感じ取った寂しさや心細さを埋めようとするかの如く。自分を乗せる手の親指を前脚で器用に掴むと、慰めとばかり小さな頭を擦りつけた。
そんな健気で愛らしい様を見て、主はクスリと笑みを一つ零しながら――
「会うたび会うたび〝またね〟がしんどくなるなぁ」
好き勝手に走り続けてしまう己が感情と向き合う少女は、嬉しいような切ないような困ったような顔で、誰にともなく呟いていた。
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◇Status / RIM◇
Name:весна
Lv:31
STR(筋力):0
AGI(敏捷):0
MID(精神):310
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【весна】
名前の由来は〝白い星〟を見て思い浮かんだ誰かさん。