友人
――――大体いち、にい、さん、ハイのリズムだ。
一歩目の蹴り足は右、爪先は気持ち斜め外側へ。
二歩目は知らん。なんかいい感じに間合いを測りつつ、
三歩目も知らん。とにかく続くラストへ向けて距離感を調整しながら――
四歩目。足と連動させてスイングしていた右手より、
「――――そいッ‼」
伸ばし切った腕で綺麗な弧を描くことを意識しつつ、小賢しい技術など捨て置いてシンプル真直ぐにボールを放――ガコーン‼
「ぬぁあいッ……!!!」
「ふはっ、くく……! ほ、本当にヘタクソな、お前……!」
無慈悲な落下音に打ちひしがれる背中へ、もう何度目かになる遠慮無しの笑いが直撃するのも仕方がないことだ。四連続ガターとか誰でも笑うて。
そもそも己が笑われて然るべき、どうしようもなくしょうもない実力であるのを承知の上で足を運んだのだ。盛り上げの一環として呑み込む他に道はなし。
ゲームは残すところラスト一投。スコア160に届いている俊樹と比べ、俺の得点は悲劇にして喜劇の40点フラット。いくら苦手とはいえ流石にこれは酷い。
「……ま、まあ見てろ。俺はこれでも、人生初の第一投で奇跡を起こした男――」
「いや二十回は聞いたわそれ何回語るんだよ。ビギナーズラックのストライクで燃え尽きた逸話はもういいっての」
「そこまで何度も言ってねぇよ……‼」
いやわからん、無様シーンが多過ぎて言い訳よろしく都度無意識で口にしていなかったとも限らない――ちっくしょうがこのままズタボロで終われるかよ!
見とけこの野郎が、結局のところ力一杯真直ぐ曲がらないように投げりゃいいんだろうがッ‼ ハイいーち、にーい、さーんらァッ!!!
ヒュッ! ドッ! ガコーンッッッ!!!
「んぁあいッッ‼」
「ぶふッ……! ちょ、ぐふっ…………――っはぁあー、もうお前最高。なんかこの二十分ちょいで希の好感度かなり上がったぞ。良かったな」
「嬉しくねぇ……ッ!」
時は夕方、男二人のアフタースクール。
単に忙しなく現実と仮想を行き来している俺に気を遣ってくれているのだろうが、珍しく俊樹から「どっか遊び行かね?」と誘われたのは当日のこと。
俺の方も今日は予定や喚び出しも掛かっていないゆえ、たまには良いかと二つ返事で了承。さてどうするかと二人で五秒ほど悩んだ後――
「あー笑ったわらった。間違いなく人生で一番楽しいワンゲームだったわ」
「そりゃ光栄だよこんにゃろう」
足を運んだのは総合アミューズメントパーク……というか、ほぼほぼ遊園地と呼んで差し支えない屋内テーマパーク。近未来的な内装の建物内を平気な顔でコンパクトなジェットコースターが走っていたりするトンデモねえアレだ。
男二人でガッツリ遊びに来たというよりは、俺が来たことなかったので案内がてら連れて来てもらっただけ。わーきゃー楽しむのは女性陣を連れてまたの機会にということで、今回は軽く身体を動かそうぜといった次第。
で、記念すべきファーストエンジョイがこの始末。
人生でそう何度も経験がないので下手なのは当たり前なのだが、それにしても俺のボウリングセンスは一般平均を大きく下回っている模様。
二つ隣のレーンでお父さんに教わりながらプレイしていた小学生にもスコア負けしている。男十八歳、わりと真面目に恥ずかしい。
「いやー……ここまで楽しいことになるなら女子も連れて来た方がよかったな。それか、せめて録画しとくべきだった。翔子にでも話したら『あたしのいないとこで楽しいことすんな』って怒るぞアイツ」
「もう絶対に今世でボウリングはしない」
ツーゲーム目など以ての外だ。さっさとレーンを退去するべく靴を履き替えボールを抱えて早足で逃げ出せば、俊樹はくつくつと笑いながら隣に並んだ。
「ゆうて楓と美稀も見たがると思うぞー? んで、お前わりと楓みたいな子から遠慮がちに〝おねがい〟されると弱いだろ」
「んなもん男も女も関係なく断り辛いだろうがよ」
返却口にシューズを投下しつつ、からかいが止まらない友人に半眼を向ける。おのれ推定スポーツ男子め、良スコアを叩き出したからといい気なもんだ。
「そもそも黙っててくれりゃ、そんな悲惨な未来は回避できるんだけどなぁ?」
「そいつぁ無理な相談だ。黙ってたら黙ってたで、翔子は『なんかあたしに楽しいこと隠してるでしょ吐け』って怒るぞアイツ」
「君ら本当に仲いいね……」
黙ってるのにどうして怒れるんだよ。幼馴染の察知能力ってやつか――
◇◆◇◆◇
「――で、どうよ最近は」
「どうって、なにが?」
「なにってお前、そりゃ〝相棒〟とか〝妖精様〟とか〝お姫様〟とか?」
「おい男二人で恋バナは正気の沙汰じゃないぞ」
休憩がてら小腹を満たすために立ち寄ったフードコートの一画にて。
ハンバーガー片手にポテトを摘まみながら話を振れば、向かいの〝友人〟は実にわかりやすく顔を顰めて睨みを飛ばしてきた。
至極予想通りの反応に笑みを零すと、希は不機嫌を装いながらドーナツに齧り付く。なお期間限定のフルーティエンゼルフレンチ&キャラメルマキアートというチョイスに「女子か」とツッコミを入れるフェーズは既に終えている。
甘党というのは知ってはいたが、思ったよりも筋金入りらしい。
「別にそういうアレじゃねえよ。単に大丈夫かっつー確認だ、メンタル的にな」
サポーター兼フォロワーとして――と、我ながらわざとらしく宣った。
「あー……まあ…………そうな。大丈夫、ではないけど、大丈夫だ。うん」
脱力して天を仰いだ後、返ってきた答えは途切れ途切れ。全くもって大丈夫そうには見えないが……それこそ、言葉通りなのだろう。
「ま、しんどいことあったら言えよ。愚痴でもなんでも、聞き流してやるから」
「っは、そりゃ心強い」
月並みな励ましと寄り添いの言葉。そんなものしか贈れない自分はまだまだ力不足だが、助力が足りないとて今の希に不足はないのだろう。
自分の他にも助けになる誰かが――それこそ、一般大学生とは比べ物にならないような〝大物〟が【曲芸師】にはわんさか付いているが、そういう話ではない。
ここ最近スイッチが切り替わるように雰囲気を変えたこの友人は、悩めども疲れども曇りなく前だけを向いているゆえに。
やはり、特別なんだなと強く思う。現実世界と仮想世界の双方で、いろいろな面を目にする度に。そして、特別であることがわかるからこそ、
「――さて、んじゃ次いこうぜ。他に苦手なもんは?」
「なんでだよ。喜々として弱点暴こうとすんな」
〝普通〟をも手放さずに進もうとする姿は、応援されるべきであると思うのだ。
私より下手ですね(自己ベスト67)
 




