ぐだぐだランチタイム
「――――それでは、ごゆっくり」
高級レストランめいた内装に似合いの非日常感を演出する、芝居がかった言葉運びと恭しい一礼。それら振る舞いが実に様になっているウェイター……兼シェフが立ち去れば、あとに残されたのはランチが二セットと事故気味な空気。
ひとつのテーブルで向かい合った二人の少女は片や無表情、片や形容しがたい緊張顔で互いを見つめ合いながら固まっていた。
双方動かず――とはいえ、それについても緊張や戸惑いその他の感情でガチガチになっている片方と比べ、もう片方は単純に『なにを話そう』と考えているだけ。
表も内も対照的な二人は、しばしの間をお見合いで過ごして……。
「――いただきます」
「…………っ」
声と心のそれぞれで祈りの言葉を捧げつつ、鏡合わせの如く同時に手を合わせる。洋テイストのレストランフロア、かつ異国の血を引く少女たちが揃って日本文化に則っている様は傍から見れば中々に珍奇だろう。
が、彼女たちの前に在るのはシェフお手製の鯖味噌定食。TPOの『場所』に叛逆しているのは厨房の主であるため、なんら問題はない。
真に問題なのは、ただ一つ。
ニアも、アイリスも、お互いに……共闘関係の恋敵という難解な知人との一対一で、どういった振る舞いをすればいいのやら全くわからないという点である――
◇◆◇◆◇
ニアがこちらの『宿舎』に越して来てから、そこそこの日数が経っている。
けれども想像通りの多忙ゆえか、はたまた想像以上のフェアプレイ精神で暫く時間を譲ってくれていたのか。留守にしていたり部屋から出てこなかったりと『お姫様』の姿を目にすることは稀で、顔を合わせたのは数える程度しかない。
引越しを終えてすぐに挨拶へ来てくれたことを含めても、たったの三度。初めの挨拶、廊下での擦れ違い、そして今回のばったりエンカウントだ。
つまり、慣れなどこれっぽっちも蓄積されていない。そもそも真に人間離れしているアリシア・ホワイトの美貌に慣れる日など来るのかという疑問もあるが、それにつけても耐性ゼロ。正直なところ、油断すると毎秒見惚れそうになってしまう。
恋敵がどうのとかアレコレをさておいて、同じ人類としての畏怖その他が止まらない。なにかと持ち上げてくる親友のおかげで、ニアも己の容姿に一定の自信は持ち合わせているが……流石にコレは次元というかジャンルが違う。
もう女子として悔しいとかいう感情すら湧いてこない。二次元のヒロインと張り合うようなもの、虚しいだけである。
どうして鯖味噌定食をつついている姿さえも神々しいのだろうか。
「…………」
「……、…………」
会話が、会話が生まれない。
別に彼女のことを嫌っている訳でもなければ、自分も嫌われてはいないということを……ありがたいことに、なんとなく感じ取ってもいる。
ただただ、なにを話せばいいのか全くわからない。
会話の種が、共通点がなさ過ぎる。
いや特大の共通点が一つ在りはするが、恋敵と同一の想い人について語り合うとかいう地獄を自ら形成していく勇気などあるわけがないので無いも同義。
とはいえ――
「…………」
「………………」
「…………」
「……っ…………」
「…………、………………」
――と、このように。際限のない気まずさにより結局のところ行き着く先は別種の地獄。ニアは現実逃避よろしく無心で箸を動かして
「……ご馳走様でした」
「っ!?」
気付けばものの数分で特盛ランチを完食していた対面の様子に気付き、また一つアリシア・ホワイトへ畏怖の念を重ねていた。
◇◆◇◆◇
なにを話せばいいのか、全くわからない。
共同戦線……なんて無茶な提案をしたのは自分の方だが、それもあくまで例えの話。とにかくまずは二人掛かりで〝彼〟を恋に落としてしまおうという提案であり、仲良く手を繋いで連携しようという話ではない。
競い合う以前の問題らしき難物を相手にするため、それどころではないと『攻撃あるのみ』の条約を結んだまでのこと。個人的には仲良くしたいと思っているが、どこまで歩み寄っていいものやら困りものだ。
事実上の恋敵ということもあるし、それを抜いても自分が仲良くしづらい相手であるのもアイリスは理解している。
なぜならば、他でもない彼女自身が誰より『アリシア・ホワイト』の特殊性を正しく深く――そして重く、認識しているから。
他人の目に映る自分がどういった存在であるのか、そんなことは昔から……それこそ、プレイヤーとして名を知られる以前から承知のこと。
容姿も、在り方も、悉くが常人から逸しているのは幼い頃からわかっていた。
ホワイト家の人間はそういうもの。趣味人の家系は同じく〝なにか〟に特化した趣味人を引き寄せ、血と生き方を絶えず尖らせ続けて今に至っている。
一般にまで名を轟かせたのは最近のことではあるものの、元より『特別な一族』として見られていた人間の集まり。それゆえに、そのもの特別な目を向けられるのはアリシア・ホワイトにとって当たり前のことだ。
つまるところ――異性同性問わず見惚れられるのも、緊張されるのも、畏怖を向けられるのも、当然のこととして慣れ切っている。
そして、理解しているからこそ難しい。
ただでさえ前提として特別に見えてしまう存在であるというのに、それが同じ相手に好意を寄せているとなれば接し方の難易度は推して知るべしだろう。
要するに、自分を前にして固まっているニアの気持ちが読み取れてしまうがゆえにアイリスもまた固まっている。正直なところ、打開策が見当たらない。
重ねて、個人的には仲良くしたいと思っている。
しかし残念ながら、自分は〝彼〟のようにとんでもない勢いで人に歩み寄っていく才能は持ち合わせていないので――
「……ご馳走様でした」
「っ!?」
焦らずに相互理解を重ねて、ゆっくり『いつか』を望むとしよう。
ちなみに鯖の味噌煮をオーダーしたのはアーシェ。
ニアちゃんは唐突なエンカウントに動揺するまま長考を避けて同じのにした。