望む枝葉は此処に
「――――といった具合に、まーたよくわからない感じになっておりまして」
必死の陳情を受け入れて、惜しみつつも膝の上から解放してしばらく。
いつもの如く意識せずこちらに合わせているのだろう。隣で行儀よく正座をする弟子がつらつらと……出会った頃とは比べるべくもない慣れた様子で紡ぐ言葉を聞いていれば、極々自然と笑顔が浮かぶ。
「ふふ……それは、あまり聞いたことのないお話ですね。残念ながら、私自身も経験がない類のものです」
「ですよねぇ……どうしたもんかなーと、試行錯誤中です」
幼い頃から祖父の剣術道場に入り浸っていたゆえに、男性と接すること自体は慣れている――けれども〝上手〟かと問われたら、それはまた別の話。
現実の身体が弱いというのも理由の一端。外へ遊びに行かず内に籠もっていた自分が、ある種の世間知らずを患っている自覚が優衣にはある。
実のところ、優衣にとって『年下の男の子』という存在は苦手な相手。
いや、苦手というよりは――わからない、だろうか。
昔から、同性には可愛がられる性質であった。いつまで経っても子供のような外見が作用してのことと思えば不本意ではあったものの、なにが理由にせよ他人から歩み寄ってもらえるというのは幸福に他ならない。
近付いて来てもらえるのであれば、あとは真摯に真心を持って接すれば多くの友人に恵まれた。それゆえ、女性に限れば年に関係なく苦手意識はない。
男性に関しても大人に限れば、松風に足を運ぶ門下生の方々との交流による慣れの蓄積があるため同様に。けれども、やはり同年代や年下相手が少々問題。
口下手というほどではないと思うが、人よりも少し会話の〝りずむ〟が遅いというのは自他共に認めるところ。元気がいい男の子相手だと、付いていくのが精一杯で気後れしてしまうことも……あったり、なかったり。
そのはず、なのだけれど。
「困っているように言いながら、お顔が緩んでいますよ」
「へ? あ、それは、まあ……ネガティブな不調って訳でもないなら、ゲームにおけるトラブルは基本的に楽しむ性質なので」
「ふふ、男の子ですね」
望外の幸運と、ありがたく思うべきなのだろう。
そもそもが奇跡のような巡り会い。技を受け継ぐ者に出逢えたというだけで大いに僥倖だというのに、その弟子たる相手が――
「それ囲炉裏にも言ってやってください。アイツと来たら、顔を合わせりゃ人のことをトラブルメーカーだの自動イベント発生器だの言いたい放題ですよ」
「ハル君と囲炉裏君は、本当に仲良しですね」
「ええ仲良しですとも。奴曰く、俺は悪友ポジションらしいですが」
「照れ隠し、ですよ」
「……それ、は、ぞっとしますねぇ」
「あらあら……」
こんな風に、緊張も不安も遠慮も介さず言葉を交わすことのできる――感心してしまうほど誠実で、気遣いのできる優しい男の子であったことに。
瞳が優しい、声音が柔らかい、言葉選びが巧みかつ理知に富んでいる……と、探す必要もなく幾らでも美点を見つけられてしまう。
人と接するのであれば、当然のこと。けれどその大変さと難しさを知る者として、当然の一言で片付けてしまうべきではないと思うのだ。
それだけではないのであれば、なおのこと。少なくとも優衣には、どれだけ努力しようとも彼と同じような振る舞いはできないだろう。
自分が楽しむだけではなく、
相手を楽しませるだけでもなく、
両者が楽しんでこそ初めて『良し』とする彼の性質は、尊敬に値するものだ。
――――なんて、そんなことを、
「お話は変わりますが、ハル君。なにやら不思議な刀の使い方をしていますね?」
「え、はい。はい? え、不思議な使い方、とは……」
「刃の消耗に〝癖〟が表れていますよ。結式の型とは違う……いえ、これは〝あれんじ〟と言った方が良いでしょうか」
「ちょ、ちょっと待ってください、なんすか刃の消耗に癖って。数値的な耐久が削れてるだけで見た目なんか全然なにも――」
「ふむ…………………………《打鉄》……でしょうか?」
「……、…………いや、いやいや……いやいやいや。え、え? 嘘でしょ流石に怖いですってなんでわかるんですか超能力でしょ最早そんなん……!」
『師』への尊敬を真直ぐに向けてくれる、この『弟子』に告げたら。
一体どういう反応をしてくれるのか――わかりきっているから、過ぎた誉め言葉になってしまいそうな分は、甘やかしで伝えるようにしているのだ。
これ以上、真向から可愛らしい表情までを見てしまうのは避けた方がいい。冗談めかすように甘やかして、ほんの少し覗き見るくらいが、丁度いい。
異性でありながら意識せず近しい距離を築けたのは、きっと奇跡のようなもの。
それは例えば、彼の両手が……どうやら、話を聞くに両手にも納まらない事態になってしまっているようだが、そんな事実にも助けられてのことだろう。
――――心から、理想的な関係だ。これ以上を望まないのではなく、今の繋がりこそを望むために、自分たちはこれでいい。
このままが、いい。
願わくば、自分と彼が、いつまでも尊敬し合える『師』と『弟子』でありますようにと、優衣はいつものごとく願いながら――
「〝名前〟が入り用になりましたら、いつでも相談してください。『技』でも『型』でも……気が早いかもしれませんが『流派』でも、力になりますよ」
「それは本当に気が早いと言いますか……いや隠し事できねぇな、ほんとに……」
今更に彼から『師へ向けての敬愛』ならざる好意を、自分が寄せられる展開など思い浮かべられないゆえ……願うまでもないことであると、胸の内で微笑を零す。
似た者同士の〝まいぺーす〟である自分たちが仲を違える未来も考え辛い。であるならば、師弟の絆は安泰と思って良いだろう。
それはとても、とてもとても嬉しいことで――少しだけ、ほんの少しだけ、残念でもあるのだろうかと、戯れの心を可笑しく思いながら。
【剣聖】は楽しげに笑み……目を離せない弟子を、ただ和やかに愛でていた。
そうだね
そうかな。