大将
駄弁っていたのは三十分ほどだったろうか。ちょろっと声掛け程度のノリでコンタクトを取ってきたらしい北陣営序列七位と、さっぱりあっさり別れた後。
さてどうしたもんかと行き場を迷う暇なく次なるお声が掛けられた俺は、すぐさま『Yes』を返して召喚に応じていた。
場所は『十席』もとい現『九席』が集う東の円卓。喚び出した相手は――
「わりぃな朝っぱらから」
「日曜朝からゲームにログインしてぶらついてる奴に、声掛けたくらいで気なんか遣わなくていいぞ」
イベント限定なんちゃって大将など及びもつかぬ、真なる我らが【総大将】殿。
結局終始フルスロットルで重めの疲労を引き摺っている俺とは違い、鬣の如き金髪を輝かせる偉丈夫は今日も今日とてエネルギーに満ち溢れていらっしゃる。
「その様子だと、まぁた好き放題に暴れて来たな?」
「ご想像にお任せするよ」
おそらくこれから似たようなことを誰かに会うたび言われるんだろうなと思いつつ、適当に返せばカッカッカと景気の良い笑い声。
これ以上なく様になってるから初見から気にしたこともなかったが、今更ながらえらく豪快かつ特徴的な笑い方だ。
聞いてると癖になるというか、わりと嫌いじゃない。
「んで、ご用件は?」
「あぁ、別に難しい用事とかはねぇから楽にしてろ。今回のイベントについてのあーだこーだは二、三日後にするってぇ通達くらいなもんよ」
「そりゃ、いつにも増してのんびりだな」
「もう姫さんから伝わってるだろ? しばらくの暇を満喫しようってこった」
成程ね、アーシェとは既に連絡が通ってると。のんびり鷹揚マイペースに見せかけて、陣営トップはやはり行動が速いというかしっかりしている。
北陣営の〝自由人〟及び面識のない西陣営のトップに関してはノータッチ。そもそも、シーズン毎のランキング的な面が強いヴェストールに『トップ』などいるのだろうかという疑問もあるのだが――
……って、そのくらいは調べて把握しとくべきって毎回思ってんだけどな。次から次へイベントが舞い込んで来るもんだから、ついつい頭から抜けてしまう。
「まあ、了解。改めての招集待ちってことでオーケー?」
「オーケーだ。とりあえずは自由に過ごしてくれて構わねえ――お前さんに限っては、自由がなにより騒ぎを引き寄せそうだけどな」
「……もう、その辺のイメージは動かせそうにないよな俺」
知り合ってある程度の言葉を交わしている人たち全員から言われてんじゃねえのコレ。今更もう否定する気にもなれないが、進んで悪目立ちしようとしているわけじゃないことだけは理解しておいてほしい。
――さておき、
「そしたら、次は本題を聞いとこうか」
要件がそれだけなら、別にわざわざ喚び出したりはすまい。
『難しい用事はない』というのが本当だとしても、それはそれとして顔を合わせて話したい〝なにか〟は抱えていらっしゃるはずだ――と、適当に察して話を促せば大当たりだったようで。
「あー、まあ、そうだ。それなんだがなぁ……」
何事か思案している時や、言い淀んでいる時の癖。目を閉じ顎髭を擦る彼の様子を見るに……難しくはないが言い辛い用事、といったところかな?
ゆうてゴッサンに対する俺の信頼度は相当お高め。いろいろと恩もあるため、多少面倒だったり突拍子もないことを言われたとて渋面を作るつもりはない。
そのため、さあドンと来いくらいの心持ちで構えてたところ――
「姫さん――アリシアから、お前さん旅行に誘われてるだろ?」
「っ、は、ん、え、あ、なに?」
予想外の角度から困り声を叩き込まれ、物の見事に思考が止まった。
アリシアと、敢えてのリアルネーム呼びが現実世界に関する用事であることを強調している点も混乱の加速剤。それなりに親しい仲ってのは察しちゃいるが……。
「んでまあ……なんだ。サクッとぶっちゃけると、俺は娘繋がりでアイツと現実世界でも交流があってな。一昨年から続けてそれに招かれてんのよ」
「それ、ってのは?」
「この時期の〝旅行〟だな」
「あぁー……………………はい、はいはいはい」
言いたいことや話の流れは大体わかった。つまるところ、俺より先か後かはわからないがアーシェは今年も声を掛けたということだろう。
で、そっから更にゴッサン⇒俺へ声が掛かったということは、彼は確認というか『俺の判断に任せる』的な話がしたいのではなかろうか。俺とゴッサンが現実世界で顔を合わせることになるのが、NGか否かってなところを。
あ。それからヘレナさんも確実か。
「こういうのは、アレだろ。デリケートな問題だからな」
「それはそう。だけど敢えて言わせてもらおう、んなもん今更であると」
言いつけ通りキッチリ処分してあるため手元には残されていないが、あの数字の羅列はしっかり覚えているし、気遣いに救われた恩は忘れちゃいない。
ゆえに、答えはこうだ。
「ずっと俺だけ一方通行で連絡先を抱えてるのが落ち着かなかったんだよな。現実で会えるってんなら、今までの感謝も含めて酌でもするよ」
「……そうかい。ッハ、そいつぁ素直に楽しみだぜ」
照れ臭そうに笑う彼が醸すのは、ゴリッゴリの体躯に似合わぬ絶妙な愛嬌。けれども、俺の中で随分前から固定されている【総大将】のイメージは揺るがない。
弱っている時にバチっとキメて〝紙切れ〟を渡してくれた大将殿は、そりゃもう死ぬほど格好良かった。多分、生涯あの日の背中を忘れることはないだろう。
恥ずかしいんで、面と向かって言える日は来ないと思うけどな。
「――ちなみに俺、未成年なんで。酌はするけど残念ながら付き合えないぞ」
「おいマジか。まさかとは思うが、お前さん本当にそのままなんてこたぁ……」
「ハハハハ」
「あー……こいつぁ、楽しみと言っていいのやらってとこだなぁ」
俺は楽しみだよ。果たして現実のゴッサンが仮想世界よりもデカいみたいなファンタジーは起こりえるのか、なんてな。
サラッと旅行を確定させていくスタイル。
明日ですが、18:00更新にしたいと思いますのでご了承あれ。