竜虎
「――って流れでゲームを始める辺り、偉くはないよなぁ」
また用事があると言って部屋を後にしたアーシェと別れ、十分で朝食を済ませた後に当然の如くドライブ・オン。
四谷から預けられた依頼が『最難関コンテンツの攻略』である以上、本来であればゲーム的な自己満足でしかないはずの自己強化が『仕事』という大義名分を得てしまっているのが非常によろしくない。
別に勉強だって嫌いな訳ではないが……同じ〝やるべきこと〟として無敵の仮想世界が並んでしまうと流石に相手が悪過ぎる――
なんてのも、言い訳くさくてどうしようもねえな。
意志薄弱と笑いたくば笑え、俺も自分を指差して笑わせてもらう。
「よ、っと」
未だに物が一つしかないクランルームの寂しい自室。唯一の置物である拠点設定所のベッドから跳ね起き――飛んだ身体で三回転半捻りを決めつつ天井を蹴り壁を蹴り鋭角を描いて床へ着地。
はいオッケー。疲れを引き摺っているせいか若干キレは悪かったが、アバターの調子は好調一歩手前の〝まずまず〟といったところ。
相変わらず、右腕はぷらぷらのままだけどな。
◇◆◇◆◇
「お? あ、おはよざーっす!」
「はいはいどうもおはようさーん」
ここのところ、街を歩いているとプレイヤーから気安く声を掛けられる……というか、挨拶をされることが増えた。
今の男性プレイヤーのように元気よく声を掛けてくる者もいれば、控えめに手を振られたり、会釈をされたりと反応は様々。けれども肌で察せられる感情は誰も彼もポジティブなものということで……。
まあ、受け入れられているようで普通に嬉しくはある。羞恥もセットだけどな。
さておき――
視界に浮かべたウィンドウに表示されているのはメッセージが三通。全てログアウト中に受け取っていたものであり、着信時間も似たり寄ったり約三十分前。
一通目は大切なパートナー様から。
【Sora】――『お昼過ぎにログインします』
メチャクチャ端的。が、イベントの翌日に会う約束自体はしていたので要件は十分以上に伝わったよ了解りょーかい。
一応、件の日に改めて現実世界の連絡先も交換したんだけどな。未だに向こうの『そらさん』からメールもメッセージも貰ったことがない。
現実でのやり取りに謎の羞恥でも抱いているのだろうか。
二通目は大事なお師匠様から。
【Ui】――『おはようございます。こんにちは。こんばんは。イベントお疲れさまでした。昨夜は……と言っても、私たちにとって四日も前のことですが、刀の手入れを抜いてしまいましたね。もしよければ今夜にでもお顔を見せてください、お土産話を交換しましょう。 優衣』
挨拶三点盛りが律儀過ぎて微笑ましいとか、
文面だとカタカナがカタカナしてるんだよなとか、
ゲームのメッセージで文末に名前を添える人なんてそういないとか、
リアルな方のお名前を記すのはどうかと思いますって言いましたよね我が師とか――アレな部分は多々あるが、内容は十割ほっこりの心温まるものでしかない。
夜は忘れず時間を空けとくとしよう。
そして三通目は、思いもよらぬ相手から。
【タイガー☆ラッキー】――『よう。いつでもええから、ちと時間くれや』
フレンドリストを開き、ログインチェック。
記されている名前の中でぶっちぎりの存在感を放つ賑やかな文字列は、やかましいくらいに明るく輝き『いるぞ』と自己主張していた。
◇◆◇◆◇
「で、なんだ。果たし状か?」
「右腕ぷらんぷらんさせといて、なぁに言うとんねん。どしたんやソレ?」
「ちょっとローン払い中でな。あと三十分くらいで元に戻るけど」
たったか走ってやってくれば、待ち人は相も変わらずのド派手な虎ファッションでクソデカ欠伸をぶちかましながら雄々しく大地に寝そべっていた。
アレ正規名称なんていうんだろう。横向きになって片腕で頭支えながらテレビとかダラダラ見るときとかに、全国のお茶の間で観測されるであろう体勢は。
『怠惰の具現』とか? さておき、
待ち合わせ場所に指定されたのは、街中ではなくフィールドの一画。【隔世の神創庭園】のどこか――という訳でもなく、嗚呼懐かしき猪平原。
イスティア陣営の俺がパッと来やすく……という意図よりは、サクッと近場で確保できるプライベートインスタンスが都合よかったというだけだろう。
馬鹿猪こと【フールボア】が草だの木の実だのを食んでいるだけの長閑な平原は、プレイヤーが暴れさえしなければアルカディアでも有数の平和地帯である。
「んじゃ、ご用件はなんだよ――あ、おはよう」
「おう、おはようさん」
遅ればせの挨拶を交わしつつ、緊張感皆無な相手の様子に倣い俺も伸びをしながらドサリと原っぱに腰を下ろす。
片腕動かずでバランスを崩し、ゴテンと右に倒れ伏したのはご愛敬。
「ま、大した用とちゃう。単にイベントどないやったって情報交換したいだけや」
「はぁ……それは別に全くもって構わないけど、なんで俺?」
「どうせお前がいっちゃんオモロイことやらかしとるに決まっとるからやろ」
「信頼と取るか煽りと取るか難しいところだな」
口ぶりから察するに、声を掛けたのは俺が最初って感じなのかね。意外と好かれてんのかな――と思えば、若干のむず痒さがないでもない。
「まあなんでもいいが……情報交換? オーケー、望むところだ」
「よし来た。ほならまずは、せーので【星屑獣】の比べっこでもしよか。どうせお前も調伏は成功させとんのやろ?」
「『どうせ』ってやめろコラ、面白イベント全抜き確定存在みたいに俺を扱うんじゃねえ。いや比べっこは別にいいけどさ……」
謎に得意気な色を浮かべている顔を見るに、大層な【星屑獣】でも従えられたのだろうか? 大層さで言えば俺の『僕』も規格外にカテゴライズされるだろうが、コイツもふざけ――愉快な名前しちゃいるが、北陣営の序列持ち様である。
虎、か? 虎なのか?
俺らのレイドにも出現した例の大虎的なボス格を【大虎】殿が従えたとなれば……それはそれは似合いで愉快。おめでとうトラッキーと称えてやろう。
そしたらば、
「んじゃいくで、せぇのお!」
「いやノリノリかよ――出て来い【サファイア】」
「出でよ【タイガー☆スター】‼」
ちょっとなんか名状しがたい〝お名前〟が聞こえた気がしたが、鋼の意志でガン無視を決め込みポーカーフェイスを貫き通す。
脱力して腰を下ろしている俺と、颯爽と立ち上がりふんぞり返っているトラ吉。対極的な両者の影から〝星空〟が溢れ出した。
勢いよく広がった『翼』が風を巻き起こし、
地を踏み占めた『脚』が地響きを打ち鳴ら…………す、ことはない。
片方の圧にビビり散らかしたのであろう、付近の猪たちが全速力で逃げ去っていく最中。それぞれの〝調伏獣〟を晒した俺たちは、それぞれの星影を無言のままに見つめ続けて――静寂の時間は、十秒と少し。
「あ、がっ…………りゅ、りゅ――」
「えぇ…………い――」
記念すべき一発目のリアクションは、果たして。
「――――〝竜〟やんけッ!!?!?」
「――〝犬〟やんけ……」
それはもう見事なまでに、対極的なテンションで交わしあうこととなった。
名前に虎が入ってるから実質竜虎。
ネコ科ですらない上に☆とスターが被っているとか知ったことじゃない。