赤を纏うは白の星、黒を纏うは蒼の星 其ノ捌
「は、離したら怒るからね……! 本当に離したら怒るから激怒だよ本当に‼」
「わかったわかったわかった離さねえよ絶対に安心しろ大丈夫だいじょうぶッ――ちょっと悪いけど、時間稼ぎ頼む!」
鬼気迫る表情でしがみ付くニアを左腕に抱えつつ、操作不能でぷらぷらしている右腕からは【真白の星剣】を地上へ放つ。
そう時間を掛けるつもりはないが、俺抜きであの混沌具合は下手すりゃ数分と保たないだろう。自律機動の魂依器一本じゃ猶予を十数秒延ばすのが精々――と、諸々の危機感は流石に伝わっていると思われる。
「――っ……貸し! 一個‼」
「一個と言わず十個くらいツケといてくれ!」
羽ばたく竜の上、グッと言葉を呑み込んだ彼女の様子に礼を一つ。
そもそもここまでイベント難易度がぶっ飛んだ要因は間違いなく俺なわけで、そのせいで非戦闘員を引っ張り出す羽目になったのは言い訳無用に俺の落ち度だ。相方だからと、助力の対価を踏み倒す気は毛頭ない。
ということで、
「な、なにっ、なにすればいいの? あたし、なんかできることある?」
この状況で……とパニックを抑えつつも混乱色濃く疑問を問うニアに、髪から抜き取った【藍心秘める紅玉の兎簪】を差し出した。
反射的に受け取った己が作品。そして解かれた後ろ髪を風に揺らす俺の顔を交互に見やり――仄かに察した【藍玉の妖精】へ、依頼を告げる。
「探しものだ。得意だろ?」
◇◆◇◆◇
仮想世界唯一と持て囃されるこの〝瞳〟は、実際そんなに大した代物ではない。
かの『お姫様』も勘違いしていた……というよりも、本来の力を詳しく公開していないのでそこは当たり前。
『宝石に魔法を籠める』なんていうのは、この魂依器の能力を裏技活用しているだけのちょっとしたズル――物を見通す眼をもって、魔を宿すに足る宝石の〝核〟を探し些細なイタズラを施しているだけだ。
つまるところ、この魂依器の本質的な恩恵というのは――――
「――――《月をも見通す夜の女王》」
人より少し、目が良くなるだけ。
宝飾と共に想い人へ預けた〝瞳〟は眼へ戻り、併せて開いた両の瞳が夜空に浮かぶ双星となって光り輝く。
第三階梯【揺蕩う藍玉の双星】の権能は『物質的存在を見通し見透す』眼であり、超高密度の宝石さえも透かし見る〝透視眼〟をもってすれば……。
深い森の木々に隠れる何者かを探すことも、不可能ではない。
魔力を宿す者や物、即ちプレイヤー及びNPC及びモンスター及び魔工師が手掛けた『作品』を除いて、この双眼の視線はあらゆる物質を透過する。
勿論、倫理的にシステムが許す範囲ではあるが――プレイヤーとして世界に抗うための真っ当な武器とするのであれば、視線を阻まれる謂れは何処にもない。
さすれば、当然のこと。
「――――見つ、けた、かもっ……!」
透き通った世界に浮かぶ例外と見合うまで、そう時間は掛からなかった。
「マジかよニアちゃん優秀過ぎか……! どこだ!?」
「あっち!」
「サファイアッ!」
一刻を争う状況というのは流石にわかる。言葉少なに叫んだそれは果たして〝名〟であったのか、呼び掛けに応えた竜が勢いよく翼を振るう。
彼のスキルで守られているのは理解しているが、こんなもの何度経験しても慣れようはずがない。身体に負担はなくとも、豪速で後ろへ吹き飛んでいく景色の異常性だけで悲鳴を上げるには十二分。
けれども、
「っ……ぅ、もちょっと右ぃ!」
「もっかい指差してくれ!」
「あっちぃ‼」
絶対に離さないという言葉を信じて、瞳は閉じずにガイドを果たす。
だって、きっとこんなこと何度もない。今まで『頑張れ』と送り出すだけだった自分が、こうして腕に抱かれて一緒に戦いの場を駆けるなんてこと。
怖さと、興奮と、高鳴りで、ドキドキして堪らない非現実――頑張って目を開けていなければ、未来の自分に『勿体ない』と怒られてしまいそうだから。
◇◆◇◆◇
戦場となっている拠点から数百メートル離れた地点、必死にしがみ付くニアが指差す先。木々の隙間に映った〝星空〟は大小セットの一つずつ。
いやはや、これにて干支シリーズが勢揃い――巨大な〝丑〟と、その巨体の上でふんぞり返っている豆粒みたいな〝子〟にてコンプリートだ。
どっちが『頭』かなど一目瞭然。なんかそんな逸話があったよなぁ!
「ニア悪い! 離すつもりはないんだけど離さざるをえないというか少しだけ左腕使わせてくれゴメンありがとうサンキュー‼」
要望というか懇願を伝え終える前に「ん゛ん゛‼」とか叫んで抱き着いてきた相方へ平に感謝を連打しながら、空いた左手に相棒を呼ぶ。
瞬間、空間を飛び越えて手に納まった【真白の星剣】を掲げ――
「『春の名に於いて現在を拓く』」
躊躇なく鍵言を紡げば、拍動する星剣が〝名〟を求めて瞬いた。
〝鼠〟型が司令塔と断じての決め撃ち。ボディーガードらしき〝牛〟型はまだ見ぬ特殊能力含めて一切合切ガン無視とさせてもらう。
悠長な攻略に臨んでいる場合じゃねえんだわ。一刻も早く拠点へ舞い戻り、また張り切って殲滅作業に勤しまなければならないゆえ――
「『白――宿すは境界、微睡み求むは真なる自由』」
詠唱も、以下省略だ。
迫真の最低威力だが、あのミニマムサイズで馬鹿耐久ってこたないだろう。当たりさえすれば消し飛ぶと信じて……いざ一投ッ‼
「《此方を穿つ廻神矢》――!」
紡いだ名は一柱、しかし必要な〝力〟は籠めた。
ゆえに、放たれた【真白の星剣】は手中から消え去り――――次の瞬間、玉座めいた〝牛〟の背に座す〝鼠〟に突き立つ。
「――悪いな。威力は御粗末だがコレ必中なんだ」
「え、流石にひど……」
どんな防衛策を備えていたかは知らないが、投げた瞬間に命中が確定するアホみたいな概念武装を防ぐ術はあるまい。ニアのツッコミは聞き流すものとする。
身じろぐ推定臣下の上、磔になった小さな鼠は微かに頭を空へ向けて……。
「――――っし!」
弾けて散った星空を確認してから踵で背を叩けば、サファイアは勢い良く反転。
哀れな牛型を放置して「さてもう一仕事」と即座に切り替えてみせると、再び左腕に抱え直した相方はなんとも言えない表情をした後――
「へぁっ……?」
またなんとも言えない、気の抜けた声を零していた。
◇【星屑獣】の調伏に成功しました◇
◇契約者は【星】に名を与えてください◇
・【揺蕩う藍玉の双星】魂依器:魔眼 第三階梯
超稀少な身体一体型の中でも更に希少な魔眼型魂依器。製作者は西陣営の宝石細工師NPCで基品(身体に取り込む前の状態)はブローチ。
秘める能力は本編描写の通り『物質を見通し見透す』眼。魔力を宿さないモノ、あるいは極僅かしか宿していないモノであれば何でも透視することができる。「宝石が魔を宿すに足る〝核〟を見つけて云々」とか訳のわからないことを言っている点から察せられる通り、ただ物理的に見透かすだけではなく概念的な方向で見通すことも可能。そうです全くもって〝大した代物〟です。透視能力全開発動時はMIDステータスに応じて視力が向上するオマケつき。
ニアちゃんが勘違いどうたら言っていたのは『アクセサリーに魔法を籠めるのは【藍玉の妖精】にしか出来ない』という部分で、おそらく研究が進めば誰しも可能になる技術ではあるため。彼女はその眼で先んじて技術の壁を透かし、一足早く未来技法に手を伸ばしているだけだったりする。
四柱後に【藍玉の御守】の修復で唱えていた詠唱文は魂依器の能力ではなく無属性ユニーク魔法《封瞳》。魔法を籠めた後に片目の力が失われるというのは、正確には『発動待機状態にした魔法を維持するために籠めた宝飾を視続けている』から。つまり『力が失われて使えなくなる』のではなく『力を使い続けているから新たに使えなくなる』ということ。
なお主人公との初エンカウントで特別テンションがイカれていたのは、カグラさんが噂の新人を連れてくるのを待ち切れず壁を透過して見に行った結果フライングで一目惚れしてしまい内心ハチャメチャにテンパっていたから。その日の夜はリアルで自分の言動を思い返し悶絶した模様。
テンパると肉体言語が多くなる理由もあるし現時点で推理可能だぞニアかわ。
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◇Status◇
Name:Nier
Lv:100
STR(筋力):15
AGI(敏捷):15
DEX(器用):300
VIT(頑強):20
MID(精神):600(+350)
LUC(幸運):100
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ついでにニアちゃんステータス。称号欄は現序列持ちではないので消失中。